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第42話 昇級戦の余熱と旧ギルド


「こんなご時世だ。廃棄予定のかっぴかぴのおにぎりだの、野菜の切れ端を煮込んで作った汁だの、酷ぇモンはあらかた食ったけど、こんな高級旅館の刺身がいちばんうめぇ」


 すこし離れた席で妙に貫禄のある顔の、名も知らぬ構成員が泣きながら刺身を食べている。

 相当荒んだ食生活を送っているようだ。

 私もあまり人のことは言えないけど、そういう理由を抜きにしても、この旅館のご飯は美味しい。

 鉄級は金回りがいいと言いつつも、やっぱり得をしていたのは一部の、それこそ愚堂くらいだったのだろう。

 ここにいる須貝組の皆はじつにいい顔をしていた。


 そういえば――

 私はキョロキョロと会場内を見回すが、愚堂の姿が見えない。

 まぁ、あいつもあんなことがあった後で、こんな催しに参加できるほど図太くはないか。

 でも、須貝さんは一体彼の処遇をどうするつもりなのだろう。


「うぇ~い、飲んでるっすか、姉御」


 赤ら顔でジョッキを片手に鰤里がうざ絡みしてくる。

 すでにかなり酒臭いが、今は無礼講。些細なことだ。


「お酒もいいけど、今はごはん派かな」

「え~、酔いましょうよ、姉御~」


 鰤里がジョッキをグイグイと私の頬に押し付けてくる。


 うぜえ。全然些細じゃなかった。

 完全に絡み酒体質だな。鬱陶しいことこの上ない。

 けど、こういうのって案外上司に好かれたりするんだよな。

 その気持ちはよくわからんが。


「……って、あれ鰤里、あんた酒飲めるの?」

「な~に言ってんすか、どっからどう見ても成人してるじゃないすか」

「どっからどう見ても成人には見えないから訊いたんだけど」

「あれ、怒った? 怒っちゃった? 姉御?」

「うぜぇ……」


 鰤里は私の反応をケタケタと笑いながらジョッキを呷る。


 それにしても危ない飲み方だ。気管に入ったら大惨事なのに。

 ……いや、そうしたらすこしは大人しくなるか。

 なんてことを考えていると――


「安心しろ。鰤里はマジに成人済みだぜ、東雲の姉御」


 私の隣に座っていた上流が、一号升を片手に話しかけてくる。

 こっちは顔に似合わず、上品に酒を嗜む派らしい。


 そしてふと周りを見渡すと――

 会場はすでに飲めや歌えやの乱痴気騒ぎになっていた。


 裸になって踊っている者や、奇声を発している者、麦酒の飲み比べをしている者など、私のように料理に舌鼓を打っている者は少ない。

 中にはじろじろと私を見ながら、小声で何かを囁き合っている者までいる。

 私自身、それなりに受け入れられてきているんじゃ……とも思っていたけど、さすがにどうやら全員が全員、ウェルカムとはいかないようだ。


「そうでなくても、今の冒険者ってのは、基本的に成人しねえとなれねえ」


 上流がさきほどの話を構わず続けてくる。

 私としては静かに、この琥珀色に輝く煮魚を楽しみたかったが……まあいいか。付き合ってあげよう。


「あ、そうなんだ。……でも牙神って、どう見ても未成年だけど、あれはいいの?」

「勇者は例外だ。あとは、冒険者の家系もな」

「家系?」

「ギルドが今みてえに格式やら実力やらを重んじるようになる前は、冒険者なんて誰でもなれたんだ。それこそ、代々冒険者の家系なんてのもあった」

「代々冒険者の家系……」


 私の中での勝手な冒険者のイメージって根無し草というか、風来坊的な職業で自由気ままに生きている感じがあったんだけど、案外そういうのを聞いていると、武家とかに近いのかなって思ってしまう。


「そいつらは成人する前から、仕事に慣れさせるって名目で、簡単な依頼を受けたりしてたんだぜ」

「へえ、じゃあ須貝組にもそういう人っているの?」

「須貝組にいる野郎共はほとんどそうだろうな」

「……鰤里も?」

「ああ。ちなみに俺もだ」

「じゃあ……あそこで股間をお盆で隠して踊っている人も?」

「ああ」

「あそこで、思わず耳を覆いたくなるような歌声を披露している人も?」

「ああ」

「本当にみんな由緒正しい冒険者の家系なんだ……」

「……ん?」


 上流がそこで首を傾げる。


「あれ、違った?」

「……いや、俺の言い方がよくなかった。なんか誤解させちまったが、冒険者の家系なんて言っても、由緒正しいなんてもんじゃねえ。たしかに今の銅級以上は由緒正しいかもしれねえが……代々やってるって言ったのも、他に就きたい職業もねえから、とりあえず結果として冒険者をやってるってのが正しい」


 なるほど。たしかに『私の家系は代々〇〇という会社に勤めております』だったらなんとなくわかるけど『私の家系は代々サラリーマンをやっております』なんて普通言わないしね。


「そんな感じで皆なんとなく冒険者をやってたんだが、ある日を境にギルドが方針転換をした」

「それが今のギルド?」

「ああ。当時、それなりの数がいた冒険者だったが、厳しい基準を通過しないと冒険者を名乗れなくなったんで、ほとんどが辞めちまったらしい」

「大変じゃん。急に食い扶持っていうか、働き口がなくなっちゃったわけでしょ? どうすれば……って、あれ、じゃあもしかして、鉄級が出来たのって、そういう人たちが多かったから、その受け皿として作った感じ?」

「……どうだろうな。いま姉御が言ったみたいに、当時、あまりにも職にあぶれるやつが多かったから。って理由で鉄級を作ったのは、たしかにあるかもしれねえ。だがそれもただの推測に過ぎねえ。そもそも待遇も鉄級と銅級で天と地だからな」

「……え、じゃあもしかして、体のいい追い出し部屋みたいなことかもしれないってこと?」


 いきなり『方針転換したので今までの冒険者を全員解雇します』となればさすがに反発されるのは目に見えている。

 しかし、既存の冒険者を冒険者という枠組みに留めておいて、新規の冒険者層をその上に作れば、やがて鉄級の冒険者たちは一部を除いて、その劣等感や無力感を感じ、勝手に辞めていってくれる。


「……おそらくな。なにせギルドは、このことに対して特に何の説明もしていない」

「だから、鉄級冒険者たちが互いに肩を寄せ合って、須貝組を作ったってことなんだ」

「ああ。俺はそう聞いてる」

「……うん?」

「どうした姉御」

「今さらなんだけど、上流はさっきから〝当時〟とか〝みたい〟とか〝そう聞いてる〟とか言ってるけど、今の体制になったのって何年前なの?」


 私が上流にそう質問すると――


「はぇ~……カシラから聞いてたっすけど、姉御、まじでなんも知らねんすね」


 突然鰤里が話に割り込んできた。

 そして今度はその手に葡萄酒の入ったボトルを持っている。

 明日の朝は地獄を見るな、こいつ。


「……興味がなかったからね」

「あっはっはっはっはっはっは! ……え? じゃあなんで鉄級で冒険者やってるんすか?」

「その話はもういいじゃん」

「ちなみにギルドの話に戻るっすけどぉ、俺が生まれるより前っすよぉ。ていうかぁ~それこそ、上流のアニキが生まれるよりも前じゃないっすかあ~?」

「え、じゃあ上流って何歳なの?」

「今年でちょうど三十だ」

「三十……」


 そういえば雨井とそんな話してたっけ。


「……てことは、そっか。結構前なんだね、新体制に変わったのって」


 なるほど。いまの冒険者制度にもいちおう歴史はあるみたい。

 でも、たしかに歴史とか格式がなかったら紅月のやつもあんなに冒険者の肩を持ったり、勇者に対してブチギレたりしないか。


「そっすねぇ……ちなみにそれよりもずっと前、俺の親父の、それまた親父の頃から、うちは須貝組の世話になってるっすよ~」

「たしか、須貝……だとこの場合ややこしいから、凪さんで三代目だもんね」

「そうそう~、いまの組長(オヤジ)も現役のときはそりゃもう、すごかったんすから」


 現役……つまり、まだ死闇に刺される前のことかな。

 たしかに須貝さん、顔に似合わず無駄に迫力あるし、なんか胸板とか厚いし、腕も太いし、すごそうなのはわかる。


「それを言っちゃ、姉御も大概すごいけどな」


 上流がそんなことを零すと、待ってましたと言わんばかりに、なぜか続々と須貝組の男たちが私の周りに集まってきた。


「いやあ! 大将戦、マジですごかった!」

「俺も俺も! めちゃ感動したっすよ!」

「初めて見ましたよ、あんな綺麗でえげつねぇ魔法!」

「姉御ってあんな魔法使えたんですね!」

「どこで覚えたんですか! 異世界って魔法が盛んなんですね!」

「俺にも魔法教えてください!」

「もう俺、姉御に一生ついてくって決めましたから!」


「は……はははは……」


 さすがにここまでの勢いで来られると乾いた笑いしか出てこない。

 上流もなぜかニコニコしながら酒飲んでるし、ギルドの話もここまでかな。


 それになんか、熱というか、色々と圧がすごいな……。

 よく見たら、その男たちに混じってさっき私のことをじろじろと見ていた人も、なぜか鼻息を荒くしてここに参加してきてるし。

 みんなどんだけ魔法に興味があるんだ。


 正直、あの魔法自体は牙神のやつをそのままコピー&ペーストしただけだから、訊かれても詳しくないし、褒められてもあんまり嬉しくはないんだよね。

 それに魔剤でドーピングしてなんとか捻出した魔法だし……うん。


 帰ろう。


 なんか居心地悪いや。後でなんか訊かれても、酔ってたことにしたら大丈夫でしょ。

 私はお手洗いに行くからと皆に断りを入れると、そのまま宴会場を後にした。


 本当はもうちょっと料理を食べてたかったけどね。


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