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第36話 白紙


 夢を見た。

 はっきりとそれが夢であることが理解できる。


 私の知らない二人が何かを言い合っている。

 といっても顔の輪郭も、その姿も薄ぼんやりとしている。


 ひとりは熱心に何かを訴えているが、もうひとりに感情らしい感情はない。


『既に――だ。――は崩壊し――の業と――は――を知らない。このまま――すれば――の――は成されない。それは――としての――は見逃せぬ。なればこそ一度――の全て――するほか――はない』


 言葉は断片的にしか聞き取れず、ひどくあやふやで捉えどころがない。


『――上げてきた――を、ただの――として見なすのか! 愚かさも――も、痛みも――も、それを――続けるからこそ――があると――!』


 こちらも断片的にしか聞き取れないが、言葉の端々に怒りや驚き、哀しみなどの感情がにじみ出ている。


『要らない――に意味はない。あれは――だった』


『そ――って――捨てるのか、なら貴方は、貴様は私の敵だ……!』


 〝貴様は私の敵〟その言葉だけがはっきり聞き取れたかと思えば――

 混濁する意識の中で、その景色が、淡い金色の光が、次第に遠ざかっていく。

 泡沫の夢のようなその光景が足元から崩れ、私は――



 ◆◆◆



 そこでふと目を覚ます。


 視界に映る天井は低く、どこか古びていた。

 板張りの天井板には、ほこりっぽさこそないものの生活感もない。


 次に薬品のにおいが鼻をついた。

 消毒用アルコールのツンとしたにおいに混じって、微かに血の臭いがする。


「目、覚めたか」


 不意に声をかけられ、その方向を見てみると、そこには顔を赤や紫に腫らせたハゲ頭の大男が私の傍らに座っていた。


「だ、だれ……ですか……?」

「俺だよ、オレオレ」

「……詐欺?」


 ――かとも思ったが、よく見ると雨井だということが分かった。

 なんて顔だ。見えてるのか、その目で。

 ……いやでも、普段のあのイカツイ顔よりかはマシな気もする。


 そして、そいつを雨井だと認識した瞬間、こうなる(・・・・)直前の出来事が、情報が、一気に頭の中に溢れてきた。


「……そっか。私なんか……須貝さんと話してて、気絶したんだっけ」

「ああ、急に頭を押さえてうずくまったから、びっくりしたってよ」

「大丈夫。えぐいセクハラとか受けて思わず失神……とかじゃないから」

「あほか。組長(オヤジ)に限ってそんなことはしねえよ。医者が言うには体には問題ねえとよ」


 体には、か。

 たしかにどこかが痛いとか、どこかが怠いとか、そういうことはなさそうだ。

 動こうと思えば、今からでも問題なく動ける。


「……って、その顔、もしかして負けちゃった?」

「勝ったよ。叩き潰してやった」

「そっか。なんか吹っ切れたみたいでよかったよ」

「わかるのか」

「いや、適当に言ってみただけ」


 というのはちょっと照れ隠しで、なんか言葉の節々に肩の荷が下りた感というか、憑き物が落ちたような……気がする。


「……あれ、ていうか、それじゃあ次……私の番じゃん!」


 私は上体を起こすと、かかっていた布団を掴んで引きはがそうとしたが――


「いや、そんなに急がなくていいみたいだぞ」


 雨井が首を振って制してきた。


「案外、起きるのが早かったからな」

「そうなの?」

「ああ、気絶した真緒を組長がここまで運んできて、ついさっき診察が終わったんだよ」

「そうだったんだ。……じゃあ、須貝さんは? お礼言わないと」

「組長は、なんかやることがあるっつって出てったな」

「やること?」

「俺に訊くな」

「ふぅん……あ、あと、鰤里さんは?」

「わからねえ」

「そうなんだ……」


 ここまで見つからないってなるとさすがに心配だな。

 一戦目が終わってからずっといないし、須貝さんのことだから、心当たりがありそうな場所は粗方探させてるだろうし。


「ま、俺の試合もさっき終わったばっかだからな。見つかったって知らせがまだ届いてねえだけかもな」


 たぶんこいつなりに、私を励ましているのだろう。

 しかし、そこまでショックを受けてるように見えたのだろうか。


「じゃああんたは? 私より、あんたのが重傷そうだもんね」

「屁でもねえよ、こんなの。明日までには治ってんだろ」

「それはないと思うけど……」

「それにギルド側もなんか、準備があるとか言ってたしな」

「準備?」

「俺も詳しくは知らねえが……ギルドっつーよりは、担当の試験官だな」

「へえ、なんだろ準備って」

「相当ビビッてるみたいだったぞ」

「……誰が?」

「相手の試験官」

「……誰を?」

「おまえを」

「んなわけ」

「なんでそんな自己評価低いんだ、おまえは」

「だって……ねえ……? 能力が能力だし」


 便利ではある。便利ではあるよ、もちろん。

 でも戦闘向きかどうか聞かれたら、全然そんなことないじゃん。


 それに、若干私怨入ってるっぽかったけど、紅月の評価的に銅級あたりが適正らしいし、そこまで自信が持てないっていうか――


 ああ、そうか。

 能力の詳細についてはまだ雨井以外には言ってないんだっけ。

 なるほどね、得体が知れないから……ってことか。


「ていうか、見たんだ? 相手の試験官」

「ああ、女だったぞ」

「女……他は?」

「綺麗な姉ちゃんだったな。あとは……髪が赤かった」


 赤い髪……?

 心当たりはあるけど……いやいや、そんなまさか……ね。


「そもそも弱ぇんだったらおまえを大将にしてねえよ」

「そうだ、ずっと訊こうと思ってたけど、なんで私が大将なの? 私なんて全然ぽっと出でしょ? 普通、組の序列的にあんたがなるもんじゃないの?」

「それは……まぁ、なんでもいいだろ。順番なんて。他のモンも文句言ってねえんだし」

「なんでも……いいのかな? 結構大事なことだと思うけど……」

「要するに、まだもう少し休憩してけよってこった」


 話のそらし方が強引すぎる。

 これ以上は食い下がってほしくはないようだ。


「体に異常がないっていっても、万が一なにかあったら困るだろ」

「まぁ、組も昇級できなくなるしね」

「おまえなあ……その言い方やめろ」


 呆れとすこしの怒気が混じったため息を雨井が吐く。


「わかったわかった。ごめんごめん」


 ……なんて茶化してみるが、内心すこし嬉しかったりする。

 自分も大事な組の一員なんだと。

 口に出してはいないが、そういってくれている気がして、嬉しい。


 まあ、そんな感情、死んでも表には出さないんだけど。


「そういえば真緒、おまえ銅級に上がったらどうするんだ?」

「どう……って?」

「いやおまえ、銅級に上がったら組抜けるんだろ?」


 驚き……というよりも、確かめるような感じで雨井が尋ねてくる。

 まるで前から知っていたように、当り前のようにそんなことを尋ねてくる。


 たしかにこの昇級戦が終わったらやめようとも考えていた。

 けど、それと同時にこの組も居心地はいいなと思っていた。


 そんな私を突き放すように、雨井は言い放った。


「……え、そんなこと、言ったっけ?」

「いや、おまえ見てるとわかるだろ。もちろん、組に居続けたいなら歓迎するが……」


 どうだろう。

 たしかに残るという選択肢もあるにはある。

 ただ私がどうしたいかというと――


「……ううん。残らない」


 うん。

 たぶん、あれこれ色々悩みはするんだろうけど、最終的に私は〝残らない〟を選択をすると思う。

 雨井はそんな悩みを、ここで綺麗に両断してくれたのだ。

 本人はたぶん気づいてはいないんだろうけど。


「……でも、特にしたいこともないんだよね」

「なんだそれ」

「趣味みたいなものかな。もっさんに言われちゃってさ。『人間には趣味が必要っス』て」

「あの魔王が……? おまえに?」

「そう。私の場合、衣食住がある程度の水準に達してたら、それでもう満足しちゃうからね」

「欲望とかなさそうだもんな、おまえ」

「……今のなんかイラっとしたな」

「そうだな……じゃあ、こういうのはどうだ。趣味……ってのとは、すこし違うかもしんねえが」

「くだらないのはナシね」

「世界を見て回ってみろよ」

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