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第46話 モン娘メイドカフェ


「こちらでございます。アスモデウス様は奥の席に――」


 私たちをその店(・・・)に案内していたのは、もっさんの部下だという、やけに腰の低い、青肌紅眼の青年だった。

 体格やその顔つきこそ人間の、小学校高学年くらいの子どもだが、服装はきっちりとした黒のスーツを着ていて、言葉遣いもかなり丁寧だった。

 彼はこの店先に着くまでの間も、ずっと小走りでこちらを先導してくれていた。


 彼は私たちに一礼すると、両手で店の扉を押し開ける。

 途端、独特の熱気とバニラのような甘い香りがごちゃ混ぜになった空気が、どっと押し寄せてきた。


 そしてなによりも私の目を引いたのが、メイド服を着た魔物っ娘たち。

 しかもどれも同じような服ではなく、ゴシック調の正統派のメイド服から、フリルの多いロリータ調のものや、和服の要素があるもの、はては極端に布地の少ない、それこそ恥部しか隠れていないような大胆なアレンジまで、じつにさまざまだ。

 そんなさまざまな服を、角の生えた元気そうな女の子や、狐のようなモフモフの尻尾を揺らす娘、首がやたら長い薄幸そうな美女まで、全員がご主人様(・・・・)に向かって笑顔を振りまいている。

 そして、そんな子たちが私たちの入店に気が付くや否や――


「おかえりなさいませ、お嬢様」


 一斉に、恭しく、私たちに頭を下げてきた。


「……なによ、これ、ひょっとして精神攻撃……?」


 紅月が、ドン引きしているような、怯えているような、今まで見たことのないような顔になっていた。

 

「聞いてたでしょ〝給仕喫茶〟だって」

「いや、聞いたわよ。ええ、たしかに私だって聞いた。けど、これは、さすがに異様すぎるわよ……!」


 紅月の言うとおり、たしかに異様な空間ではあるが、さきほどの大通りの風景とはなんら変わらないように見える。


 ……ああ、そうか。

 この国ではこういうメイドカフェ的な文化がないから、彼女は余計に混乱しているのかもしれない。


 それにしても魔物っ娘と喫茶店の複合施設とは、もっさんも考えたものだ。

 黒スーツの彼から聞いたが、この施設のオーナーはどうやらもっさんらしい。

 漫画家と飲食店の二足の草鞋。

 最近は漫画の制作は自粛しているらしいので、こちらのほうに力を入れているのだとか。


 私は再び店内へ目を向ける。

 給仕係(メイド)である魔物の種類も多種多様ではあるが、その客層もまたバラエティに富んでいた。

 一般的な、それこそ綾羅でも見かけるような人間の男性はもちろん、あまり綾羅では見かけなかった、いわゆる白人や黒人、極めつけは男性型っぽい獣人や天狗までもが、女給さんたちと楽しそうにおしゃべりをしている。


「……紅月いま無職だし、ここで働いてみたら?」

「ば、バカじゃないの!? ああ、あんな……破廉恥な服、着れるわけないじゃない!」

「いや、べつに破廉恥じゃない服もいっぱいあるけど……」


 紅月はどうやら、破廉恥な服以外は視界に入っていないようだった。

 ムッツリもここまでくると、もはや病気なのかもしれない。


「奥にお通しします」


 私たちの反応を楽しんでいたかのように、黒スーツの彼が再び案内を始める。


 そうして案内されたのは、店内の一番奥の隅にあるテーブル席だった。

 そこには場の空気にまったく馴染んでいないアフロ頭(・・・・)がこちらに背を向け、所在無げに座っていた。


 誰だ。

 なんて思う間もなく、見慣れたビン底眼鏡に白Tシャツの喪女が振り返り、話しかけてきた。


「お、来たっスね。ささ、こちらへどうぞっス」


 それは、なぜかアフロにイメチェンしていたもっさんだった。

 いつの間にか黒スーツの彼はいなくなっており、もっさんは席から立ち上がると、私たちを向かいのほうに座るよう促してきた。


「ええっと……」


 訊きたいことはある。山ほどある。言いたいことも。

 しかし、面食らってしまい二の句を継げないでいる私は、隣にいる紅月に視線を寄越した。


「あわ、あわわわわわわ……!」


 彼女はまるで親に怒られている子どもが如く、小さくなってちょこんと座っていた。

 雨井といい須貝さんといい、紅月といい、なぜこのふざけた風貌の者に対してここまで畏まることが出来るのだろうか。


「どうぞ。アイスコーヒーです」


 やがてひとりの女給さんが私たちともっさんの前に、綾羅ではあまり見かけないグラスと飲み物を置いた。

 アイスなのでそこまで香りは強くないが、まさかのコーヒーだ。

 白雉国でも飲めるだなんて思ってもみなかった。


 もっさんはおもむろにグラスを引き寄せると、ストローからちゅるちゅるとコーヒーを啜る。……が、すぐに眉間に皺を寄せた。


「濃い。あたし、薄めてって言ったっスよね」

「申し訳ありません。つい豆を挽き過ぎてしまい……」

「つい挽き過ぎるってなに。どんな感情? せっかく漫画描かなくなって、体からコーヒーの成分抜いてるのに、これじゃまたギンギンじゃん。眠れないよ、夜」

「なら、べつのものを頼めばよかったのでは?」

「香りは好きなの」

「では挽いた豆を持ってきましょう」

「どんだけ挽いたんスか……で、それでどうしろと?」

「嗅げばいいでしょう」

「やべえやつだよそれは」

「では失礼します」

「え、今の会話、失礼する流れあった?」


 もっさんの制止虚しく、女給さんはそのまま、お盆を提げたまま裏へと引っ込んでいった。

 どうやら従業員とのコミュニケーションは上手くいっているようだ。


 しかし、それにしてもあの女給さん、どこかで見たことがあるような気が――


「……ねえ、もっさん。あの子って、あのとき、森にいた?」

「そ。サラっス。あたしの部下っスね」

「なるほど……」


 あの時もっさんを引きずりながら森の奥へ消えていった子か。

 それは既視感があるわけだ。


 それにしてもあのクールビューティな感じ、初期の紅月を思い出すようだ。

 そして、そんな元クールビューティさんは私の隣でガチガチになって緊張している。


 仕方ない。

 本題へ行く前に世間話で繋ぐか。


「……繁盛してるみたいだね、給仕喫茶」


 そのファンキーな髪型にツッコむかどうか迷ったが、いまいち勇気が持てなかった私は、とりあえずこの店のことについて触れた。


「あはは、おかげさま(・・・・・)で。今じゃ、他の国からも来てくれる人間は多いっスよ」

「そうなんだ……」


 おかげさま。

 たしかに社交辞令的に、まったく関係ない相手にも言う場合はあるけど、もっさんはそういうのは言わないだろうし……どういうことだろう。


「……まぁ、おかげさまなんて言われても、べつに私はなにもしてないんだけどね」

「そんなことはないっスよ。漫画だって、この給仕喫茶の原案だって、まっさんの世界の人たちから話を聞いて、思いついたんスから」

「あれ、そうなんだ? こういうのに詳しそうな人って言ったら……牙神から?」

「いや、まっさんがこの世界に来る前から漫画描いてるっスよ、あたし」

「そりゃそっか。……つまり、私たち勇者以外にも、勇者っていたんだ」

「そっスね。……いや、まぁ、正確に言うと勇者ではないんスけど……」

「……どういうこと?」

「それに関しては、そっちの人のほうが詳しいんじゃないっスか?」


 もっさんはそう言って、私の隣、紅月に目配せをした。

 紅月はビクンと肩を震わせると、すっともっさんから視線を逸らした。

 いやいや、さすがに怖がり過ぎだろ。


「……そ、そうですね。端的に言えば、東雲……さん(・・)方は勇者としてこの世界に呼ばれた方。そしておそらく、アスモデウス様がおっしゃっているのは、この世界に何らかの要因で迷い込んできた、異世界人のことを指しておられるのでしょう」

「なんで急に敬語……」


 私が小さくそうツッコむと、紅月が耳元に口を近づけてきた。


「しかたないじゃない……! 私からすると、なんで貴女が普通にしゃべってるのか、理解できないわ……!」


 必死の形相でまくしたててくる紅月。

 相変わらずよくわからない感覚だ。


 けど、今はどうでもいい。

 重要なのは、私たち以外にも異世界人がいるという話だ。

 しかも漫画やメイドカフェなどのオタク文化を持ち込んだとなれば、それはもう同郷の人だろう。

 もしかしたらその人と交流を持てたら、有用な情報が聞けるかもしれない。


「あのさ、もっさん。今、その人ってどこにいるの?」


 私がそう尋ねると、もっさんはすこし驚いたような顔をしたが、すぐにフッと口元を緩めて言う。


「彼は……だいぶ前に亡くなったっスよ」

「そ、そうだったんだ……ごめん……」


 もっさんの反応的に、それなりに親しかったのが伝わってくる。

 気まずい。余計なこと訊いちゃったな。


「ええっと……その髪は?」


 どさくさに紛れて、というか無理やり話題を変えたくて本題(?)に入る私。

 しかし、そこで聞いたのは――


「ああ、これっスか? いやあ、ちょっとバカ天使に雷落とされちゃって……」

「……へ?」

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