第37話 転換点(残酷描写注意)
「世界を……?」
「そうだ。せっかく冒険者やってるんだし、そういう選択肢もあると思うぞ」
「……どういうこと?」
世界を見て回ることと、冒険者であること。
このふたつの繋がりがいまいち理解できず首を傾げていると――
「おい、マジか……おまえ……」
「え? なに?」
今までにないほど、深いため息をつかれてしまった。
「組のことだけかと思ったら……おまえ、冒険者についてもなんも知らねえのな」
「い、いや、もちろん知ってるが……? き、決めつけないでもらっても……?」
「もういい。知らねえのはわかった。ちなみに、ギルドはこの白雉国以外の国にもあるのは知ってるよな、さすがに」
知らなかったらこれ以降の話はしない。
という剣幕で睨み付けられる。
「さ、さすがにそれは……そもそもここ、極東支部名乗ってるしね」
「つまり、ギルドの加盟国なら、どこでもこの肩書が使えるのは、理解できるか?」
「……あ。もしかして、なにか特典があるとか?」
「その通りだ。等級次第だが、冒険者が受けられる特典というものがある」
「そんなのが……でも、等級次第……」
「まず全等級に関して共通することだが……ギルドで依頼を受けられるようになる」
「まぁ冒険者だしね。……でも、重要か」
どの国に行ってもギルドさえ存在すれば仕事にありつけるのは、たしかにありがたい。
「ちなみに鉄級に関しての特典は以上だ」
「……まじ?」
「大マジだ。だが、銅級になると話は変わってくる。ギルド加盟国の公共交通機関が無料で利用できて、武器なんかも希望すれば支給されるうえ、ギルド内での飲食も無料になる」
「至れり尽くせりじゃん」
「そうだ。だからてっきり真緒も銅級に上がるために、キツい仕事に耐えてたんだと思ってたが……おまえ、そのことも知らないのに、なんで冒険者って職にしがみついてたんだ?」
「いや、だってほら、この世界のことなにも知らないし、私みたいなのが就ける職業なんてないだろうし……」
「なるほどな。……でもまあ、いいじゃねえか。今回で昇級したら今までの苦労が報われる」
「ちょっと、もう昇級した気になってんの?」
「おまえなら問題ねえだろ」
「そういうの、プレッシャーって言うんだよ」
「本番に強いタイプだろ? おまえは。いつもよ」
雨井はそう言って無責任に笑っている。
「……でも、そっか。世界か……」
考えてもみなかった。
銅級に上がればあちこち行くのはタダだし、なにより最低限、職と食は保証される。
私自身、今は特にやりたいこともないし、あちこち気ままに旅して、適宜依頼を受けたりして、改めて趣味を探すってのもありかも。
「……そういえば、あんたらはどうすんの?」
「なんだ。心配してくれてんのか」
「いや、あんまり」
これはちょっと茶化されたから、思わず反射的に言ってしまった照れ隠しではなく、偽らざる本音だ。
須貝組は私なんかが心配するようなものでもないし、心配になるような事もないからだ。
ならなぜこんなことを尋ねたのかといえば……やはり、すこし気になったのだろう。
須貝組の行く末というか、これからの動向が。
「……須貝組が銅級に上がったら、それこそ、いままで分不相応な危険な依頼や、違法すれすれな依頼をしなくても済むようになる。まぁ、組全体の収入は今よりすこし減るかもしれねえが、組のモンも安心して正規の依頼が受けられる。真っ当な冒険者を名乗れるようになるんだよ」
「なるほどね。ずっと、それがやりたかったんだもんね」
「ああ、これが組長のやりたかったことで、これからの須貝組だ」
そう言っている雨井の目は、(相変わらず見えづらいものの)これからの期待と希望の色に満ちているように見えた。
その組の中に私はいないんだろうけど、今は寂しさというよりは、彼らを応援したいという気持ちが強い。
「いいねそれ。私もいつか見てみたいよ」
「個人はともかく、クランが鉄級から昇級するのは初だろうからな」
「……なんか、余計負けられなくなったんだけど」
「まあな。それが狙いだか――」
〝ドォォォォン!!〟
地面が揺れ、遠くのほうで雷が落ちたような音が聞こえてくる。
ちらりと窓の外を見てみるが茜色の空に雲はひとつない。
「な、なんの音だ……!?」
「ちょっと雷っぽかったけど、雨……降ってないよね?」
「雷? いや、それだと地面まで揺れねえだろ」
「たしかに……」
私はベッドから出ようとして――
〝ガチャリ〟
突然、ひとりでに医務室の扉が開いた。
しかし誰も部屋に入ってくる様子はない。
怪訝に思い、咄嗟に〝ステータスオープン〟を使ってみるが、私や雨井をはじめ、この屋敷にいる人間の名前がずらりと羅列されるだけ。
「……これじゃわかんないな。ねえ雨井、とりあえず外に出――」
「真緒ッ!!」
〝ドッ〟
急に雨井に胸を強く押される。
その衝撃で壁に叩きつけられるが――
私の目の前で雨井は喉を刺されていた。
どこから現れたのか、男なのか、女なのか。
全身黒ずくめのそいつは、雨井の喉からナイフを抜き取ると、素早く私に向き直った。
殺される。
そう思った瞬間、雨井が後ろからそいつにヘッドロックをかけた。
「ぐ、ぶ……が……ばばっ……!」
口から血の泡をまき散らしながら、何かをまくしたてる雨井。
そしてその直後――
〝ゴキッ〟
一息に襲撃者の首をへし折った。
そいつはそのまま床の上を転がり、びくびくと虫のように痙攣すると、やがて動かなくなった。
「あ……雨井ッ!」
すぐに駆け寄って彼の喉を手で押さえつけるが、止まらない。
血が、止まらない。全然、止まらない。止まってくれない。
私は一旦手で止めるのを諦めると、ベッドのシーツを引き剥がし、ばさばさと丸めて、雨井の喉元に押し付けた。
しかし、じわじわと、まるで真綿が水を吸うようにシーツがドス黒い血に染まっていく。
「ど、どうしよう……! どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう……! 死んじゃう……! 雨井死んじゃう……!」
ここは医務室なのに、私に医療の知識がないばかりに、雨井を死なせてしまう。
軽いパニックに陥りかけたが、私は雨井の手を引っ張って「これ、自分で押さえてて」と指示を出した。
狼狽えている場合じゃない。
幸い、屋敷の中に医者はいる。
今すぐ読んでくれば、あるいは……。
私が立ち上がろうとすると――
「雨井……?」
雨井が私の手首を強くつかんだ。
「な、なにやって……!? 放さないと、あんた死ぬよ……!」
「ゴボ……ゴボゴボ……」
雨井は何かを話しているが、まったく聞き取れない。
おそらく肺も気管も彼の血によって塞がれているのだろう。
赤黒い血の泡がボコボコと音を立てている。
そしてなぜか、手を放してくれる様子もない。
「……そ、そうだ……ログ……!」
私は会話ログに思い当たり、急いで開くと、雨井の発している言葉がそこへ書き込まれていった。
「雨井、聞こえてる? 意識をしっかりもって、今から――」
『落ち着け……どのみち……助かんねえよ……』
「なにバカなこと言って……!」
『けどよかった……言葉……通じてる……みてえだな……』
「言葉とかいいから! それより、手! 急いで医者呼んでくるから……!」
『真緒、聞け』
「でも……! 私、あんたにまだ恩を――」
『勝て、真緒』
「雨井……?」
『組のためとか……そんなんじゃねえ……おまえの信じるもののため……自由のために戦え……冒険者とか、ギルドとか……誰かに言われたから……とか……そういうのは、どうでもいいんだ……自由に生きろ……そのために勝つんだ……』
雨井の手から次第に握力がなくなっていく。
『忘れるな……真緒……おまえは、おまえの……』
ずるりと私の手のひらから、大きな手が滑り落ちる。
雨井は口角をニィッと上げると、そのままピクリとも動かなくなってしまった。
色々な感情がぐるぐると私の中で渦巻く。
足に力が入らず、視覚から入ってくるこの惨状を脳が処理しようとしない。
まるで目と脳の間に分厚い壁があるように、私はただ雨井の顔をじっと見ていた。
そしてやがて、雨井が直前に言っていたある情報が、サイレンのようにけたたましく、脳内で反響する。
〝綺麗な姉ちゃんだったな。あとは……髪が赤かった〟
「赤い……髪……」
どうやら私は、あいつを問いたださなければならないようだ。




