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閑話 崖っぷちコンビ【紅月視点】


 天井近くには透かし彫りの欄間。床には赤い絨毯。

 壁には西洋風の額縁に収められた任命状と、文箱を載せた和箪笥が並んでいる。

 長机は一枚板の楓材で、その四方を取り囲む椅子は背もたれつきの舶来物だ。


 極東支部の中でも、重要な会議にのみ使用されるこの部屋には、今まさに十数名の関係者が集まり、張り詰めた空気の中、静かに私を見つめていた。

 その視線はどれも氷のように冷たく、槍のように鋭い。


 私の前の席には、一人の初老の男が座っていた。

 冒険者ギルド極東支部支部長・不破頼道(ふわよりみち)だ。

 普段はギルド長とも呼ばれている彼が、今この場を統括している。

 この時点でこの会議が尋常ではないものだということがわかる。


「――以上の件を踏まえ、今回の不手際は、全面的に我がギルドに責任があると認めざるを得ません」


 今回の件(・・・・)の調査を任されていた者の重々しい声が、部屋の隅々まで響き渡る。

 誰も反論しないし、疑問も呈さない。

 皆一様に小さく唸ったり、眉間に皺を寄せるのみ。

 椅子が軋む小さな音すら大きく響くような、そんな静寂が続いた。


「特に、元勇者・東雲真緒に対する過小評価と、それに伴う処遇の誤りについては、綾羅の民から疑問と不満の声があがっているというのが現状です」


 私はその報告に対し、うなずくことすらもできなかった。

 ただ視界の端で、机の木目が滲むように歪んでいくのを、ぼんやりと眺めている。


 あの女はついぞ私が手を回した〝魔王アスモデウスへの有害図書出版差し止め〟という依頼までをも達成したのだ。

 これまでもかの魔王のもとへ幾人もの冒険者を派遣してきたが、悉く失敗してきた。

 それどころか、未だにその依頼を請け負った冒険者たちの行方は杳として知られていない。

 もはやあの依頼はギルド内でも禁忌に相当するものなのに、東雲真緒はいともたやすく達成してみせたのだ。


 あんな女が……勇者擬きが……あの魔王を言い包めた……?

 私はそれが今でも信じられない。


「しかし、未だに信じられんのだが、東雲真緒は本当にあの魔王アスモデウスを承服させたのか?」

「間違いありません。現にギルドに簡単にではありますが、魔王から書簡が届いております」

「魔王から、しょ、書簡が!? ど、どのようなものなのだ……!?」

「……読み上げます。〝今までお騒がせしたっス。精気もそれなりに集まったし、しばらく本の出版は自重するっス〟と」

「それは……本物なのか……?」

「はい。現に、昨日から今日にかけて、例の印刷所が稼働している様子は確認されていません」


 調査員がそう報告すると、その場にいたほとんど全員が頭を抱えてみせた。

 そして、ざわめきが起こる。


「これまで誰一人として成し遂げられなかったことを……」

「それを、たかが鉄級の冒険者が……」

「いや、彼女の実力はすでに鉄級では……」

「そもそも鉄級ですらなかったのだ。これは戸瀬、牙神両勇者の功績を遥かに凌ぐものだ」

「なら、それはもう……勇者にほかならんだろう……」


 その場にいた者のほとんどが、動揺を隠し切れていない。

 かく言う私自身もその内のひとりである。


 どうして。

 なぜあの女が、こうも次々と〝あり得ない〟ことを――


「……本ギルドとしての対応方針を決定する」


 不破の声が、再び全体を制した。


「東雲真緒殿に対し、正式に銅級冒険者への昇級を打診する旨を文書にて通知する。これ以上の彼女の軽視は、世論を煽る結果にしかならぬ」


 それでも銅級なのは最低限のギルドとしての威厳を保つためだろう。

 鉄級だという判断を下した以上、またすぐに最高位に上げるというのは、他の冒険者に対しても示しがつかない。

 おそらく近いうちに段階的に上げていくのだろう。


「異議なし」

「当然だ」

「遅すぎたくらいだ」


 次々と賛同の声が上がり、瞬く間に満場一致の空気ができあがっていく。

 もはや私に発言権はない。誰も私の弁明を求めてなどいない。

 その中心で、私はただ俯いて、無言のまま座り続けていた。

 私の存在はただこのまま塵となり、消えていくのだろうと思っていた。



 しかし奇跡は起こった。



 ◇◇◇



 とある知らせを受け取った私はその足で再び四目内堂書店の奥、貸切読書室に訪れた。

 いつもの静けさが、今日はいやに重く感じられる。


「どないしたんや、紅月はん。いきなり呼びつけて」


 先に到着していた愚堂は文机に肘をつき、実にのんびりとした間抜け面で私を迎えた。


「もちろん、話しておくべきことがあったからよ」

「なんや、えらい切羽詰まった顔やなぁ」


 気だるげな訛りが、余裕の色をたっぷりと含んで響く。

 どうやら彼はまだ知らないらしい。

 そもそも知っていれば、こんな悠長に構えるような真似はしないだろう。


「……よかった。案外貴方、冷静なのね」


 私の言葉にようやく何かを感じ取ったのか、愚堂は眉をひそめる。


「……なんか、あったんか」

「なにもないのに、私が貴方を呼ぶと思っているのかしら?」


 なにか思い当たったのか、あからさまに愚堂の眉が跳ね上がった。


「ま、まさか、うそやろ……東雲が……?」


 私がゆっくり頷くと、愚堂の目に怒りと焦燥の色が宿り始める。

 今になってようやく現状を理解したようだ。


「彼女、一度申請はしたみたいだけど、なぜか急にそれを取り消したみたい」

「な、なんでやねん……! あのままいっとったら、普通に昇級できてたやろ! なんで今さらんなって……!?」

「さあ。理由なんて、私に分かるわけないでしょう」


 そんなことを言ってはみたものの、内心ではわかっていた。

 あの女は本気だ。

 本気で自分の障害になり得る存在を、すべて叩き潰すつもりなのだ。

 こうやって密談をしているのも、おそらく彼女はわかっているのだろう。


 無茶な依頼を提案し続けた愚堂を、簡単に私の意見を信じ自分を最下層の掃き溜めに叩き込んだギルドを、そしてすべての元凶である私を、あの女は一気に叩き潰すつもりなのだ。

 そう考えれば、これまでの不可思議だった行動も全て繋がる。

 そう、彼女はただ黙々と依頼をこなしていけば、効率的に私たちを追いつめられることが出来るということを、わかっていたのだ。


 私は東雲真緒という存在を、完全に見誤っていた。

 いや、もしかしたら最初から分かっていたのかもしれない。

 東雲真緒がどれほど異質で、したたかな女だったのかを。


 そもそも召喚される勇者は当初は三人の予定のはずだったのだ。

 それもあり、私は三人の中でもとりわけ妙な力を使う彼女を、一目散に排除しようとしていたのだろう。


 だが――


「今回の団体戦は、最後のチャンスよ」


 私は静かに言った。


「世論は完全に彼女の味方。でも、もし今回の昇級戦で彼女を、須貝組を下すことができればギルドの、私の判断は間違っていなかったということを証明できる」

「せやな……幸い昇級戦は団体戦。五戦あるうちの三戦をあんたらが勝ちゃあええ」

「なにか考えがあるのね?」

「……ああ。要するに、東雲まで順番を回さんようにすればええわけや」

「わかったわ。そちらは貴方に任せる」

「なんや、あんたはなんもせんのかい」

「私は……私なりにやれることをやるつもりよ。……それがたとえ、褒められなくてもね」

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