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第20話 山小屋に泊まろう


 見つけた煙を頼りに山道をしばらく進むと、木々の切れ間にぽつんと佇む一軒家が現れた。

 茅葺屋根はところどころ草が伸び、土壁も薄くひび割れてはいたが、それすらも自然に溶け込んでおり、まるで昔話の一場面を切り取ったかのような趣がある。

 扉に目を向ければ、きちんと手入れしている痕跡が残っているので、古びてはいるが、決して放置されているわけではなさそうだ。

 今にも洗濯桶を持ったおばあさんと、鎌を持ったおじいさんが飛び出してきそうである。


 〝トントントン〟

 意外にも雨井は、優しくその扉を叩いた。


「夜分遅くにすみません。すこしお時間よろしいでしょうか」


 そして、まさかの敬語。

 おそらく後にも先にも、こいつが敬語を使っている場面なんて見ることはないだろう。


 〝ガタゴトガタ……!〟

 中で何かが倒れたような音が聞こえてくる。

 私と雨井は顔を見合わせると、雨井は扉に手をかけたが――


「はいはい。何か用かね」


 扉から現れたのは、年のころ七十を超えたであろう老婆だった。

 しわの刻まれた肌や白髪こそ老齢を物語ってはいたが、彼女の背筋はぴんと伸びており、その立ち姿には無駄がない。

 一見、こんな山中に一人で危ないな……とも思ったが、少なくとも今取っ組み合いをすれば、私のほうが転ばされそうな感じはある。


「おや珍しいね、こんなところに。親子かい?」

「違います」


 私が即座に否定する。

 そもそも似てないだろ。


「いえ、俺たちは仕事でここへ来てるんですが――」


 どうやら雨井は冒険者であることは伏せるつもりらしい。

 これはあれか、例えばここで『冒険者です』と名乗ってしまえば、この辺りで冒険者が駆(・・・・・・・・・・)り出されるような事態(・・・・・・・・・・)が起こった(・・・・・)のでは、と思われてしまい、無駄に心配を煽るだけと考えたのだろうか。


 まあいいや。

 どのみち雨井がそのつもりなら、私もそれに付き合うだけだ。


「帰りの馬車が魔物に襲われてしまって、積荷もすべて失くしてしまい、途方に暮れていまして。それで、こちらに家が見えたので、もしよかったら一晩泊めていただけないかと、お願いに参った次第です」


 こいつ、よくもここまで平然と嘘をペラペラと並びたてられるな。

 もしかして、信用したらダメなやつなんじゃないか?


「もちろん、それなりのお礼もするつもりです」


 雨井はそう言って、懐からじゃらじゃらと音の鳴る巾着袋を取り出した。

 思わずこらこらこら、と突っ込みそうになったが、寸でのところでとどまった。


 にしても、いくら金を積んだって、どっからどう見ても怪しい私たちを泊めてくれるわけが――


「おや、そうかい。そいつは災難だったね。狭いところだけど、泊まっていきな」

「え」


 おばあさんは戸を開けると、私たちを中へと招き入れてくれた。

 すこし不用心がすぎる気もするが――


「ありがとうございます」

「お世話になります……」


 私と雨井は改めておばあさんに頭を下げると、そのまま家の中へと入っていった。


 家の中はわずか一間ほどの小さな空間が広がっていた。

 床は板張りで、ほのかに油の染みた匂いがする。

 部屋の隅には低い囲炉裏が切られ、その上には年季の入った鉄鍋が吊られている。

 壁際には草木を干した籠が積まれており、壺や、すりこぎ棒、鉢が整然と並んでいた。


 家具といえば、折り畳みの膳と古びた文机がひとつ。

 その上には墨で書かれた巻物や、黄ばんだ帳面が置かれており、今も使われている形跡がある。

 窓から差し込む月光と仄かに灯る蝋燭が、そんな部屋全体をあたたかく包んでいた。

 質素だが、どこか懐かしく、落ち着く空間だ。


 私たちはおばあさんに促されるまま、囲炉裏を囲うように置かれている、イ草の円座の上に腰を下ろした。


「ご婦人、名乗るのが遅れました。俺は雨井仁と言います。そしてこっちが……」

「どうも、東雲真緒って言います」

「こりゃご丁寧にどうも。あたしは夜屋久(よやく)扇猫(おうびょう)。呼び方は夜屋久でも、扇猫でも、お姉さんでも、好きなように呼んでもらって構わないよ」


 おっと、さっそくかましてきたな。

 これを笑わない手はない。


「わは、わはは、わははははは」


 なるべく私なりに自然に笑ってみたが……あれ、夜屋久さんなんか若干引いてないか。

 あと、隣にいる雨井の反応が薄い。


「夜屋久……」


 聞き覚えがあるのだろうか、雨井は夜屋久さんの名前を聞いてなにか考え込んでいる。


「おや、どこかで会ったかね」

「ああ、いえ、たぶん俺の思い過ごしです。それに夜屋久なんて名前、珍しくないでしょう」

「そんなワケ……そうなの?」


 一瞬、反射でツッコミを入れかけたが、よくよく考えてみれば私はこの世界の一般的な名前についてなにも知らないんだった。


「ところでおまえさんたち、仕事って言ってたけど、どんな仕事をしているんだい?」


 まあ、そりゃ訊かれるよね。

 それにこうして招き入れてくれたんだから、答えないっていう選択肢はない。


 さて雨井はどう出るか。

 変にボロが出るといけないから、私は下手に口出しせず、たまに口裏を合わせるくらいにしよう。


「人足ですね」

「はあ……どうりで、体が大きいわけだ。それで、どこから帰ってきたんだい?」

「いやあ、俺たちは下っ端も下っ端なもんで、上から命令されたら、ただ黙って指定された場所へ行って作業するだけなんです。自分たちがなに作って、なに運んで、どこにいるかなんて考えてる余裕ないんです」


 まぁ、この部分に関しては嘘ではないか。


「大変だねえ。それでこんな事故に遭っちゃ、たまったもんじゃないね」

「はは、ですね。せいぜい今回の件で、上からそれなりの手当ぶんどってやりますよ」

「見てくれに負けず劣らず、中身のほうもなかなかどうして逞しいじゃないか」

「いやいや、恐縮です。俺なんて図体がデカいだけで、他にはなにも出来ませんよ」


 それからは夜屋久さんと雨井の他愛ない世間話が続いた。

 夜屋久さんも今まで話し相手に飢えていたのか、話題が尽きない様子で、雨井も雨井でそれを上手に、親身になりつつも適度な距離感で会話している。

 まさか雨井にこんなスキルがあったなんて。


 私なんてずっとニコニコしてるだけなのに。


「……そういえば、さっき〝俺たち〟なんて言っていたけれど、そちらのお嬢ちゃんも人足(そう)なのかい?」

「え」

「ええ、もちろんです。こう見えて、じつは結構動けるんですよ、こいつも」

「え」


 なに余計な設定を追加してんだ。

 私の体力なんてそこらへんのイモムシと同等なのに。


 ……イモムシを想像して少し気持ち悪くなってしまった。


「そうなのかい。つくづく人は見かけによらないね……」


 なにかあったのだろうか。

 夜屋久さんはすこし遠い目で私を見てきた。


 ……いや、さすがになにかはあるだろうな。

 それだけ長く生きていると。


 よし。

『人足としての力を見せて』

 とか夜屋久さんに言われてもいいように、いつでも私のステータスを――


「……ん?」


 開きかけて、驚愕する。


「お、どうした、真緒」

「いや……え……まさか……」


 目をこする。

 二度見をする。

 画面を指でなぞり、何度もそれ(・・)を確認する。


「これって……見間違い……じゃないよね……」

「は? なんの話だ……」


 私がなんとなしに開いたステータス欄には()つの名前が表示されていた。


〝東雲真緒〟

〝雨井仁〟

〝夜屋久扇猫〟


 そして――


〝酒呑童子〟が表示されていた。


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