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閑話 愚堂の罪の告白【須貝視点】


 屋敷の奥から、どよめきと興奮が吹き上がっていた。

 熱気に沸くその空気を、あいつ(・・・)はまるで忌避するかのように歩いている。

 誰にも見つからないように、誰にも触れられないように。

 まるで、すべてが終わったことを知ってしまったように。


「愚堂」


 俺が名を呼ぶと、そいつの足がぴたりと止まった。


組長(オヤジ)……」


 そう振り返った愚堂の顔には、いつもの軽薄さはなかった。

 ただ、驚いているような、覚悟を決めたような、そんな複雑そうな色が滲んでいた。


「……なんだい愚堂、もう帰るのかい。まだ東雲さんの試合があるだろ?」

「東雲……なんやあいつ、倒れたて聞いたんですけど」

「東雲さんなら問題ない。すぐに立ち上がるさ」

「第一……僕が観る必要、あるんですかね……」


 まるで自分には関係ないことのように愚堂は言う。


「そりゃあるだろ、おまえさんも須貝組なんだから。控え所から見るのが嫌なら、観客席から見りゃいい。……それともなにかい? ここで俺に、楽しい話でも聞かせてくれるってのかい」

「楽しく……は、ないとは思うんですけどね」

「そいつぁ俺が判断することだ。違うかい」

「……まぁ、せやな」

「ここで逃げ出さねえ勇気に免じて、あえてこう訊いてやる。……なんでこんな真似したんだい」

「ちなみにそれは、どこからどこまでですかね」

「おや、大した度胸だね。この期に及んでシラ切るつもりかい」

「いやあ、すんまへん、なにぶん心当たりが多くて……」

「この俺の口から言わせようってのかい」


 俺が凄むと愚堂は何かをぐっと呑み込んで、やがてぽつぽつと話し始めた。


「……最初は、目障りなやつが来たと思ったんや」

「東雲さんのことだね」


 愚堂はゆっくりとうなずく。


「もう……組長は気づいてはるとは思うけど、僕は昇級には反対なんや」

「そりゃあ、金かい」

「せや、鉄級はいわば旧ギルド。妙なしがらみなんてない。いわば自由や。金さえ積まれればなんでもやれる。危険はあるが、そのぶん報酬も高い。これぞ冒険者の生き様やろ」

「あんたがどんな冒険者像を抱いてるか知らないけどね、じゃあ組なんてモンに頼らず、おまえさんひとりで鉄級に残りゃいいじゃないか」

「それは……」

「出来ないだろうね。愚堂、おまえさんは何もやってない。組のモンにやらせてただけだろ。なにが冒険者の生き様だ。笑わせんな」

「なんや……知っとったんかい」

「ああ。おまえさんが無茶言って、言うこと聞かせてるのは知ってた」

「なら、なんで止めへんかったんや」

「口答えしてんじゃあねえよ」


 俺がそう睨みつけると、愚堂は一瞬怯んだが、すぐに睨み返してきた。


「……じ、実際、僕の稼ぎがなかったら、須貝組は回らんかった。せやから、見て見ぬふりしてたんやろ。……せやのに、一方的に僕だけ責められるのはお門違いちゃいますか、組長」

「自惚れんのも大概にしな。おまえさんの稼ぎがなくったって、須貝組は十分やっていけた。金がほしかったのは組じゃねえ……おまえだろうがァ、愚堂ォ!」

「うっ……!? ほ、ほな、なんで見逃してたんや……!」

「おまえが下に脅しかけてたんだろうが。そんなんでまともにしゃべれるかい」

「そ……そんなことまで……!」

「それで」

「へ……?」

「まだ話は終わってないだろ。東雲さんを目障りに思って、それでどうしたんだい」

「……消そうとした」

「そいつは知ってる。東雲さんが報酬を着服したのも、あんたの仕業だねって訊いてんだ」

「せ、せや……ギルドに言うて、組に渡す分の金を一部抜いた……」

「……なんだい、ギルド側にも手ぇ回してたのかい」


 俺がそう言うと、愚堂は固く口を閉ざした。

 どうやらそのギルド側の協力者についてしゃべるつもりはないようだ。


 その様子に、言いようのない怒りが込み上げてくるが、俺は一度それを飲み込んだ。


「で、東雲さんを処分できる大義名分を得たおまえさんは、満を持して彼女を消そうとした」

「……せや。けど、カシラが急に東雲をかばいだした。最初は自分に監督責任という名目で飛び火するのを恐れたからやと思ってたけど、カシラはマジやったんや。ほんまに東雲を心配しとった」

「それで雨井に突き付けたんだね。東雲さんを消さない代わりに、落とし前という名目で彼女に依頼をなんでも、三つこなさせるという約束を」

「せや。だから、恋ナスビの依頼を押し付けた。引っこ抜いたヤツは死ぬし、時間をおいてから行けば安全に回収できるから儲かる。まさに一石二鳥……やと思ってたんやけどな」

「けど、彼女は生きて持って帰ってきた」

「ああ、あん時はほんまに焦ったわ。ボンクラの烙印押されて鉄級まで落ちてきた勇者が、まさか恋ナスビ取ってくるなんて思わんかった。で、同時に、あることが脳裏に浮かんだんや。もしかしたらカシラは、東雲を昇級戦に出すために目ぇかけてたんちゃうんか……てな。で、案の定やったってワケや」

「それで、次も東雲さんに、難しい依頼を押し付けようとしたってわけだね?」

「……せやな」

「でも、酒呑童子と魔王の件はおまえさんの差し金じゃあないね?」

「……さすが組長。なんでもお見通しかい。せや、あんなエグい依頼、僕が取り扱えるわけがない。全部さっき言ったギルド側の協力者が見繕ったんや。……ま、二つともアカンかったんやけど」


 また協力者か。……まあいい。

 ここで問いただしても愚堂はおそらく口を割らない。

 けど、それでいい。

 それならそれで、ギルド内でもそれなりの位置にいるってのがわかる。


「で、今日の先鋒、あれはどういう了見だい」


 俺がそう尋ねると、愚堂は腰に手を当てて、観念するようにゆっくりと首を横に振った。


「はぁ……やっぱ、わざと負けるのはしんどいわ。そのうえ組長にもカシラにも、東雲にもお見通しなんやもんな。ほんま、かなわんわ」

「とどめは鰤里だ。……なんであいつを攫った?」

「……もう、ここまで来たらわざわざ言わんでもわかるやろ、組長」


 すべては組を昇級させないため、か。

 愚堂といい、死闇といい――


「わかった。もうこれ以上、隠してることはないみたいだね」

「……ひとつ、ええか組長」

「なんだい」

「僕はたしかに鰤里を攫った。けど、中堅戦にあいつは出とった。……どんな技使ったんや」

「あれは魔王さ」

「ま……魔王……って、あの魔王アスモデウスのことか!?」

「そうだよ。東雲さんが連れてきたんだ。俺も最初は面食らったがね」

「……は……ははは……はは……は……ははははは……」


 愚堂は片手で両目を覆い、力なく笑った。


「なんだい。今からタレコミ行って、無効にしてもらおうってのかい」

「いや、そんなことはせえへんよ組長。完敗や完敗。僕の敗因は東雲を侮ったこと。まさか、東雲があれほどとは思わんかったわ。第一、いくらなんでも、魔王を敵に回すようなことはせえへんて。でも……せやな……魔王まで出てこられたら、そら〝運命〟やったって諦めるしかないわな……」


 そう言っている愚堂の様子は完全に憔悴しきっていた。

 俺としてもそんな愚堂を見て、何も思わないほど器用じゃない。

 ぽっと出の俺が組を変えようとしたから、こいつらは苦しんだ。


 しかし、俺の信念も行動も揺らぎはしない。

 須貝組は変わる。……いや、もう変わっている。

 東雲真緒という新たな波がうねりを起こし、旧い時代を飲み込んでいく。


「……来な、愚堂。じきに東雲さんの試合が始まる。新しい須貝組の門出くらいは見せてやるよ」

「……僕を……どうするんですか」

「もちろん組のケジメは受けてもらう。そのあとは東雲さんの判断に――」


 〝ドォォォォォォォン!!〟


「な、なんだ!?」


 一瞬地震かとも思ったが、地面が揺れていた時間はほんの一瞬。

 雷が近くに落ちたのかと思ったが、空には雨雲ひとつない。


「お、組長……あれ……!」


 震える声と震える指で愚堂が空を指さす。

 そこには白く大きい翼が生えた人影と、見慣れない格好の人影が睨み合っていた。


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