閑話 愚堂との密談【紅月視点】
「おい! どうなっている、紅月……! 東雲真緒が、あの落第勇者が酒呑童子を討伐したそうじゃないか!」
そんな報告を聞いたのは『東雲真緒が酒呑童子の調査に向かった』という報告を聞いてから四日後の昼下がり。
ギルド極東支部本庁にある中庭にて、私が持参していた弁当を食べていたところだった。
「そ、それは……本当なんですか? 本当に彼女は――」
「ああ。戸瀬様が、彼女が持ち帰った鬼の角を見て認めていた」
「も、もしかして、角だけ切り取って持ち帰った……という可能性は?」
「ほかならぬ、あの戸瀬様が認めたのだ。もはや議論の余地はない。それに――」
「そ、それに……?」
「彼女が受注したのは酒呑童子の調査だ。どのみち角を持ち帰った時点で、大手柄だよ」
なんということだろう。
言葉が出てこない。二の句が継げない。
これは……一体、どうなっている。
酒呑童子の一件は、あの戸瀬でさえ失敗した依頼のはずだ。
白雉国において戸瀬は牙神と並び、国内でもかなりの使い手に成長している、あの戸瀬が。
東雲は……そんな戸瀬よりも強いのか?
あり得ない。
彼女の能力は索敵や強化等、サポートに特化したものだったはずだ。
直接の戦闘には向いていなかったはずだ。
もしや戸瀬のヤツ、慢心でもしていたのか?
「……なあ、紅月」
眼前の中年ギルド職員が縋るような目で、思考の定まっていない私を見てくる。
「本当に、彼女は……東雲真緒は、鉄級が適切だったのか?」
◇◇◇
本屋〝四目内堂書店〟
その奥には、常連にだけ案内される小部屋がある。
『店内にある気になった本を誰にも邪魔されず、集中して読める読書室』という名目だが、実質的には密談用の空間と見て差し支えない。
その読書室は四畳半ほどの小さな和室で、外との境は障子一枚のみだが、その内側に呪力による防音加工が施されているため、外の物音はまるで聞こえない。
通りの騒がしさもこの部屋には届かない。
読書室の中には艶のある文机がひとつと、座布団がふたつ。
机の上には油灯が置かれており、淡い明かりが畳と壁に穏やかな影を落としていた。
あくまで読書のための設備。過不足はない。
そのような空間で私はいま、愚堂暴威という面倒な男と向かい合っている。
文机を挟んで向き合うこの構図が、どうにも気に入らない。
「なんや紅月はん。話て」
「……東雲真緒が酒呑童子を討伐した」
私がその報告をすると、愚堂の顔がみるみるうちに青ざめていった。
「な、なんやて……! 討伐!? 調査やなくてか……?」
「そうよ、どうなってるのよ……!」
「それを僕に訊くんか? この案件持ってきたのは紅月はんやろ」
「あんただって乗り気だったでしょ」
「そらそうや。あの勇者戸瀬がやられたって聞いてたんやからな。……おい、ちょお待てや。あれ、嘘やったんか?」
愚堂の声がより一層低くなる。
鉄級で須貝組の威光を借りて、ただ利権を食い散らかすだけの野良犬風情が、どの口で私に噛みついているのかしら。
ここで身の程を弁えさせてもいいけれど、そんなことをしても何の意味もない。
何を置いても、まずは東雲真緒の対策からだ。
このままでは私のギルド内での立場がない。
あいつがここまで手柄を上げるなんて思わなかったから、あいつがあのままどこかで野垂れ死ぬと思ったから、私は鉄級に落としたのだ。
なのに、このような体たらく。なんて無様な――
「あんたがいける言うたから、僕は三つあるうちの一つを使ったんやで」
「……それは本当よ。酒呑童子は本当に戸瀬を下した」
「せやったら、なんや? 東雲真緒は、戸瀬より強い言うんかい」
「そ、そんなはずはない! そんなはずは――」
それだけはない。断言していい。
たしかに東雲の実力は鉄級ではないけれど、よくて銅級上位レベル。
総合戦力で金級の上位にも引けを取らない戸瀬と同レベルのはずがない。
そこだけは、私の誇りにかけて測り間違えるはずがないのだ。
「まあ、ええ。これで東雲が相当な実力者やったってことがわかった。ほんならそれ込みで対策するまでや」
「……いっそのこと、あんたたちで消せないの?」
「アホぬかせ。相手は戸瀬を一蹴した、あの酒呑童子をしばいたバケモンやぞ? 雨井の兄弟が付いてたとはいえ、僕なんかが逆立ちしたって敵うような相手ちゃうわ」
「ちょっと待って、雨井? 雨井って、あんたのところのあのデカいハゲよね」
「せや。そのデカいハゲや」
「付いて行ってたの?」
「せやで。本人はあんま活躍できんかった、とかなんとか言ってたけどな」
「な、なんで行かせたのよ……!?」
「いや、曲がりなりにも戸瀬しばいた魔物やで? 兄弟の性格考えたら、そらついてくやろ」
「なに……それ……」
頭が痛くなってきた。
けど仕方がない、所詮は鉄級の冒険者だ。
彼の無能を嘆いても、その無能を選んだのは私なのだから。
それにしても、私も焼きが回ったようだ。
この程度の人間と協力関係を結ぶなんてね。
これからはせめて私と同等か、それ以上に賢い人間と組むようにしよう。
「な、なんやねん……」
「東雲の能力はおそらくサポート型。たとえ雨井の代わりに野良犬と一緒に行ったとしても、同じ結果になっていたかもね」
「ほんなら、次は一人用の依頼に行かせたらええっちゅうことか?」
「……あのね、依頼っていうのは高難易度になるにつれ、大人数で行くことを推奨されてるの。恋ナスビみたいな依頼は特殊中の特殊。わかった?」
「ほな、打つ手なしか?」
「今のところはね……」
「どないすんねん。年一の昇級戦、もうすぐやぞ? 今年は雨井の兄弟、東雲がおるからやる気みたいやし」
「べつにいいじゃない。銅級に上がるくらい」
「アホか。銅級になったら正式な依頼しか受注できんようになるやろ。鉄級で美味しい思いしてんのに、なんでわざわざ自分から食い扶持減らさなあかんねん。……てか、あんたもわかっとるやろ、そんくらい」
「言ってみただけよ」
「勘弁してえなあ……紅月はん……冗談言うとる場合ちゃうやろ……」
「今日はこんなところね。……とりあえず、私はなにかいい依頼を探してみるわ」
「よっしゃ。ほなこっちは相変わらず、逐一そっちに状況報告するけど……なるべく早めにな」
「わかってるわよ」
愚堂との会話を終え、私は文机からゆっくりと身を起こした。
次に襖を音もなく引き、貸切室から書店の廊下へ出る。
男と女が一緒に出てくると好奇の目線に晒されるので、まずは私が出て、すこし時間をおいてから愚堂が出る。ということを徹底してある。
張り詰めていた空気が、ぱたりと途切れ、代わりに通りから届く本の紙擦れや、誰かの控えめなくすくす笑い声が遠くから聞こえてくる。
店内の空気は緩やかだ。
帳場の奥では、番頭らしき眼鏡をかけた初老の男が、筆で帳面に何やら書き込んでいる。
客も数人、皆思い思いの場所で腰を下ろし、黙々と本をめくっていた。
どうということのない日常の光景。
だが、今はその穏やかさが却って癪に障る。
これからのことを思うと胃のあたりがひどく重くなる。
私は何食わぬ顔で通路を進みながらも、それは突然、聞こえてきた。
「ねえ今回の、見た? アスモデウスさんの新刊」
「まだだけど……え、なにその顔。もう手に入れたの?」
「うん。今回もかなり激しかったよ。よく発禁にならないなって内容だった。……まぁ、毎回思ってるけど」
「うわ。うーわ、まじかぁ……いいなぁ……私も欲しい……」
「だ~め。そんな目してもまだ貸さないよ」
「おやおや? じゃあこれからお楽しみですかい、旦那?」
「な、い、しょ」
一見、少女たちの何気ない会話。……なのだが、その瞬間、私の脳天が雷に打たれたような感覚に陥る。
「アスモデウス……新刊……こ、これだわ……!」
気が付くと私の足は再び、さきほどの個室へと向かっていた。
待っていろ、東雲真緒。
今度こそ貴女の悪運は尽きた。




