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第38話 雨井との約束


「そ、そんな無茶ですよ!」


 ギルド職員の大きな声が狭い室内にこだまする。

 雨井の死で急遽、私と須貝さんは屋敷二階にある簡易的な会議室に集まっていた。


「雨井仁さんが亡くなられたんですよ」

「殺されたんです」

「……ならなおさら、こんな状況で試合を続行するなんて、不可能です」

「続けられます」


 即答する。

 テーブルの向こうで何人ものギルドの関係者がざわついたが、私は続ける。


「今回死んだのは副将の雨井です。残すは大将戦のみ」

「で、ですが――」

「襲撃者はすでに死んでおり、観衆の耳にもこの事件は届いていない。昇級戦の進行には、とくになにも差し支えはないのではないでしょうか」


 職員は助けを求めるように、私の隣にいる須貝さんに視線を向ける。

 それに対し、須貝さんはわざとらしく肩をすくめて言い放った。


「……俺はぜんぜん構わないよ」

「な……須貝さんまで……!?」

「うちの大将は東雲さんだ。その人がやるってんなら、首を横に振るわけにゃいかねえだろ」

「須貝さん……」


 やや疲れの色を浮かべながらも、その口調は鋭かった。


 今回のことについて須貝さんは何も知らない。

 おそらく知っているのは、雨井が死んだという事実だけ。

 それなのにこうして、私になんの疑問もぶつけず、意見を後押ししてくれている。

 私にはそれがとても嬉しく、とても心強かった。


「……東雲さん、落ち着いてください。これは事件です。人がひとり死んでいるのです。運営委員会としては、今すぐにでも――」

「それは、運営委員会の都合だね」


 今度は須貝さんが口を挟んだ。


「うちの鰤里が行方不明になった時、中断は一切検討されなかったじゃないか」

「しかし、それはそちらの都合で――」

「だね。鰤里がいなくなったのは、あくまでうちの都合さ。もし時間内に見つけられなかった場合、俺たちの負けになっていた。そうだろ?」

「それは……そうですが……」

「だのに今回はあんたらの都合で〝中止が妥当〟で一方的に終わらせようたぁどういう了見だい。そりゃ道理が通らねえんじゃねえのか?」

「それとこれとは話が違う。私共は常識的な観点から話をしているのです」

「ほう、こりゃおかしいね。今さっきうちの道理蹴っ飛ばしたばかりなのに、今度は常識ってやつを語るのかい?」

「そ、それは、常識の定義が私共とそちらとで違うのであって――」

「そうさ。どっちの常識にも、もっともな言い分はある。……つまりね、俺が言ってるのは、今度はそちらさんが譲歩してくれる番じゃねえのかって訊いてんだよ」


 須貝さんの視線が、じわりと職員を射抜く。

 まるで、獲物に狙いを定める蛇のようだ。


「む、無茶苦茶だ……! そもそも、そうまでして試合を続ける意味がないでしょう!」

「……東雲さん」


 須貝さんに名前を呼ばれ、私は小さく頷く。

 たしかにここまで食い下がる明確な理由はない。

 ただここで機会を逃せば、殺しを命じた者が永遠にわからなくなると思ったのだ。


 私は、私のために戦えと雨井は言った。

 誰かのためでもなく、私の信じるもののために、自由のために――


 つまりこれは、私が〝自分のために選んだ〟最初の戦いなんだ。

 今回の黒幕を須貝さんの前に引きずり出し、絶対に報いを受けさせる。

 だから、ここで引くわけにはいかない。


「……詳しくは言えませんが、今回の件、私はあなた方ギルドを疑っています」


 私がそう告げると、より一層どよめきが大きくなった。


「それはつまり、私共の中に犯人がいる……と?」

「はい」

「それは……その発言は、いくら東雲さんといえども冗談では済みませんよ」

「冗談や酔狂でこんな話はしませんよ。けど私にも確かめたいことがあるんです」

「確かめたいこと……ですか?」

「はい。それが間違っていたのなら、私を永久にギルドから……いえ、この国から追放してもらっても構いません」


「そんな……!」

「こんなの、バカげている……!」

「いったいどういう理屈で……!」

「もういい、取り合うだけ無駄だ!」


 もはや会議の体をなしてはいない。

 あちら側も相当混乱しているようだ。

 けれど、この反応を見る限り、今回の件がギルドぐるみでないのはわかった。

 

 正直なところ、私には確証がない。

 しかし直感というか、確信めいたものがあった。

 あの黒ずくめの賊は間違いなく、私の命を狙っていた。

 そして、なにより、そんなことをするのは――


「紅月雷亜。……彼女が、そちらの大将なのでしょう?」

「な……なぜ、彼女が代表者であると知っているのですか……?」


 動揺した様子で、職員が小さく後ずさる。


「彼女と戦わせてください。そうすれば、今回の件は解決します」


 私がそう断言すると、ひとりの男が静かに歩み出た。

 ギルド長の不破だった。


「……わかった。東雲殿の言う通りにしよう」

「ギルド長!?」


 関係者全員が彼に掴みかかる勢いで声を投げかける。


「……ありがとうございます」

「ただし、そちらが今回の一件の犯人を証明できぬようであれば――」

「はい。わかっています。その時はなんなりと」


 私がそう言うと、不破は大きくうなずいた。


「よろしい。……では、特例措置として、大将戦の実施を許可しよう。職員一同、このことは大将戦が終了するまで一切他人に口外しないように。……よいな」


 不破がそう言うと、関係者たちは何も言えなくなってしまった。


「ただし。それでも疑問が解決しなかった場合、これ以降、いかなる問題が発生しても、当ギルドは一切の責任を負わない。……そして東雲真緒、そなたの冒険者としての資格を永久に剥奪するものとする」


 その問いは、こちらに向けられた。

 私は、小さく頷く。


「はい。……問題ありません」


 不破はそれだけ聞くと、ゆっくりと踵を返す。


「大将戦再開の準備を。紅月雷亜には速やかに出場を通達するように」

「し……承知しました……!」


 不破のひとことで職員たちが慌ただしく動き出す。

 とりあえず、これで、くだらない理由で大将戦の中止は免れた。


「……本当に、これでよかったのかい、東雲さん」


 須貝さんが私を心配するように声をかけてきた。


「はい。これでよかったんだと思います」

「そうかい。それじゃ、俺はもうなにも聞かねえさ」

「……すみません、須貝さんはなにがなんだか、わかってないですよね……」

「わかってるさ。雨井のやつが死んで、東雲さんはその仇を討とうとしてくれている。おまえさんが大将だってのを抜きにしても、協力しないわけにはいかないだろ?」

「ありがとうございます」

「は、それはこっちの台詞だね。……ただ、さっき紅月雷亜と言っただろう?」

「彼女を知ってるんですか?」

「もちろんだ。元冒険者にして、現在は外勤担当の職員だろう?」

「はい。たしか、自分でもそう言ってました」

「彼女の冒険者の時の等級は金級(きんきゅう)だ。これまでの銅級や銀級の雑魚とは比べ物にならない。……用心するんだよ」

「……わかりました。もう、油断しません」


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