第2話 転生勇者様
――頭痛がした。
そんな気がした。
気が付くと――
「おお……!」
「成功だ……!」
「降臨なされたぞ……!」
「勇者様だ……!」
なんだろう。
いつの間に私は神社で気を失ったのだろう。
というのもそこには、白い面を顔に付け神官装束に身を包んだ集団が、私を取り囲むように立っていたからだ。
そしてよく見ると、この仄暗い部屋のあちこちに火が点された燭台がある。
けど三が日でもないのに、ものぐさな私が神社に行くはずがない。
じゃあ、なにか用があって訪れたということなんだろうけど――
……思い出せない。
神社での用事どころか、気絶する直前の状況までまったく思い出せない。
「う……っ!?」
今度は突然、足元からうめき声のようなものが聞こえてきた。
思考を一旦止め、その声のほうを見てみる。
すると男性ふたりと、女性ひとりが、まるでドミノのように折り重なって倒れていた。
そして、なによりも気になるのが――
「しめ縄に……これは魔法……陣……?」
私の足元には蛍のように淡く光る魔法陣があり、その周りを太いしめ縄が、まるでなにかの儀式のように取り囲んでいる。
カタカナでもひらがなでも漢字でもアルファベットでもない文字と、複雑で幾何学な図形が円に沿うような形で敷き詰められている。
「……いや、冷静に分析してる場合じゃないな」
我に返った私はその場にしゃがみ込むと、一番手近にいた体の大きい男性……は、なんとなくやめて、若い女性の頬を軽く二度叩いた。
女性は私に頬を叩かれると、やがてゆっくり目を開け、まるで寝起きのように伸びをした。
「よかった……生きてる……」
ほっと胸をなでおろす私に、いっぱいいる神官ぽい人の中でもひときわ偉そうな、長い烏帽子をかぶった人物が近づいてくる。
「おそらく皆さま、転移による疲れが原因かと」
「て、転移……?」
私がそう訊き返すと、その長い烏帽子の人が白い仮面を外して答える。
「はじめまして勇者様。ワタクシはここでの祭事を取り仕切らせていただいている大原徳人と申します」
そう名乗った大原さんは〝疲れた顔でくたくたな鞄を小脇に抱え電車に乗っているどこにでもいそうな五十代のおっちゃん〟みたいな顔をしていた。
◇◇◇
「つまりこういうことか。あんたらは俺たちを救世の勇者として、この世界に呼び出した」
さっきまで私の足元で気絶していた体の大きな男性、もとい戸瀬一輝さんが口を開く。
金髪。よく焼けた小麦色の肌。服の下からでもわかる鍛え上げられた筋肉。
見るからにウェーイ系のパリピだ。
初対面の人にこんなことはあまり言いたくないが、関わり合いになりたくない人種の筆頭である。
「主な討伐対象は、既存の武器や魔法が極端に効きづらい〝残響種〟と呼ばれる魔物……ですか」
次に口を開いたのは、私が頬をぺちぺちやっていた市井千尋さん。
突然だが、私は基本的に初対面の人と相対する時、まず顔を見てから徐々に全身へと視線を動かしていくタイプ……なの……だが、なにやら凶悪なモノをお持ちのようだ。
私が一体なにをしたというのだろうか。
あまり隣には並んでほしくない系お姉さんだ。
「だが、得体の知れない異世界人である僕たちに頼むのが気に食わないやつらもいる。だから、僕たちの〝勇者としての力〟とやらを示すために、今からおまえたちが指定した魔物を一体狩ってきてほしい……と」
最後に口を開いたのは、牙神翔太くん。
詰襟をきっちり全ボタン閉じているという事は、おそらく高校生なのだろう。
ちなみにこれは余談だが、ボタンを閉じている事と高校生だということに特に因果関係はない。
他の特徴は……えっと、なんというか、そう、たぶん運動部には所属していないと思う。
それにしてもなんなんだろう、この一人一言システムは。
私もなにか説明的な台詞をしゃべったほうがいいのだろうか。
「左様。勇者様方におかれては急であることも、無茶を申していることも重々承知しておる。だがどうか、了承していただきたい。この通りだ」
そう言って頭を下げている白髪のおじさんは、皆からギルド長と呼ばれている男性で、私たちをここへ召喚した冒険者組合極東支部という組織の責任者らしい。
「もちろん、こちらとしても出来る限りの協力は惜しまぬつもりだ。手始めにまずは――」
「いいぜ!」
ギルド長の話を遮るように声を発したのは戸瀬さんだった。
見ると戸瀬さんはいつの間にか立ち上がっており、私たちをまっすぐ見ていた。
「やってやろうぜ! 俺たちにしかできないってンなら、手ェ貸してやらねェとな!」
その見た目とは裏腹に、どうやら戸瀬さんはかなり熱い男のようだ。
なんて冷静に分析しているが、私も私で、彼のパッションに感化されつつある。
普段はインドア派な私だけど……いやインドア派だからこそ、この状況にすこし心が躍っているのだろう。
なにせ夢にまで見た剣と魔法の世界だ。
ギルド長の話では、どうやら私たちにはひとつずつ特異な〝能力〟が割り当てられているらしい。
まぁ、そうでなければ、現役バリバリで魔物たちと殺し合っている冒険者たちを差し置いて、現代のもやしっ子に助けを求めるはずなどないからだ。
たしかに多少の危険はあるかもしれないが、わざわざこうして呼ばれるほどだから、おそらく大層な能力が使えるのだろう。
正直、今からワクワクが止まらない。
とはいえ。とはいえ、だ。
〝おうさ! ここでこいつら見捨てちゃあ寝覚め悪ィしな!〟
なんて言える度胸もキャラでもない私は、うんうんと頷くだけであった。
そしてそれは牙神くんも同じみたいで、彼も腕組みをしながら頷いている。
けど、ただひとり、市井さんだけはかなり不安そうにしていた。
「あの……現状は、わかりました。ここの人たちが本当に困っているということも、私が別の世界へと飛ばされたということも。けど……」
市井さんは一度くちびるをぎゅっと噛むと、絞り出すような声で続けた。
「私、頭がついていかないんです……それにいきなりマモノを倒せだなんて……無理です、私……怖い……ごめんなさい、私……ただ、元の世界に帰りたいだけなんです……」
そりゃそうだ。
リアクションとしても市井さんが一番普通だと思う。
私だって今は〝異世界〟だの〝能力〟だのを実際に聞いて、多少のアドレナリンが出て感覚が麻痺しているだけで、実際魔物とか目の前に出てきたら十中八九ビビり散らかしてしまうだろう。
見た感じ、市井さんはそういうのはあまり興味とかなさそうだし、余計につらいのだろう。
そんな感じのことを考えていると――
「ま、べつにいンじゃねえの? 行きたくねぇなら無理強いするモンでもねぇしな」
「……戦場で怖気づかれるほうが迷惑だ」
「え? は? ちょっ……!」
戸瀬さんと牙神くんが、市井さんを責めるような口調で言う。
信じられん。なんだこのふたり。
私はなんとか市井さんをかばおうとするが――
「ふむ。……なに、転移したばかりだ。心身ともに疲れておられるのだろう」
ギルド長が場をおさめるように切り出す。
いや、たしかに疲れてはいるんだろうけど、そういう問題じゃないと思うんだよな。
「話を戻すが、手始めにギルド側の協力の一環として、勇者様方の宿はすでに取ってある。これからはそこを拠点として活動して欲しい。もちろん費用については全額こちらが負担させていただく。今日のところはそこで疲れをとってもらい、話し合うのはまた明日からで構わない。……それでよろしいか」
私たち四人はその問いかけに各々頷くと、その日はそのまま解散となった。