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第43話 須貝の決断 組との決別


 既に玄関口付近だというのに、宴会場のあいつらの声がここまで聞こえてくる。

 いままで鬱積していたものが晴れて、綺麗さっぱりなくなって、どこであろうと騒ぎたくなるのは……まぁ、わからなくはない。

 けど、さすがに他人の迷惑というものは――


「はぁ……」


 あいつらのことを思い出すと、あそこにあった料理のことも思い出してしまい、なおさら憂鬱になってしまう。

 そういえばまだ食べてない料理もあったな。惜しいことをした。

 私はフロントに預かり札を渡して靴を受け取ると、そのまま玄関で履き替えようとしたのだが――見た顔が、いつの間にかそこにはあった。


 というか牙神だった。

 なんか、ぼけーっと間抜け面を浮かべたまま、私の顔を見てきている。

 なんというか『おまえから先に挨拶しろよ』という圧を感じる。

 おそらくこの前の、ストーキングの件がバレてしまったのだろう。


 とはいえ、私にもプライドというものがある。

 年下にそんな態度を取られると、逆を張りたくなるのが世の情け。

 しかし、この前の昇級戦の恩もあるし――


「……あれ、牙神じゃん。何してんの、こんなところで」


 あえて『今気づきましたが、なにか』という体でいこう。


「あ、え、あ……」


 なんだこいつ。

 しゃべりかけたらしゃべりかけたで、急にドモりはじめた。

 おちょくっているのだろうか。


 まあいい。ここは二、三会話して適当に打ち切ろう。


「あー……そういえばここ、例の旅館だったね」

「……例のとは?」


 急に私を見下すような姿勢を取る牙神。

 しかし私は気にせずに続ける。


「いやほら、最初に呼び出された時に用意してもらった旅館じゃんか、ここ。まだ使ってたんだねって」


 ……なんか、さっきからずっと反応が薄いな。

 なんというか、会話に身が入っていない。


 もしかしてこいつ、私の謝罪を待っているのか?


「……でも、それもそうだよね。掃除も洗濯もしなくていいし、それにごはんも三食付いてくるんだから、わざわざ自分で家買ったりとか、面倒くさいよね」

「そ、そう……だな! なかなかの……住み心地だ……!」


 急に私を威嚇するような声。


 確信した。

 こいつはおそらく根に持っているのだろう。

 私があの日ストーキングしたことを。

 そしてなんの断りもなく、こいつの魔法を使用したことを。


「……あの、やっぱ怒ってる?」

「怒る? 僕が? ……なぜだ?」


 鬱陶しいな。この期に及んでシラを切り始めやがった。


「気づいてたよね、魔法のこと……」

「ククク……」

「えぇ……」


 なんだこいつ。

 急に笑い始めたんだが。


「……いや、気にしなくていい。それよりも怖がらせてしまったようだ……な」


 怖がる?

 たしかに今も威嚇みたいなことされて、変なやつだなって思ってはいるけど――


「べつに怖がってはないけど、とりあえず、あのときは助かったよ」

「ふむ、そうか。キミの一助になれたのなら、僕も本望というやつ……さ」

「お、おう……」


 さっきからなんなんだ、その妙に力むような語尾は。


 ……でも、どうやら本当に気にしてはいないらしい。

 さきほどまでの態度からは一変し、敵意のようなものを感じない。


「まあ、牙神が気にしてないなら……そうだ、それなら補充がてら、また頼めたりとかって、できる?」


 他の会話はともかく、詠唱のログは一度使うとなくなっちゃうからね。

 会話を保存したからといって、術者(きばがみ)になにかデメリットがあるわけでもないし、ストックはあればあるほどいい。


 ……まぁ、魔剤がないと大抵の魔法は魔力不足で使えないんだけどね。


「……お安い御用さ」

「お、さすが。太っ腹だね。じゃあまたこっちから誘うよ、今度は二人でね」

「ふ、ふた……ッ!?」

「そう、誰にも見られたくないしね」


 以前まではべつに私の能力なんて知られても……と思っていたが、この前の大将戦では露骨に対応されたからな。

 これからはあまり、自分の能力を他人に見せないようにしたい。


「みみみみ、見られ……!?」

「そんじゃ、またね」

「あ、ああ……ま、また……」


 私は牙神に手を振ると、そのまま旅館から出ていった。

 このまま帰宅してもいいのだが、私の目的は――



 ◇◇◇



 夜の帳がすっかり降りた墓地は、しんとした空気に包まれていた。

 石畳の参道には、腰ほどの高さの灯篭が一定間隔で並び、その乳白色の光でぼんやりと辺りを照らしている。


 墓石はどれも磨き上げられており、古びたものでも苔むすことなく手入れが行き届いている。

 ふと視線を横に向ければ、ひときわ大きく、そして見慣れた墓標があった。

 当然そこには千尋の名が刻まれており、私はそこで手を合わせると、今日は千尋に会いに来たのではないことを、心の中で報告した。


 偶然とは恐ろしいものだ。

 まさか雨井の墓がこの区画に作られることになるなんて思わなかった。


 ――千尋への報告が終わり、再び歩き出すと、そこには既に先客がいた。

 それもどうやら二人いるようだ。

 ひとりは須貝さん。

 そしてもうひとりは――


「紅月……?」


 私の声に反応するように、紅月がこちらを向く。

 灯篭に照らされた彼女の顔は、私を視界に入れた途端、醜く歪んでいった。


「なんで貴女がこんなところにいるのよ」


 まるで犬の糞でも踏んづけてしまったような顔で私を見てくる。


「……それはこっちの台詞だって。司法機能してないの? この国」

「俺が呼んだんだ」


 須貝さんは相も変わらず、優しく微笑みながら言った。


 まあでも、そっか。

 あの旅館からこの墓地までそれなりに距離あるから、車椅子だとキツいか。


「……ということは、早速こき使われてんだね」


 私がそう茶化すと紅月は心底面白くなさそうにふん、と鼻を鳴らした。

 もう猫をかぶるのはやめたようだ。


「もしかして、宴会の時からいたんですか? 紅月のやつ」


 紅月に話しかけても無視されそうなので、私は須貝さんに尋ねた。


「ああ。飯くらい食ってけって言ったんだけどね」

「私には、そんな資格はありませんから」


 紅月はつんとした態度でそう言った。

 私に(へこ)まされて、多少はしおらしくなったのかとも思ったが、相変わらずのようだ。


「……まあ、こんな感じだ。ちなみに雨井の件だが、御上にゃ黙っておくことにした」

「いいんですか?」

「そうじゃねえと、うちでこき使えないだろう?」


 さすがだ。

 もうあれこれと、紅月の活用方法(・・・・)を思いついているのだろうか。

 それに関してはもう、ご愁傷様である。

 彼女もすました顔をしているが、そのこめかみは若干痙攣していた。


「だが、東雲の件でのことがあってね、さすがにギルドには居られなくなったみたいだ」

「へえ、そっか。じゃあ雷亜ちゃん、晴れて無職ってわけだ」

「うるさいわよ、東雲真緒」


 なぜフルネーム。


「……ちなみに、愚堂に関しての処分は保留中だ」

「そうだったんですか。てっきりもう、組を辞めさせられてるのかと」

「あいつがそう望んだらな。……ああ見えて、あいつなりに組に貢献してくれてたんだ。東雲も許してやったし、本人はまだ、雨井の死から立ち直れてねえみてえだし……」

「そうですか……」


 そんなに仲良かったんだ、あの二人。

 たしかに〝カシラ〟って呼んだり〝兄弟〟って呼んだり、あれこれ呼び方が変わってたような気がする。

 私が知らない因縁というか、絆というか、そういうのがあったのは想像に難くない。


 それにしても死闇といい、紅月といい、愚堂といい、どうもこの人は冷酷には徹せない人のようだ。

 もちろんそれが良いか悪いかは私にはわからない。

 そもそも私だって、似たようなとこあるし。

 だけど――


「やっぱり、甘ぇって思うかい?」


 見透かされたような問いに、私はギョッと固まってしまう。

 こんな反応してしまったら白状したのも同義だ。


「……俺もそう思う。つくづくそう思うよ。もっと器用に生きられたらなって」


 器用に生きる。

 おそらく須貝さんの言っている器用とは、もっと組織のトップとしてのことを言っているのだろう。

 でも、私から言わせてもらうなら――


「それで、いいと思いますよ」


 私がそう言うと、須貝さんはすこし驚いたような顔で見てきた。


「実際、須貝さんだからこそ雨井も、愚堂も、組の皆もついてきたと思います。だから、間違ってないんですよ。……ううん、そもそも正解なんてないんです。だからこそ彼らは彼らの意志で、後悔しない道を選択したんだと……私は思ってます」

「東雲……へっ、そうだな。いまさら過ぎたこと気にして、うだうだ悩んでんなってこったな」


 どうやら、ほんの少しではあるけど、須貝さんの役に立てたようだ。

 気持ちちょっとだけ、須貝さんの顔がさっきよりも明るくなった気がする。


「……拝んでくかい、東雲」

「はい。失礼します」


 私はそう断りを入れると、二人の前に立ち、雨井家と彫られた墓石の前で手を合わせて拝んだ。

 報告することは特にない。

 しいて言うなら三日ぶりに起きたことくらいか。

 たぶん昇級したことはお腹いっぱいになるくらい、みんなから聞いただろうし。


「……もう、いいのかい?」


 須貝さんにしては珍しく、急かすように訊いてきた。

 私もその様子にすこし戸惑いながらも答える。


「あ、はい。特に新しく報告することもないかなって」

「……それで、東雲はこれからどうするんだ」


 本当にどうしたんだろう。

 まるで本題を切り出すタイミングを見計らっているような。


「……あ、もしかして……雨井からなんか、いらんこと聞いてたりは……?」

「辞めるんだろ、須貝組を」

「え、あ……ええっと……それは……」

「大丈夫だよ。おまえさんが気にしてるのは、昇級戦直後に辞めちまって、ギルドにどう思われるか……だろ?」

「そ、そうです……」

「それで、辞めた後は?」

「せ、世界を……」

「世界を?」

「見て……回りたいなって……」

「ほう? そりゃまた、どういう風の吹きまわしで?」

「私、この世界に来てよかったって思いたいんです。今まであんまり良いこととかなかったこの世界だけど、私、この世界を好きになりたい。だから良いところをいっぱい見て、探して、それで、何がしたいのかをわかりたい……です」


 たまらず私は須貝さんに白状した。

 これは雨井に言われたからではない。私がしっかりと考えてだした結論だ。


 けど、団体戦で昇級したのに、その代表がすぐ辞めてしまうのは、ギルド的にまずいんじゃないかとも思った。


「たしかに、昇級直後に昇級戦の代表者がクランを脱退するというのは、ギルド側の心象としてはよくないわね。まだ前例がないことだけど、なんらかの処分が下されても文句は言えないわ。それこそ降級処分とかね……」


 さすが元ギルド職員。

 ここらへんの事情については、この中の誰よりも詳しい。


「俺としてはもちろん、組長として、そういう事態も考慮しねえとダメだ」

「それは……」


 当たり前だ。

 組織のトップとして、ひとりとその他全員を天秤にかけてひとりを選ぶようなら、それはもうトップとして相応しくない。


「それに、今度は昇級自体をさせてくれないかもね……」


 紅月が畳みかけるようにそうつぶやく。

 たしかにその可能性もあるか。

 それならもう世界を見て回るのは――


「だから俺は、須貝組という組織の長として、東雲が組を抜けることは許可できない」

「……はい。わかってます」


 残念ではある。

 けれど不満はない。

 普通に考えたらこれが適切な判断で――


「だから――東雲、おまえさんは須貝組のまま世界を見て回ればいい」

「へ……?」

「……紅月(こいつ)を連れてね」


「はあ!?」

「はあ!?」


 その日、夜の墓地に私と紅月の素っ頓狂な声が響いた。


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