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第29話 須貝組との和解 はじめての選択


 きっかけは些細な勘違いだった。


 始まりはあの日、恋ナスビの依頼を受ける前日。

 巾着袋の中身を確認せず、そのまま雨井に渡したのがいけなかった。

 結果、雨井に渡した金は報酬金の三割に満たないものだった。


 これを私による着服、つまり組への背信行為と捉えた愚堂は、私を粛清しようとした。

 しかし組内で唯一、なぜか雨井だけは、何か事情があったのだと言って、私をかばった。


 到底承服できないと主張する愚堂に対し、雨井は交換条件を出す。

 それは私を殺さない代わりに、どのような条件も三つまで飲むというものだった。


 そこで愚堂は組内で手つかずだった、恋ナスビの納品依頼を第一の条件とした。

 要するに今回の迷惑料及び報酬金の補填と、組が高難易度の依頼を達成した、という実績を要求したのだ。

 そのうえで愚堂は、私が依頼に失敗した時の罰も雨井に提示していた。

 内容は雨井のけじめと彼の若頭という地位の剥奪。

 使用者責任問題と、その元凶である私をかばった割には、手心のある罰だった。


 けれど、私はこれを達成した。

 あのときの組の反応を見れば、一人を除き、誰もが私は失敗するものだと思っていただろう。


 次に愚堂が出した条件は酒呑童子の調査だったが、これは雨井と共に依頼以上の成果を上げた。

 そして最後に出された条件が、先日の魔王への出版差し止め依頼だったのだ。


 これで晴れて、愚堂が私と雨井に課していた条件が達成されたのだが、ここでひとつの疑問が浮かんでくる。

 なぜ雨井はそこまで私に肩入れしていたのかだ。


「簡単だよ。おまえなら、昇級戦で確実に一勝あげてくれるだろって、そう思ったからだ」


 雨井が臆面もなくそんなことを言う。

 つまり雨井は最初からすべて組のために動いていたということだ。


「……ならもっと食い下がろうよ。なに簡単に諦めちゃってんの」


 そう。結局私は、この男のあの態度にムカついていたのだ。

 自分の感情を押し殺し、他人(わたし)を祝福するフリをし、大事なことを何も告げてこなかった挙句、自分の大切なものを簡単に諦めてしまい、何事もなかったかのように振る舞うこの男に。


「逆に訊くがよ、仮にあのとき、俺が引き止めてたら、昇級戦に出てくれたのか?」

「え」


 出れらァ!

 反射的にそう言うことができればよかったのだが、改めて考えてみる。

 私はあのとき雨井に引き止められていたら――

 おそらく高笑いでもしながら、昇級申請をしに行っていただろう。

 それこそ、今までのうっ憤を晴らすかの如く。


「……ま、まぁ、出てたね。昇級戦」

「うそつけ。顔、引き攣ってんぞ」

「……ていうか、そもそもの話さ、最初から事情説明してくれてたら、出てたっての。そしたらわざわざ昇級のキャンセルしに行って、恥かかなくて済んだのに」

「それは、おまえになにか事情があって、生活に困ってるんじゃねえかって思ったんだよ」

「だから恋ナスビのあと、余分にお金渡してきたんだ……てかそれ、あんたの勝手な想像じゃん」

「俺だって、まさかあの着服した金が、蕎麦屋のおにぎり代に消えてったなんて、夢にも思わねえだろ」

「私だって、おにぎりのせいで死にかけてたなんて知らなかったさ」

「とんだくいしん坊だな」

「ずっとかけそばだったからね。たまには米だって食べたくなるよ」

「……理由になんのか、それ」


 〝パン!〟〝パン!〟

 私たちがそんな調子で話していると、須貝さんが手を叩いた。


「さっきから邪魔にならないよう、黙って聞いてたけど……こりゃどっちも悪いね。そもそも東雲さんがきちんと確認しなかったのも悪い」

「はい……」

「雨井も、いつも言ってるだろ。勝手に突っ走らないで、報告と連絡と相談はきっちりやれと。そうしたら今頃、こんなことにはなっちゃいなかったんだ」

「返す言葉もねえです……」

「……けどま、こうして東雲さんも戻ってきてくだすったわけだ。お互いもう反省してるんだろ? ならもう過ぎた話は置いといて、これからの事について話さねえとな?」

「これから……って、おい真緒。おまえ本当にいいのか。せっかくの昇級蹴っちまって」

「くどいよ。てかもう、キャンセルのキャンセルなんて、受け付けてくれないでしょ」

「……おい雨井。おまえさんの気持ちもわかるけど、これ以上東雲さんの心意気に水差すんじゃないよ」

「そいつぁ俺もわかってるんすけど……」

「なあに、こっちで昇級すりゃどこで昇級しようが一緒だ。違うかい」


 須貝さんにそんなことを言われ、思わず頷きかけてしまったが――


「あの、なんか意気揚々と、ここの扉開けて登場しておいてなんですけど、必ず勝てる保証、ないですよ? 私?」


 そう。そんな保証はどこにもないのだ。

 恋ナスビに、酒呑童子に、魔王アスモデウス。

 これらの依頼の達成は、すべて運による要素が大きい。

 なにかひとつでもボタンが掛け違っていたら、私はここにはいなかった。


 ましてや今度の相手は実力が銀級以上の人間。

 人型の魔物と対峙したことはあるけれど、生身の人間と戦うなんてどうすればいいのかわからない。


「何言ってんだい。恋ナスビや魔王はともかく、勇者戸瀬もやられたあの酒呑童子に勝ったんだろ?」

「ま、まぁ……雨井……さん、もその場にいましたけど……」

「雨井はともかく、それなら大丈夫だろう。それに、落ちてもまた来年、チャンスがあるからね」

「また、来年……?」


 つまり、あと一年も銅級で死ぬ思いしなきゃならないの?

 あと一年も、こんな暴力ボランティア団体のやつらと一緒に仕事しなきゃならないの?


「あの、やっぱ、キャンセルのキャンセルって、出来ますかね……」

「だから訊いただろうが。本当にいいのかって」

「……お、おい、雨井! いちおう団体戦なんだから、ちゃんと戦える人用意してるんだよな!?」


 私がそう尋ねると、雨井は自信満々といった様子で胸を張る。


「そこは問題ねえ。俺と愚堂が出るからな。あとは真緒、おまえが勝ちゃいい話だ」

「二勝は確実だってこと? すごい自信じゃん」

「なんだ。俺の実力疑ってんのか?」

「あんたの話のとおりなら、相手はほぼ銀級以上の実力者……なんだよね?」


 そもそも、銅級も銀級も実力的にどんなものか、なんてのは知らないけど、雨井程度の実力で勝てるようなものなのだろうか。

 雨井の実力は酒呑童子の時にステータスを見たから知ってるけど、そんなに高くはなかった。だからはたして鉄級が銀級を下せるかどうか……。


「まあ見とけって」


 相変わらずその自信は崩れない。

 まぁ、雨井に限って慢心するようなことはないと思うが……まあいいや。

 私もいつの間にか、会話の保存機能がアンロックされてたし、これでどこまでいけるか試してみたい。


「……って、あれ? そういえば須貝さんは? 出場しないの?」

「おまえなあ……」

「ははは、こいつぁいいや。……おまえさん、見かけによらず、なかなか手厳しいね」


 私の問いに雨井が呆れ、須貝さんが楽しそうに笑う。


「オヤジは見てのとおり脚やってんだ。出れるわけねえだろ」

「そ、そうなんだ……」

「悪いね、東雲さん。今の俺は見てのとおり、ただの足手まといってやつさ」

「い、いえ、こちらもなんか、変なこと言ってすみません。……そっか、脚やってるなら仕方ないですよね……」


 さきほどの殺気で、てっきり車椅子状態がデフォだと思ってたけど、どうやら彼は現在、負傷してるらしい。

 私としてはその状態でも十分、雨井よりは役に立ちそうな気はするけど、事情はどうあれ、こんなことは車椅子の人に言うべきことじゃない。


 でも……あれ、須貝さんに雨井に、愚堂さん。

 戦力を三人確保できてるなら、なんでまだ昇級できてないんだろう。


「――さて、あとは三日後の昇級戦に備えるだけだ。雨井、東雲さんになんか言うことはないかい」


 須貝さんにそう言われると、雨井はすこし照れくさそうに私の前まで歩み寄ってきた。


「まぁ、いろいろ誤解もあったけどよ、正直、真緒が来てくれて安心してんだ、こっちは。だから――」


 雨井がすっと、大きな手を差し出してくると、私は間髪入れずにそれを握った。


「改めてよろしくな、真緒」

「……うん。あんたから受けた恩、今度こそ、ちゃんと返すから」


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