第19話 ぽんこつ2丁
私たちは綾羅を出て、ひたすら街道をまっすぐ歩いていた。
朝から出発したはずなのに、陽はすでに大きく傾き、遥か彼方の東の空は既に夜の帳が降り始めている。
ここは異世界だというのに、なぜ私はこうも郷愁に駆られているのだろうか。
今までまともにこの世界の風景を見てこなかったけど、こんなにも美しい世界だったとは。
それはそれとして――
「ねえ」
「おい」
不意に私と雨井の声が重なる。
だが私はここでこいつに譲ることなどしない。
私は私の意志を、主張を貫き通す。
「まだ着かないの」
「まだ着かないのか」
「……は?」
「……は?」
◇◇◇
結果から言うと、ホウレンソウはとても大切だということがわかった。
なんとこのハゲは酒呑童子の目撃場所も、戦闘した場所もわからないらしい。
百歩譲って、恋ナスビの時のような下調べをせず、雨井が知っているだろうという憶測だけで行動した軽率な私も悪いかもしれないが、仮にも冒険者支援団体を名乗る者として、情けないとは思わないのだろうか。
「――これ以上罵り合っても埒が明かねえ。とりあえず人がいそうな場所探そうや」
「ちなみに雨井って、この辺りの地理に詳しいの?」
「いや、この辺がどの辺なのかもわからねえな」
「本当に? 冒険者なのに?」
「……おまえ、一言多いって言われないか」
雨井の指摘に、これまでの出来事が脳裏に浮かぶ。
「言われます。気を付けます」
「近場じゃなかったら普通、目的地までは馬車を使うんだ。だから基本、迷わねえ」
「なんで使わなかったの」
「そもそもの目的地を知らねえし、おまえが勝手にずんずん進んでったからだろ。俺はてっきり、場所を知ってるもんと……」
「ま、もういいじゃん。その話は」
「……とりあえず街道を歩いてりゃ迷うことはないんだが……」
「じゃあ、今日はこの辺りで野宿?」
「バカ言え。たしかに比較的安全だが、それでも魔物や物取りが出る」
「追い払えないの?」
「おまえ……俺に寝るなって言ってんのか?」
「ははは……冗談冗談……」
「とにもかくにも、まずは寝る場所だ。食料も確保して……」
そこまで言って、雨井は何かを思い出したように私の顔を見た。
「なに、どうしたの」
「食料といえば……真緒、おまえよく恋ナスビ手に入れられたな。しかも死なずに」
「ああ、うん。……シヌカトオモッタケドネ」
「一体どうやったんだ?」
「どうって。なんでそんなこと聞くのさ」
「そりゃ知りてえからだよ」
「もしかして雨井……あんた誰かを……!?」
「アホか。もし安定して恋ナスビが手に入るんなら、うちもだいぶ楽になるからな。しかもそれが誰にでも出来る方法ってことなら、もちろん情報料も払う」
さて、どうしたものか。
正直な話、私としてはべつに本当のことを教えてもいいと思っている。
懸念点としては、私の能力がバレてしまうということだが……そもそも私の能力って特に、他人に知られたからどうって感じのものでもないと思うし、こうやってパーティを組む以上、ある程度お互いが何を出来て、何を出来ないのかは知っておいたほうがいいと思う。
けど、雨井の場合知りたがっているのは、普通の人間でも恋ナスビを採取できる方法であって、私しか使えない音量調整ではないのだ。
そういえば、もっさんは加護がどうとか言ってたっけな。
最初は嘘なんじゃないかと思ってたけど、私がその嘘に乗っかってみせたら普通に信じてくれたから、本当に加護とかがあるかもしれない。
第一、そうじゃないと恋ナスビを引き抜いたもっさんは、なんで無事だったんだってことになる。
「加護……みたいなのが、あるんだって」
私は私の能力のほうではなく、加護のほうを雨井に話した。
「加護? どういうこった」
「私も詳しくは知らないけど、私の友達が言うには〝恋ナスビの叫び声を聞いても大丈夫な加護〟があるんだって」
「聞いたことねえな……」
「単に雨井が知らないだけじゃない?」
「それも、ある」
「あるのかよ」
「そりゃあるだろ。俺にだって知らないことくらい。つかよ、そもそも加護ってのは、基本的に大雑把なもんなんだよ」
「そうなの?」
「ああ。力が強くなったり、足が速くなったり、病気に罹りにくくなったりってのが加護だ。もちろんこれが全部じゃねえけどな。だが、ある特定の、それこそ恋ナスビの叫び声だけを聞いても大丈夫な加護なんてのは……まぁ俺が記憶する限りは、ないはずだ」
「へぇ、詳しいじゃん。冒険者みたい」
「雑ないじり方すんじゃねえよ。つかその友達ってのも、本来は〝音による攻撃を防ぐ〟みたいな加護を、真緒にもわかりやすいよう、そう呼んだだけかもしれねえしな」
「なるほどね。あの子なりに噛み砕いてくれてたってことね」
「だがそうなってくると、その術者が気になるな」
「術者って……加護をかけた人のこと?」
「そうだ。加護ってのは魔法と違って、努力したからって使えるようにはならねえんだ」
「へぇ、そうなんだ。才能みたいなもの?」
「才能か……そうだな。血筋や家系、育ちなんかを才能と呼ぶなら、才能だ」
「ふぅん……例えば、どういう人が使えたりするの?」
「まず、パッと思い浮かぶのは神職だな。宮司とか巫女とか、外国だとまた呼び方が変わってくるらしいが、基本的に使える加護は全員同じらしい。あとは――」
つまり、もっさんはああ見えて、神職に就いている……かもしれないということか。
ぷぷぷ。あの風体で神職は、意外なのを通り越して面白すぎる。
なら漫画のほうは副業なんだろうけど……いいのか? 聖職者がいかがわしい本を出版するのは。
「神や天使、魔王とかだな」
「……なんて?」
「神と天使と魔王」
「……なにそれ」
「はあ? おまえ、残響種倒したくせに、そこらへんのこと知らねえのか?」
「いや全然。てかなに、この世界って、そんな上位存在っぽいのがいるの?」
「逆に真緒の世界にはいねえのかよ」
「いないよ! ……いや、何とも言えないよ!」
難しい話題だ。本当に。
「え、じゃあなに、概念とかそういうのじゃなくて、実際に神とか天使とかいるんだ?」
「魔王もな」
「……なんで?」
「俺がそんなこと知るわけねえだろ」
「で、ですよね……」
なんてこった。
つまりもっさんも、そういう上位存在の可能性が微粒子レベルで存在しているのか。
……いや、ないな。ないない。あの子に限ってそれはない。
だって、もっさんだよ? ヨレヨレのTシャツに〝性欲〟の文字だよ?
そんなふざけた神か天使か魔王、いるはずがない。
十中八九、どこかで加護を授かったただの喪女だよ、ありゃ。
「ちなみに雨井は……見たことある? 実物……?」
「ねえよ。あるわけがねえ。神どころか天使でも、一生のうちに一度会えるかどうかだ。魔王に関しては出会ったら死んでるだろ」
「そ、そうだよね……」
長い間ここで冒険者やってた雨井でさえ会ったことがないんだ。
なら、この世界に来てまだ日の浅い私が会えるはずがない。
よかった。
一瞬、もしかしたら……って考えちゃったよ。
「あ、それで話戻すけど、残響種が神とかと関係あるってどういうこと?」
「それは……」
雨井は空を見上げると、面倒くさそうに頭を掻いた。
「まぁ帰ったら自分で調べろ」
「えぇ……ここまでしゃべっといて、そりゃないって……」
「うるせえな。まずは寝る場所だ。わかってんのか、このままじゃ俺ら野宿だぞ」
「いや、先に訊いてきたのあんたじゃん」
「ここまで話広がるとは思ってなかったんだよ。第一、常識だぞ、この世界だと」
「だから、私はこの世界の人間じゃないっての」
また口論に発展しかけたところで、私は山中に立ち上る煙を発見した。
「雨井、あれ……」
私がそれを指さすと、雨井は私の頭をぐしゃぐしゃと犬のように撫でてきた。
「お手柄だ、真緒。今日はあそこで厄介になろう」
「……へ?」




