第18話 酒呑童子と冒険者支援団体
「今回の依頼は最近巷を騒がせている〝酒呑童子〟だ」
早朝。
ハゲが開口一番に告げてきたのは、そんな名前だった。
……ちょっと待った。
さすがにその名前には聞き覚えがある。
たしか私の世界だと――
「鬼……だよね、酒呑童子ってたしか」
「だな」
合ってた。童子なのに鬼。
これも恋ナスビと同様に、タイトルで初見殺しを狙っている系なのだろうか。
いや、ナスビは引っこ抜いたら終わりだけど、鬼はそうはいかない。
逆に下手な冒険者なんて向かわせれば、ただ食料を提供しただけになりかねない。
それにしても――
「いやいや、ナスビの次が……鬼? 刻まないの? 段階? バカなの?」
「恋ナスビも相当難度の高ぇ依頼だったんだがな」
「あんなの全然……」
「全然……なんだよ」
ここで簡単だったと言ってしまえば、また余計な依頼を背負い込むかもしれない。
それに恋ナスビはたまたま私の能力と相性がよかっただけ。
ここは謙虚にいこう。
「ぜ、全然……しんどかった。マジで死ぬかと思ったね」
「だろ」
「ていうか、それならなおさらじゃない? 立て続けにこんな危ない依頼、今までなかったじゃん。この前『死にたいんだろ』とか訊いてきたし、なんか、マジで殺そうとしてない?」
「だっておまえ、必要なんだろ、金」
「いや、そりゃ必要だよ。必要だけど、べつにこんな危険な依頼じゃなくてもよくないって話。それに昨日の件でだいぶ余裕あるし……」
実際、一ケ月働かずにずっと寿司食ってても大丈夫なくらいだ。
「まぁまぁ、この世は持ちつ持たれつだ。なにかを欲すれば、なにかを差し出さなくちゃならねえ。真緒、おめえの場合はその労働力だ。わかったら死ぬ気で働け」
「なんか納得いかないな……ちなみに、あんたまだ〝酒呑童子〟ってだけしか言ってないけど、なに? 倒さなくてもいいの?」
「お、さすが。勘が鋭いな、勇者様」
「そういうのいいから」
「今回の依頼は退治じゃねえ。調査だ」
「調査……へぇ、そうなんだ。てっきり鬼退治かと思ってたけど、なんか事情でもあるの?」
「まぁな。この酒呑童子って鬼なんだが、あの勇者戸瀬が一度討伐に失敗している」
「……は?」
「だから、なんでもいいから弱点なりなんなり探ってこいってのが、ギルドからのお達しだ」
「ちょ、ちょいちょいちょい……! 戸瀬が失敗って、なにそれ! ヤバいじゃん!」
「そうだよ。やべぇんだよ」
顔色ひとつ変えずに頷くハゲ。
なにそれ。ぬか喜びじゃん。
「ちょっと待って、色々訊きたいことあるんだけど……あいつ、死んだの?」
「いいや、生きてる」
「あ、そうなんだ……よかった……」
「だが、重傷らしい。前線に復帰するには、まだまだかかりそうだってな」
「まぁ生きてるなら大丈夫でしょ、あいつの場合」
「ずいぶん信用してるみてぇだな」
「どうだろ。信用っていうよりは、そう簡単に死ぬとは思ってないんじゃない?」
「それを信用してるって言うんだがな」
「うるさいなあ。……で、酒呑童子って、残響種なの?」
「いや、それがどうも違うらしい」
「あれ、そうなんだ。……じゃあ戸瀬は、普通の魔物にやられたってことになるんだ」
「まぁ、一口に魔物といっても千差万別だ。強いのもいれば、弱いのもいる。ご存じのとおり、ギルドはそれぞれの等級に合わせて、依頼を発注するわけだが……」
「鉄級は相変わらず捨て駒扱い……と」
「そういうこった。まあいっちょ、死ぬ気で調査してくれや。ってこったろ」
「そんな呑気なこと言って、勇者がやられたんでしょ? ギルドだって危ないでしょうに」
「だからこうして、お鉢が回ってきたんだろ」
「はぁ。びっくりするくらい気が進まないんだけど。……ちなみに今わかってる情報って、名前以外、なにがあるの?」
「ないな」
「なにも? そもそも酒呑童子って名前は誰がつけたの?」
「〝酒を呑んでるみたいに顔が赤い鬼〟……って、戸瀬がうなされてたのを元に、ギルドがそう名付けたんだと」
「……もしかして戸瀬って、それ以外、なんの情報も持ち帰ってこれなかったの?」
「意識不明だからな」
「それ重傷じゃなくて、重体じゃねえか」
「まぁいいじゃねえか」
「よくねえが」
「心配すんな。こっちでもおまえの他に何人か見繕ってやる」
「頼りになるの、それ? 鉄級なんでしょ?」
「おまえだって鉄級だろ」
「いや、それはそれ、これはこれじゃん。付いて来てくれるなら強い人がいい」
「まぁ誰もいないよりはマシだろ」
「……帰りたくなってきたんだけど」
「終わったら好きなだけ帰れ」
◇◇◇
「――で、来た冒険者が、あんた?」
私が差した指の先には、最近よく見るハゲ頭の男がどっしりと腕を組んで仁王立ちしていた。
「募集はかけた。いちおうな」
「……けど、誰も来なかったと」
「誰か連れてくると言った手前、誰も連れて来ないわけにはいかんだろ」
「なんか、変なところで律義だね……」
「がははは! まぁ、頑張ろうぜ、真緒!」
死ぬかもしれないのに、その余裕そうな態度はなんなんだ。
まあ、そのお陰……と考えるのも腹立たしいが、多少は気が楽になってきた。
「……そういえばさ、冒険者以外が依頼を受けてもいいわけ? それとも、ただの付き添い?」
「なに言ってんだ。俺は歴とした冒険者だぞ」
「へぇそうなん……は? あんた、冒険者なの?」
「なんだ知らんのか。須貝組の組員は全員冒険者だ。例外なく、な」
「うそ。だっていつもあんたら、なんか事務所でダラダラしてるだけじゃん」
「誰もダラダラなんてしてねえだろ。でもまぁ、たしかに他の鉄級冒険者と違って、依頼を受けることは少ねぇわな」
ここで、本当に今さらだが、こいつらの組織が何なのか本気で気になってきた。
私も私で、誘われるがままこんな組織に所属している(?)けど、正直よくわかっていない。
「……そもそもさ、須貝組ってなんなの? やっぱり反社会的な勢力なの?」
「アホか! 普通に真っ当な冒険者支援団体だよ!」
「普通に真っ当な冒険者支援団体が、他人の報酬ちょろまかしたりしますかね……」
「そのぶん仕事紹介したり、最低限の生活の保障はしてるだろ」
「それってさ、べつに須貝組がやらなくても、ギルドがしてくれるもんじゃないの?」
「……やってくれると思うか?」
「え、なに、鉄級の待遇ってそんなに悪いわけ?」
「おまえ……なんもわかってなかったのかよ……」
雨井は呆れたように、手で顔を覆ってしまった。
「たしかにおまえ、鉄級に落ちてきたときは酷かったしな。魂抜けたような面して、あれじゃあ人の話なんて聞いてる余裕ねえよな」
そしてなんか納得されてしまった。
「い、いや、さすがに今のギルドと、昔のギルドの違いくらいは分かってるよ」
「じゃあ言ってみろ」
「今みたいな、世界的な組織になる前にもギルド自体はあって、旧ギルドに所属してた人は鉄級。新しく来た人は試験の結果によって、銅級以上に割り当てられるんでしょ?」
「それはガキでも知ってる。他は?」
「頑張ればちゃんと銅級以上にも上がれる……とか?」
「……他は?」
「たまに鉄級には見合わない、非合法で危険な依頼も受けさせられる」
私がそこまで言うと、雨井は、雨井のくせに手を腰に当て、大きなため息をついた。
「……まず、頑張れば銅級以上に上がれるってのは、まぁ無理だ」
「あれ、そうなの? でも前例、なかったっけ?」
「……あれは例外だ。普通の鉄級だと、まず上がれねえ。真緒、おまえ、銅級以上の昇級条件については知ってるか?」
「知らないけど……」
「依頼をこなした時に付与されるポイントを、規定以上貯めれば昇級だ」
「なるほど。わかりやすいね」
「だろ。だが、鉄級は違う」
「あれ、そうなんだ」
「ああ。昇級試験ってのが設けられてる」
「試験の内容は?」
「銅級以上の冒険者と立ち会って、倒せば勝ちだ」
「……ん? 鉄級が、銅級以上相手にってこと?」
「そうだ」
「一本取るとか、素養を見るとか、そういうのじゃなくて……倒すの?」
「そうだ」
「いや、無理じゃん。だって……え、真剣勝負ってこと? 鉄級と銅級が?」
「いや、違う。銅級じゃない。銅級以上だ」
「まさか……」
「そうだ。銀級以上の冒険者も出てくることがある。……まぁ、そもそも、銅級の試験官なんて試験で一度も見たことがないわけだが……」
「え、なに。じゃあ、鉄級は昇級するなってこと?」
「いちおう昇級する道自体はあるが、そういうことだろうな」
「しかも、あんたらが仲介しないと、鉄級はまともな依頼も受けられない……」
「鉄級の中には他に生き方を知らねえヤツや、他人には言えねえ事情があるヤツらがたくさんいる。須貝組はそういうヤツらの受け皿になってんだよ」
「じゃあ報酬の一部をもらってるのは……」
「もちろん活動資金に充ててる。主な用途はギルド連中や依頼主たちとの繋がりを作ったり、ワケあって今は働けねえ冒険者たちに還元したりだな」
「へぇ、そんなことま――いや、いやいやいや! 私は騙されないよ! 冒険者を守る良い反社なんて!」
「だから反社じゃねえって」
「じゃあ……そう、なんで無駄に冒険者を怖がらせたりすんのさ。組員も全員いかついし」
「そりゃ冒険者ってのは、基本的に体力があって、はねっ返りが多いからな。こっちもそれなりの態度でいかねえと、舐められるだろ」
「じゃあ……じゃあ……組員ってなにさ……! べつに冒険者でよくない? 区別する必要なくない?」
「必要な区切りだ。須貝組は親父に惚れたバカ共の集まりだからな。だが、区別するのは名前だけだ」
「じゃあ……じゃあ……!」
「もういいか。そろそろ出発するぞ」
「……はい」