第34話 中堅:鰤里庵人 feat.喪女
「あ、あのなぁ……真緒。俺が言えた義理じゃねえが、そういうのはどうかと思うぞ」
あの雨井がドン引きしている。
でもまぁ普通だとそういうリアクションになっちゃうよね。
魔王を変身させて、鰤里さんの代わりに昇級戦に出てもらうなんて。
「いや、わかるよ。雨井の言い分もわかる。こんなのバレたら……バレたら……どうなるの?」
「試合は無効だろうな。で、このままうちらの負けだ」
「ま、まあまあ、べつにそういう堅苦しいの、もういいじゃん?」
「よかねえよ! つか、なんで俺がおまえを諫めてる立場なんだよ! 普通逆だろ!」
「いや、よく考えてみ? このまま黙って見てるだけでもどうせ失格なんだから、とりあえずなんか行動しておいたほうがいいんじゃない?」
「それは……」
「それに、べつにペナルティとかないんでしょ? 昇級戦に魔王を出場させたらダメって決まりもないんだし。バレなきゃ大丈夫だって」
「それはな、決まりがないんじゃなくて、前例がないっていうんだよ」
「それなら、バレたときに『一時的に魔王の力を借りました』で誤魔化せばいいじゃん」
「誤魔化せねえだろ……第一、前にも言ったがクランの昇級戦に外部の戦力は借りられねえんだ」
「じゃあ、もう無理やりうちの組に入れちゃえば?」
「……はあッ!?」
「ほら、前に私、アスモデウスの本の出版差し止めしたでしょ? あの時の延長でさ、また私が無理やり言うこと聞かせたってことにしちゃえば納得するんじゃない?」
「だれも納得しねえよ……! だれが納得するんだよ……!」
無茶な提案なのはわかってはいたけど……まさか、雨井が泣きそうになるほどとは。
「……ちなみに、須貝さんはどう思いますか?」
「いやあ……俺としちゃあ魔王様がいいなら……」
あの須貝さんも、もっさんの前ではタジタジだ。
この時点で、この世界において魔王という存在がどういう立ち位置にいるのかがわかる。
本人はただの喪女なのに。
「あたしは問題ねっスよ。最近ヒマだし」
「ほらね? アスモデウスもこう言ってる」
「う、うそだろ……あの魔王アスモデウスが……うちの組に……」
「緊急時だし、仕方ないでしょ」
「そうは言うけどな……!」
「それに、こうやって仮にでも組に入れとけばさ、あとからギルドにいちゃもんつけられても、言い訳できるでしょ?」
「おまえ、どんな神経してんだよ……魔王だぞ……」
魔王めちゃくちゃ強調してくるな。
「そこらへんは、まぁ、この世界の人間じゃないからってことで。一般常識とか通用しないんだ、私には」
「ははは、東雲さんもずいぶん大物になったもんだね」
「いやオヤジ……笑い事じゃねえですよ……まだ庵人も見つかってねンですし……」
須貝さんのほうはどうやらもう適応したようだ。
雨井も須貝さんもあんなにびびってるから、てっきりもっさんってヤバい魔王なのかと思ったけど、よく考えてみたらこいつ、酒呑童子の時もめちゃくちゃびびってたな。
案外、あの図体でビビりなのかもしれない。
「あの、それで、確認なんだけど……どうかな? アスモデウスの姿、ちゃんと鰤里さんに見えてる?」
私がそう二人に尋ねると、二人は互いに顔を見合わせて頷いた。
「こっちからすりゃ、なんで真緒が庵人以外に見えてるのか不思議なくらいだ」
よかった。
認知を歪ませる力は問題なく作動しているようだ。
二人がそう認知しているということは、すでにこの屋敷にいる人間にはもっさんが、鰤里さんに見えているということだろう。
ちなみにだが、私の目からは相変わらず、ヨレヨレのTシャツを着た喪女にしか見えない。
これは私だけ認知を歪ませる力の対象から除外されている……のではなく、なぜか私にだけは適用されていないから、らしい。
これに関して「なぜなんだい」ともっさんに訊いてみたけど「さ、さあ、わかんねっス」とはぐらかされてしまった。
恋ナスビの時といい、お寿司の時といい、どうやらもっさんが私に隠していることはまだまだありそうだ。
けどまぁ、話したくないことがあるなら、私はそれでいいと思う。
人間(この場合魔王だけど)、誰しも人に言いたくないことのひとつやふたつ、あるからだ。
べつに友人だからといって、すべてを包み隠さず曝け出す必要もないしね。
隠し事があってもなくっても、私はもっさんを友人だと思っている。
ただ、これに関してはなんとなくだが、私の中で思い当たる節がある。もっさんには悪いけど。
それはおそらく、私が勇者だからだ。
曰く勇者と魔王とは憎み合い、殺し合うもの。
もっさんも無意識下でそれを感じ、私に遠慮しているのだ。
まったく、手のかかるやつだ。
よし、この戦いが終わったら、それこそ不安を吹き飛ばすくらいフレンドリーに接してやろう。
〝ドォン!〟〝ドォン!〟〝ドォォン!〟
太鼓が鳴り、もっさんがゆらりと立ち上がる。
「ま、あんまり期待せずに待っとくっス」
「うn――」
そう頷きかけて止まる。
ちょっと待った。
私、あいつがてっきり魔王だから勝った気でいたけれど……本当に大丈夫か、あいつ?
戦ったところなんて全然見たことないし、よくよく考えてみたらあの装備って、とてもじゃないけど戦闘用じゃないよね。
しかもギルド側の陣幕から現れたのは、赤備えのような甲冑を纏った巨大な鎧武者。
そしてその鎧の表面には、数え切れぬほどの傷が刻まれており、露出した両腕は異様なまでに太く、鋼のような筋肉が盛り上がっている。
どこからどう見ても歴戦の勇士。強者。猛者。
そんな男が無言のまま、巨体を引きずるように庭の中央に立ち、アスモデウスと向かい合った。
なんて対格差だ。まるでネズミとゾウ。
そして私の隣では急に雨井が「ご愁傷様……」と言いながら手を合わせている。
まずい。これは本格的にまずい。
いくら魔王とはいえ、普段エロ漫画ばっか描いてる喪女が敵う相手じゃない。
昇級戦はまた来年もあるみたいだし、ここは大事を取って棄権するのもありなのでは。
私は急いで庭先へと出ようとして――目を疑った。
もっさんが特に何をするまでもなく、相手はまるで気を失ったように前のめりに倒れてしまったのだ。
屋敷中が静まり返り、ギルド長ですら自身の仕事を放棄して口をぽかんと開けている。
そしてそれから数分間の沈黙ののち、我に返ったギルド長が鎧武者の脈をとって宣言した。
「た、担架ァア!!」
事実上のもっさんの勝利宣言に会場中がどよめく。
気が付くと、もっさんはすでに私の隣に立っていた。
「こ、殺した……の……?」
「ううん、ちょこっと吸っただけ。たぶん死んでないっスよ」
「たぶんって……」
私はなぜかご機嫌なもっさんを見ながら改めて思った。
これからは……すこし、慎重なお付き合いをさせていただこうと。




