閑話 紅月雷亜の思惑【紅月視点】
またくだらない任務を回された。
それが私の最初の印象だった。
今回の仕事は、綾羅近郊の豪農である米麦家の三男が冒険者として初の依頼をこなすための簡単な手助けだ。
要するに、ギルドが米麦家に恩を売るための体の良い使い走りである。
本来、ギルドの冒険者になるのなら厳しい選抜試験を受ける必要があるのだが、彼はそれを免除されている。
米麦家。
地元では知らぬ者のいない名家であり、田畑と蔵をいくつも抱える古くからの豪農だ。
元々は自警団まがいの私兵を抱えていたらしいが、今は時代の流れに従い、弊ギルドに献金という形で貢献してくれている。
たしかに金回りのいい支援者ではあるのだろうが、その分、こうして腫れ物のように扱わなければならないのは非常に面倒だ。
そして、その三男の名前は、米麦三津夫。
今まで苦労という苦労をしてこなかったような、典型的な温室育ちで間抜け面をぶら下げたお坊ちゃんである。
肌は日に焼けておらず、手も爪も農家だというのに綺麗に整えられている。
しかし、その割に装備している槍や、鎧は一級品。
ちなみに、一生働かずとも食べていける家の生まれなのに、冒険者に憧れギルドの門を叩く、こういったぼんぼんは後を絶たない。
よほど彼らの目にはこの職業が魅力的に映っているのだろう。
もっとも、彼の態度自体は悪くないわけだが。
むしろ礼儀正しく、私の指示にも素直に従ってくれている。
槍の動きも基本を押さえてはいるが、今はまだ現実よりも憧れが勝っているという印象。
こういった手合いは、依頼を二、三件こなしてしまうと飽きてしまう傾向にある。
ギルドとしても中途半端な覚悟を持った冒険者など必要ないので、自然に消えてくれるのは助かるのだが、こういうのを目の当たりにしていると、自分はなんのために努力してきたのかわからなくなってしまう。
それはあの勇者共も同じである。
たかが平和な世界からやってきた一般人如きが、生まれてから今まで、朝から晩まで武器を振り続け、鍛錬に鍛錬を重ね続けてきた冒険者たちを差し置いて、勇者として祭り上げられる。
理不尽、不公平なことこの上ない。
私の願いは一刻も早く、あの勇者共をこのギルドから排除することだ。
あいつらのせいで、あの壱路津さんが死んだといっても過言ではない。
そしてその先駆けとして、まずは東雲真緒という者の勇者称号を剥奪した。
あの意味不明な〝ステータスオープン〟とかいう能力を持った女だ。
そして彼女は先日、恋ナスビの納品依頼を受けたと言っていた。
彼女が鉄級でなにをやらかしたのかは知らないが、おそらく彼女が帰ってくることはないだろう。
あの傲慢な女の最期に相応しい結末だ。
そうなってくると問題になってくるのは、戸瀬一輝と牙神翔太の両名である。
厄介なことに、彼らは日々めきめきとその頭角を現している。
その実力はすでに、その特異な能力を除いても金級冒険者と大差はなく、もはや召喚された時の彼らではない。
叩くなら早めにやらなければ、後々手が付けられないことに――
「どうかしましたか、紅月殿」
私の前を歩いていた三男が、振り向いて私に声をかけてくる。
よほど深刻そうな顔をしていたのだろうか、彼の表情には心配の色が窺える。
私は自然な愛想笑いを浮かべて答える。
「いえ、それよりも見事でした。三津夫様。まさか初の依頼で魔物を討伐なさるなんて」
「はは、なにを仰いますか。紅月殿のご助力があってこそです」
今回の三男が受けた依頼は初級も初級。
それなりに腕に覚えがある者なら、べつに冒険者でなくても倒せるような雑魚の討伐依頼だ。
これに手間取っているようであれば、どのみち武の才は皆無に等しい。
「それよりも聞きましたか、紅月殿」
「はい、いかがいたしましたか」
「件の……先日、勇者称号を剥奪された……えっと、名前はたしか……」
「東雲真緒……ですか?」
「そうそう。東雲殿だ。彼女が……」
「遺体で見つかったと?」
おそらく森の中でぽつんと独り死んでいたのだろう。
結果として、依頼者の手元に恋ナスビが渡ったわけだが、ひとりの命が失われたと。
勇者として救世を嘱望され召喚された者が、なんて惨めで哀れな結末だろう。
嗚呼、とても気分がいい。
「え?」
気が付くと、三男は驚いたように私の顔を見ていた。
「どうかなさいましたか?」
「いえいえ、違いますよ。なにやら難しい依頼をこなされたと風のうわさでお聞きしました」
「は?」
「おや、ご存知ありませんでしたか」
「も、もしかして、それは恋ナスビの納品依頼ですか?」
「はて、コイナスビ……? いえ、私もその依頼の詳細までは存じ上げないのですが、なにやら金級の冒険者でも手こずるような依頼だと……」
「え……」
金等級でも手こずる依頼。
最後に会った彼女の行動を思い返すに、おそらく恋ナスビの依頼だろう。
だが、それを彼女が? あの無能が?
恋ナスビは、その叫び声を聞いただけで命を脅かされるという植物。
耳栓の類は効果がなく、きちんとした手順を踏まなければ即、死に繋がる危険極まりない代物だ。
さらにその手順はギルドが管理している書庫にある本の中にしかないうえに、それを行える者もごく僅か。
彼女がなんらかの弾みでその本を手に入れた?
いや、それはない。
彼女の居た一般人にも開放されている図書館にそんな本が置いているはずがない。
では、金子を叩いて専門職の人間を雇った?
いや、それはもっとない。
この世界に来てからすぐ鉄級に落とされ、身寄りも支援者も友人すらもいない彼女に、そんな横の繋がりがあるはずがない。
あったとしても、彼女に払えるような金額ではない。
だったらどうやって、恋ナスビの納品依頼をこなしたというのだ。
まさかあの妙な勇者の能力を使って……?
「巷ではギルドの東雲殿に対する処遇は間違っていたのではないか、と言われていますね」
「そ、そうでしたか……」
「あ……! これは失礼致しました。紅月殿の前で言うべき内容ではありませんでした」
おそらく三男のこれは皮肉でも嫌味でもない。
この手の輩は何も考えずに発言するのが常だ。
だが……状況は決して芳しくない。
たしかに三男の言うとおり、勇者として召喚した者をわざわざ鉄級に落としたということで、一定の層から反感を買っているのに、このうえ、じつは評価が適切ではなかったとなれば、さらにギルドに対して不満を持つ者も現れるだろう。
東雲真緒……侮っていたか。
彼女も戸瀬や牙神と同じく、厄介な存在になる前に早急に対応しなければ。
そういえば、彼女はたしかあのクラン……須貝組に所属していたな。
須貝組といえば、先日うちに来たあの愚堂とかいう男が使えそうか。
今度連絡を取ってみよう。