第188話 悩める辮髪男
アイムールを半ば叩き出されるような形で後にした私たちは、当初の目的(?)である全聚楼へとやってきていた。
「結局、ここですか?」
「まあ腹が減っては何とやらだ。せっかく来たんだし、飯食ってから考えようぜ」
「けど……」
魔王ビアーゼボとのコンタクトが絶望的になった今、早急に何か対策を練らなければならない。
こうやって呑気にご飯を食べている状況じゃない。
「ああ、わかってる。朱雀の嬢ちゃんにも、ちゃんと持って帰ってやるからよ」
「そうじゃなくて……いえ、それならいいです」
黄さんの飄々とした態度に毒気を抜かれてしまった。
たしかにイライラした状態では、対策など浮かびようもない。
ここは一度、栄養を補給しながら状況を整理したほうがいいだろう。
『お待たせいたしました。お席にご案内いたします』
全聚楼のボーイさんが柔らかい物腰で私たちを案内する。
店内は赤を基調に、派手な飾りや提灯が天井からぶら下がっており、どこか瑞饗の美食街を思わせるような造りになっていた。
白雉国で見たような角ばった机やカウンター席はなく、すべてが大きなラウンドテーブル。
その上に鳥類の丸焼きや、色鮮やかな野菜の炒めものが美味しそうな湯気を立てていた。
……それにしても、勿体ない。
こんな状況じゃなかったら、ここまでの高級店でご飯を食べられることに小躍りしていたところだ。
そして、私たちはなぜか店の奥。
ひときわ大きいラウンドテーブルに座らされると、ほどなくして慌ただしい様子で男性がひとりやってき――
『あれ』
ふと目が合う。
頭頂部に三つ編みだけを残し、他はすべて剃り上げた、いわゆる辮髪の男が、驚いたように私のことを見ていた。
いや、まてよ。そういえばこの辮髪男、どこかで会ったことが――
『姉御!?』
辮髪の男は私を見るなり、目を皿のように丸めて驚いた。
『お、なんだ。知り合いか?』
黄さんが面白そうにニヤニヤと笑いながら立ち上がる。
彼は一体、何を考えているのだろうか。
それにしても――
『……アネゴ?』
なんだか、妙に聞き馴染みのある呼称だが――
『……あっ!』
そうだ。思い出した。
瞬間、とある日の朝、瑞饗で出会ったガラの悪い集団を思い出す。
この男は取り巻きを引き連れて歩いていた。名前は確か――
『なんだっけ』
『陳です。陳焔成』
『そ、そうだ。焔成さんでしたね。下のほうの名前、ど忘れしちゃって……』
ヤバい。なにも思い出せない。
けど、知らないとか言ったらめっちゃキレてきそう。
私はなんとか知っている風を装い誤魔化してみるが、横にいる紅月が冷めた視線で私を見る。
『そ、それで、陳さんはどうしてここに?』
『あれ、言っていませんでしたっけ、姉御』
『え、あ、え、そう……でしたっけ。たしかに言ってたような……言わなかったような……』
まずい。バレる。
この場合、当てずっぽうでもいいから、何か言ってみたほうがいいのか。
さっきみたいに、使い古された手法で誤魔化せるような知識は――
『なに言ってんですか。あんなに親身になって相談に乗ってくれたのに』
『し、親身?』
『料理長ですよ。俺は。ここ、全聚楼の』




