第32話 次鋒:上流弾
「すまん……っ! みんな……っ!」
そう言って愚堂さんが深々と私たちに頭を下げる。
彼の口の端からは、悔しさからの自傷なのか、ツゥ……と一筋の血が流れていた。
正直、私は二号と会話していたせいで、愚堂さんがいきなり宙を舞ったくらいしかわからなかったのだが――
雨井がぬうっと愚堂さんの前に出る。
「きょうだ……カシラ、これは完全に僕の責任や」
「残心を忘れてたな」
「……ああ」
「止めに入ると思ってたんだな」
「……せや」
〝バガァッ!!〟
雨井の拳が綺麗に愚堂さんの顔面を捉える。
彼はこの日、二度、宙を舞った。
「ちょっ!? ちょいちょいちょい……! 愚堂さん、精いっぱいやったんでしょ? 振りかぶってまで殴ることなくない?」
気が付くと、私は両者の間に入り、仲裁役を買って出ていた。
なぜ一号も二号も全然動かないのか。
「俺だってそいつが死ぬ気でやったんなら殴ってねえよ」
「え?」
「そいつは最後の最後、気ぃ抜きやがったんだ。これで終わりだと、そう決めつけて力を緩めやがった。弾や庵人を騙せても、俺や真緒は騙せねえぞ」
え、力緩めてたんだ。思い切り騙されてました。
なんて言い出すことも出来ず、私はとりあえず腕組みをしてわかってた感をだしてみる。
「その通りや。言い訳はせえへん。ただあれ以上力を加えたら、死ぬと思ったんや」
思い切りしてんじゃん……言い訳……。
そう心の中でツッコんでいると、雨井が愚堂さんの胸倉を掴んで引っ張り上げた。
そのあまりの対格差に、愚堂さんの脚がぷらぷらと揺れている。
「……って、やめなって!」
これ以上殴れば愚堂さんを殺してしまうと思った私は、ステータスの調整で雨井の力を下限まで下げた。
「なっ!? 真緒、てめぇ……っ!」
たまらず雨井の手から愚堂さんがこぼれ落ちる。
「え……えっ!? いま、なんかされたんすか……カシラ?」
駆け寄ってきた一号を手で制し、雨井が私を睨みつける。
「てめえ……真緒! これはウチの問題だ。口出ししてンじゃねえ!」
「ウチの問題ならなおさらでしょ」
「あ?」
「それに、どこのどいつだっけ? 私をそんなところに引き入れたやつ?」
「ぐっ……!」
「それに、今は愚堂さんを責めるよりも対策しないとでしょ?」
「そうだぜ、カシラ。まだ負けたって決まったわけじゃねえだろ」
「そっすよ、カシラ! 俺たちで挽回するっす!」
一号も二号も私の意見に同調してくれる。
それで頭を冷やしたのか、雨井は冷静さを取り戻した口調で言う。
「……だな。わるかった、真緒」
「いいよ、べつに。あんたもそんだけ、本気だったってことでしょ」
「弾、庵人、おまえらもな……」
雨井がそう言うと、二人は首を横に振った。
「だが愚堂、これが終わったらおまえに話がある」
「ああ。わかっとるよ。……カシラ」
愚堂さんは立ち上がると、顔を腫らせながら控え所から出て行ってしまった。
帰ってきたときは怪我とかしてなかったのに、なぜか満身創痍になってる。
「あ、自分もお供するっす、兄貴」
それに随伴するように一号も控え所から出ていった。
てことは次の出場者は自然と――
〝ドォン!〟〝ドォン!〟〝ドォォン!〟
再び、お腹の底まで響いてくるような太鼓の音が鳴る。
それと同時に、二号が大量のお札を着物の襟元や袂にねじ込んでいった。
「じゃあ行ってくるぜ、カシラ」
「おう。……弾、気張ってけよ」
さっきから雨井が弾がどうの、庵人がどうのと言っていたが、どうやらこの人の名前は弾というらしい。
つまり自動的に愚堂さんを介抱しにいっている人が、庵人ということになる。
……よし、覚えた。
「そ、それと……東雲の姉御も……」
「だから姉御じゃないっての。……頑張ってね、弾さん」
「う……ぉう……っ!?」
弾さんはくぐもった声を出すと、そのまま陣幕を突っ切っていき、庭先へと躍り出た。
「おまえら……そうなのか?」
「は?」
雨井がなにやら、わけのわからないことをぼそりと訊いてくる。
「そうって、なにが?」
「いや、ほら、名前……」
「名前? ……ああ、ごめん。知らないんだよ、あの人の名前」
「あ……そういう……」
なんか勝手にショックを受けて、勝手に納得してるなこいつ。
「……ちなみに言っとくが、あいつの名前は上流弾だ。もうひとりの若いやつが鰤里庵人な」
「あ、そうなんだ。たすかるよ」
なんだ、普通に教えてくれるんじゃん。
それなら最初から訊いとけばよかった。
「そういえば上流さん、出てく前になんか長方形の紙をたくさん持ってったけど、あれって?」
「あいつは……魔法使いなんだよ」
「あ、へぇ、そうなんだ。体格いいし、てっきり肉弾戦で殴り合うのかなって思ってたけど」
「そして、あいつは今年で三十だ」
雨井は腕組みをすると、なぜか遠い目で上流さんを見つめた。
「……で?」
「いや、なんでもない」
「……なんだおまえ?」
本当に何なんだこいつ。このやり取り、必要だったのか?
それともこの世界での爆笑必死、テッパンネタみたいなものなのか?
いまいちこいつの意図するところが何なのかがわからない。
「……ちなみにおまえの言っていた、あの紙切れだが、あれは霊符だ」
「霊符って、あの使用者の素質とか見るやつ?」
「だな」
「じゃあ……どういうこと? 上流さんは、相手を分析しながら戦うってこと?」
「それもある」
「もってなに」
「霊符ってのは、要するになんでも出来る便利な紙だ。込められている魔力によって、その効果はどんなふうにも変化する。おまえが使ったのは〝使用者の素質を確認する〟という魔力が込められた霊符だ」
「えっと、つまり……?」
「つまり、込められた魔力が火の系統だった場合、弾の魔力を触媒に火を発生させることが出来るんだ」
「おお、すごいじゃん、めっちゃ便利」
「そのうえ……見てみろ。対戦相手を」
そう言って幕の向こうから現れたのは上流さんよりもずっと細く、背もそれほど高くない男だった。
その顔立ちはまだ幼さが残っており、おそらく鰤里さんと同世代くらい。
年のころは二十歳そこそこといったところ。
愚堂さんの相手だった雪佐がいかにも武人然としていたのに対し、今度の男には、そういった風格も威圧感も感じられない。
ただ妙に落ち着き払っている。
服装は神社の神官が着用していそうな白衣に、下半身は比較的ゆったりとした幅広の赤い袴を着用している。
彼は足音をほとんど鳴らさず、庭先の中央まで迷いなく進んだ。
「……知ってるの? 相手の人?」
「いや、知らん。見たこともねえ」
「はい?」
「ただ、見てみろ。あの線の細さに、服装。ありゃどう見ても、徒手空拳による戦いを得意としているやつじゃねえ。十中八九、弾と同系統の術士だ」
「術士?」
「わかりやすく言うと、魔法使いだ」
またそれか。
「……それで?」
「弾のカモだってこった」
「そうなの?」
「ああ。ああいうのは、弾がもっとも得意としている相手だ。相手が銀級までなら十分勝機があっ――」
〝ガツン〟
流れるような動きから、掌底による下顎への一撃。
綺麗に脳を揺らされた上流さんはたまらず、ぺたりとその場にへたり込む。
男はそんな上流さんに、さらなる追撃を加えるべく肉薄するが――
「勝負あり! 勝負ありぃぃ!!」
ギルド長の不破に羽交い締めにされてしまう。
見ると、相手の手には拳を守るプロテクターのようなものが巻かれていた。
「……ねえ、相手の人、ゴリゴリの武闘派だったんだけど?」
私はギルドの職員らしき二人に、担架に乗せられ、搬送されていく上流さんを見ながら尋ねた。
「そう……みてえだな……」
雨井も同じく私と目を合わせて話すつもりはないらしい。
「それに相手の服……よく見たら、胴着に武道袴じゃない?」
「動きやすそうだな」
「……術士って?」
「う、うるせえな! 色合い的に、神官とか術士に見えたんだよ!」
「それより、もう二敗したんだけど?」
「なくなっちまったな、あと」
私が言うのもなんだけど、終わったことを言い合っている場合じゃない。
二敗……二敗なのだ。
つまり、もうこれ以上は負けられない。
それに事前に聞いている出場順は副将が雨井で、大将が私ということだけ。
須貝組が昇級できるかどうかは、つぎの中堅戦の鰤里さんにかかっている。
「……って、おい」
雨井が突然、周囲をきょろきょろと見回す。
「ど、どうしたの?」
私はもうこれ以上のハプニングはごめんだと言わんばかりに、おそるおそる雨井に尋ねる。
「庵人のやつ、まだ戻ってこねえのか?」
「……え? ああ、そういえば……もうすぐ戻ってくるんじゃない?」
しかし、待てど暮らせど、鰤里さんが控え所へ戻ってくることはなかった。




