第24話 決着酒呑童子 見下しの代償
「〝ステータスの固定〟を行ったんです」
「すてえたすの……固定?」
夜屋久さんがオウム返しのように訊き返してくる。
まぁ彼女からすると、〝すてえたす〟とは何ぞやとなるだろう。
私がここで懇切丁寧に、能力について一から説明してもいいが――
「雨井、まずは酒呑童子を捕らえて」
最優先は相手の無力化。
これ以上、何か手を打たれても困る。
こっちだって相性がいいだけで、完全に無効化できるなんて思っていない。
まだまだ隠している能力や、見せていない奥の手を持っているかもしれない。
そうなってくると戦力として貧弱な私たちはなすすべなく、あの戸瀬のように、意識がなくなるまでボコられてしまう。
無力化するなら、出鼻をくじかれて狼狽えている今しかない。
「わかった」
雨井が短く頷くと、あちらの二人もハッと我に返った。
「な、舐めるんじゃないよ……! 息を封じられても、あたしの薬があるんだ……!」
酒呑童子は夜屋久さんからビー玉サイズの丸薬を受け取ると、それを一息に飲み下した。
「薬か……能力上昇系だとありがたいんだけど……」
私は指を動かし、酒呑童子のステータス欄を開く。
……ビンゴだ。
夜屋久さんの言う通り、ものすごい速度で各能力値が上昇している。
「これなら――」
私は酒呑童子の名前の横にある、錠前のアイコンをタップする。
するとロックがかかる演出が入り、ステータス値のすべてが上昇前の数値に固定された。
そして案の定、酒呑童子は自身の体に何の変化も起きていないことに驚いている。
「観念……しやがれッ!」
雨井が酒呑童子を捕まえるべくとびかかる。
相手はそれを避けようと身を翻すが――
「逃がさないよ……!」
私はすかさず、速度値を下限まで下げた。
そこを雨井が力ずくで取り押さえる。
酒呑童子はそのまま地面に押し倒されてしまった。
『ギギギ……! ギィ……!』
懸命に雨井の下で暴れてはいるが、純粋な腕力では彼のほうが上なのだろう。
上にいる雨井はびくともしていない。
そして――
「ふぅ……」
額を伝う冷や汗を拭い、ようやっと一息つく。
どうやら、これで今回の山場は超えたようだ。
最後に純粋な腕力で酒呑童子が雨井を上回っていれば、私たちとしてはもうお手上げだったのだ。
なにせ私が今みたいに誰かのステータスに介入できるのは、時間にしてほんの一秒ほどで、連続で使用することもできないからだ。
「は! 忘れたのかい? その子に触れたらどうなるか!」
「……夜屋久さんこそ、忘れたんですか」
私は勝ち誇る夜屋久さんを他所に、雨井を指さした。
「真緒! 捕まえたぞ!」
「な、なんで……仁がまだ動けるんだい……!?」
すべてが終わったのを確認し、私もゆっくりと三人に近づいていく。
「夜屋久さん、これがステータスの固定です」
「だから……! なんなんだい、そのすてえたすってのは!」
さて、どう説明したものか。
ステータスの概念がない異世界人相手の説明となると――
「ステータスとは……ちょっと語弊はあるかもですが、要するに、人間の能力を数値化したものです」
「数値化……?」
「そうです。生物にはそれぞれ、同種の中でも個体差がありますよね? 頭がよかったり、力が強かったり、足が速かったり。私はそれらを数字で確認することが出来るんです」
「……なるほどね。要するに、力自慢二人が集まったら、真緒、あんたにはどっちが強いか一目でわかる……そうなんだね?」
「ず、ずいぶん理解が早いですが、まぁ、そんなところです」
「ただ解せないね。それがこの子の毒と何の関係があるんだい」
「じつは酒呑童子のこの能力ですが、一般的な毒じゃないんです」
「は? 毒じゃ……ない?」
「はい。その毒の効果は、ステータスを下げる。つまり――」
「力なんかを下げるからで……じゃあ、仁が痛がっていたのは……?」
「防御値が最低まで下がっていたからです。ほんのすこしの風に当たっただけでも痛みを感じてしまったのでしょう」
「感覚がなくなったのは……?」
「動きを脳に伝達する速度が低下していたからでしょうね。でも、痛覚は違う。痛覚はステータスには反映されないので、普通に感じてしまうんです」
「そんな……ことが……」
説明を終えた私は、雨井の腰に差されていた脇差の柄を握り、それを抜き取った。
刀身はまるでしっとりと水に濡れているようで、月光を反射し、艶めかしく光っていた。
素人目でも、その脇差がよく手入れされているのがわかる。
「雨井、これちょっと借りるね」
「あ、おい、真緒……それは……!」
「ちゃんとその鬼、動かないように押さえててね」
「あ、ああ……! わかった」
今回の依頼はあくまで酒呑童子の情報の収集だったけど、こうなったらもう仕方がない。
私が片を付けるしか――
「ま、待っとくれ……! 殺さないでくれ!」
夜屋久さんが懇願するように、私の脚にしがみつく。
「夜屋久さん……」
「わかった……! 出ていく……この山から……もう人間にも関わらない! だから……!」
私は嗚咽を漏らす夜屋久さんを尻目に、自身の力の数値を上げる。
そして、手に持っていた脇差を酒呑童子の頭めがけて振り下ろした。
〝コロン〟
しかし落ちたのは首ではなく、酒呑童子の赤い角。
私はそれを回収すると、ぽかんと口を開けている雨井の頭から手ぬぐいを引っぺがし、丁寧に包んだ。
角の切断面からは赤い血が滴っており、さすがに痛かったのか、酒呑童子は声にならない叫び声を上げている。
「真緒……あんた、なにを……?」
驚いたように私を見上げてくる夜屋久さん。
「もう、この山からは出ていくんですよね? ……じゃあもう、角だけ頂くんで、ギルドには私たちが討伐したって報告しておきます」
「本当にいいのか、真緒。こいつは、この鬼は――」
「私たちに、この人たちを裁く権利なんてないよ。もちろん、ギルドにもね。ただ、今回の件、一番丸く収まるのは、これなんじゃないかって」
「そうか……なら、これ以上言うのは野暮ってもんだな」
雨井はそう言うと、酒呑童子の上から体をどかせた。
「ごめんね、夜屋久さん。私たちに出来ることはこれしかないんだけど……」
「あ、ああ……! 十分だよ……! ありがとう……! ありがとう……!」
夜屋久さんは泣きながら私の手を掴み、何度も、何度も、お礼を言ってくれた。
◇◇◇
戸瀬の病室。
白金等級の勇者様の病室ということもあり、かなりいい部屋だ。
私がいま寝泊まりしている犬小屋とは大違いである。
部屋の扉は重厚な唐木造りで、黒漆に金の飾りが打たれており、病室内ではかすかに香が焚かれている。
窓は高く、外光を障子越しに取り込む構造になっていて、その下には、低く設えた衝立付きの寝台がひとつ。
寝台は西洋式の形を取りながら、脚や縁に細かな彫刻が施されており、どこか和の感じも残していた。
床脇には、簡素ながら磨き込まれた薬箪笥と、燭台付きの筆記机が置かれている。
その上には、果物の盛られた漆器の皿と、見舞いの花が数本。
その中心にある寝台の上では、布団に包まれた戸瀬が、身動きもせず眠っている。
右腕は帯で吊られ、左脚には包帯が幾重にも巻かれている。
枕元には静かに冷めていく湯のみが置かれていた。
話を聞く限りだと、もう意識は回復しているらしいのだが――
「待ってるのも面倒くさいな……」
私は戸瀬のステータスを開き、酒呑童子に食らわされた毒を治療した。
「……ん?」
効果は覿面。
戸瀬の痛みに歪んでいた顔が、ふと穏やかになる。
「戸瀬」
「おまえ……その声、もしかして東雲……か?」
私の顔を見た戸瀬の目が次第に見開かれていく。
「お、おまえ、何しに来た……?」
「とりあえずこれ見て」
私は雨井の手ぬぐいに包まれていた酒呑童子の角を戸瀬に見せた。
戸瀬はその角を見た瞬間、ガバッと起き上がり、それを手に取る。
「見覚えある?」
「見覚えも何も……これはあの鬼の角だ……! おまえ、いったいこれをどこで!?」
私は視線を戸瀬から、寝台を挟んで向こう側にいる中年の男を見て言う。
「……ね? 嘘じゃなかったでしょ?」
「むぐぐ……たしかに……」
「おまえらは……たしかギルド職員の……これは、どういうことだ! なんで東雲があの鬼の角、持ッてンだ!」
「東雲……様が、討伐なされたのです。酒呑童子を」
なんでそんな悔しそうに、ひねり出すように言うんだ、このおっさんは。
脅威がなくなったんだから、もっと喜べばいいのに。
「酒呑……童子……?」
「戸瀬様が重体を負わされた相手です」
「う、うそだろ!? こいつが!? こんなヤツが?」
「まぁ、そういうこと。事情話したら、すっとぼけられるかもしれなかったから、最初に角を見せた」
「お、俺だって……! 本気を出せば、あんな鬼……!」
「うん。実際、戸瀬なら行けたと思う」
「そ、そうだろ……俺だって……!」
「油断、してなかったらね。いい加減、その突っ走る癖直さないと、本当にあんた死ぬよ」
「ぐっ……!? ……けっ、まあいい。よかったな、たまたま相性が良かったんだろ?」
「だね。じゃあもう、用もないし帰るね」
「お、おう……」
私は身を翻すと、そのまま病室を出ようと扉に手をかけて――止まった。
「……あ、治療費はとらないから、安心して」
私はそれだけ言うと、そのまま部屋から出ていった。
まぁ、あとで戸瀬から金もらうとか嫌だしね。
私としてもそんなつもりで助けたわけでもないし。
なんてことを考えていると――
「ちくしょうッ!!」
背後の戸瀬の病室から大声が聞こえてきた。
「び、びっくりした……なんなんあいつ……」




