閑話 ナティーログの道中【東雲視点】
鳳凰祠から、食都ナティーログへと向かう道中。
先を歩く黄さんの背中を、私と紅月が並んで追っていた。
フェニ子は、まだ目を覚ます様子がなかった。
今も鳳凰の祠で、静かに眠っている。
本当なら、連れていきたかった。
ひとりで置いてくるのは、正直言って心配だったからだ。
けれど、もし黄龍が再び現れたとして――
たとえその場にいようと、私たちに成す術はない。
それは、嫌というほど理解している。
それにもうひとつ。
祠の内部そのものは、安全だと黄さんは言った。
最初に私たちが鳳凰祠を訪れたとき、その内部はむせ返るほどの生活感を醸していたが、あれは偶然でも、鳳凰の趣味でもなかった。
黄さんが、祠の中で寝食をしていたのだ。
その理由は話してくれなかったが――
守護者の領域であり、外界から切り離された場所。
少なくとも、今この瞬間においては、あそこ以上に安全な場所は存在しない。
黄さんはそう言っていた。
「言っていた……」
逡巡していた言葉を、舌が勝手になぞった。
それでも、歩きながらふとした拍子に、あの光景が脳裏をよぎる。
無数の雷が地面から生え、私たちの体を刺し貫き、焼いた。
逃げ場すら与えられなかった、あの瞬間。
〝森羅雷槍〟
名前を思い出しただけで、喉の奥がひくりと引き攣る。
結局私は……私たちはなぜ今も無事でいるのか、そのことすらわかっていない。
「……ねえ」
そして気づけば、紅月に向けて口を開いていた。
呼びかけると、彼女は一瞬だけこちらを見た。
返事はない。表情は険しいままだが、その足は止めない。
聞いているからさっさと言いなさい。ということだろう。
「黄龍の前で――」
なるべくフラッシュバックしないように、私の為に言葉を選びながら、続ける。
「なんで、あんなふうに挑発したの?」
べつにあそこで紅月が挑発したからといって、今の結果は変わらなかっただろう。
けど、私としては彼女があそこまで黄龍を挑発するには、なにか意図があったと思ったのだ。
もっといえば、黄龍に対してなにか対抗手段を持っているのだと思っていた。
なぜなら彼女は無駄なことや不利益を被ることを避ける性格だから。
しかし、結果として私たちは黄龍の雷に焼かれた。
べつに紅月を責めているわけじゃない。ただ理由を知りたかった。
紅月は、少しだけ間を置いてから、前を向いたまま答えた。
「ムカついたからよ」
「……え?」
「だ、だって、ムカつくじゃない。真緒だってムカついてたでしょ?」
「それは……」
「自分の不始末に理由をつけて、誰かになすり付け、それを正当化したと思ったら、今度はその相手を心底妬み、蔑む。最低よ、黄龍は。あんなのは神じゃないわ」
「紅月……」
私がそう呟くと、紅月は頬を少し赤らめながら、じとりとした視線を投げかけてきた。
「なによその顔。私も同じだと言いたそうね」
「いやいや……」
「ふん。わかってるわよ。だから嫌いなのよ。ああいう手合いは」
紅月はそれだけ言うと、またずんずんと先を歩いていった。




