第189話 認知のズレ
「そうか。……へへ、なるほどな。東雲は焔成の知り合いだったのか」
黄さんがテーブルの大皿から、自分の分を取り分けながら言った。
あのあと、陳さんは私たちへの挨拶もそこそこに、すぐに厨房へと帰っていった。
黄さんはここの常連らしく、それを階下にいたボーイも知っていたので、すんなり通してもらったということだった。
「まあ、今回のお陰で、これから気軽にヤグルシを出入りできなくなった……ってわけだな」
「それは私たちのせいなのでしょうか」
紅月も別の皿に箸を伸ばしながら応じる。
「あの場で、鳳凰の祠で、事情を話していただければよかったのでは?」
「まあ、一時的にではあるが、黄龍がこの世界から存在ごと消え去ったなんて言われても、ピンとこねえだろ?」
「それは……」
紅月の料理を取る手が止まる。
黄さんの言う通りだ。
いくら元々、丹梅国で四象の存在が風化しかけていたとはいえ、その存在自体は広く知られて……いや、だからこそか。
風化しかけているからこそ、一般人に訊いたところで、本当に知っているかどうかの判断がつかない。
しかし、魔王ビアーゼボなら、その側近であるエイハーザヤさんなら、四象を知らないわけがない。
だからこそ、黄さんはあえてここまでやってきて、黄龍がこの世界から抹消されている証拠を提示してきた。
これは、口で説明されただけでは、きっと理解できなかった。
「……妥当な判断だと思います」
私がそう言うと、黄さんは少し意外そうに目を丸め、はにかんだ。
「はは、言ったろ。百聞は一見に如かずってな」
「……そうですね。私たちのせいでご不便をおかけします」
紅月がそう言って頭を下げる。……下げてはいるが、あまり納得はいっていないようだった。
心なしか、若干嫌味に聞こえてしまう。
「まぁ、ヤグルシのチェックが厳しくなったとしても、この件を解決したら、誤解も解けて、また顔パスに戻るだろ。だから、とりあえず今は腹ごしらえだ。どんどん食えよ」
黄さんはそう言うと、高そうな料理を豪快に食べ始めた。
「……ところで、存在の消去とは、どういう?」
ここで紅月がもっともな疑問を黄さんに投げる。
「言ったろ。呂さんは今、別の世界で黄龍と戦っていると」
「それはそうですが……まさか、存在自体までなかったことになるなんて……一体どうやって?」
「手段についてか? それとも仕組みについてか? 前にも言ったが、わからねえ。だが実際、呂さんはそれをやってのけた。今はそれで納得しとけ」
「は、はぁ……」
「問題は、それで生じる認知のズレだ。魔王の側近でさえあれだ。この世界において、もう俺たち以外、誰も黄龍を認知できない。そして、それは同時に――」
「呂さんのことも、誰も認知できない。つまり誰も、危機が迫っていることに気づけない」
私がそう言うと、黄さんがゆっくり頷いた。
要するに、地震というものを知らない人たちに、地震の危険性について説明するようなものだ。
ピンとこないどころか、変に不安がらせて警戒されてしまう。
しかし、そうなってくると気になるのは――
「なぜ、私たちはまだ、呂さんと黄龍のことを知覚できてるんですか?」




