第14話 侮蔑の視線 紅月雷亜の本性
須貝組を後にした私は、とりあえず綾羅にある図書館へと来ていた。
そこで改めて、雨井からもらった依頼書を見てみる。
納品物は何度見ても〝恋ナスビ〟
「……なんなんだ、恋ナスビって」
なんというファンシーな名前。
しかもなぜか高額報酬。
これはもう勘繰るなというほうが無茶な話である。
そして輪をかけて妙なのが、依頼人が不明だというところ。
まぁ、じつは依頼人が不明なこと自体、そう珍しくはない。
人には秘匿していたい事柄なんて山ほどある。私だってある。
だから追加で金子を支払うことにより、依頼人を不明……つまり匿名でギルドに仕事を依頼できるようになっている。
この時重要になってくるのが、その依頼が合法か非合法かということ。
ギルド側のスタンスとしては、もちろん非合法な依頼は断じて受けない。
……というのが建前ではあるが、こと鉄級に限ってはそうでもないのだ。
これは現在の世界的な機関になる前のギルドの話で――
「おや……」
聞き覚えのある声。
なんとなく流し見していた植物図鑑から顔を上げると、そこには紅月雷亜がいた。
「これは、東雲様ではありませんか。ご無沙汰しております」
「ああ、久しぶり。元気にしてた?」
「お陰様で。東雲様もご壮健のようでなによりです」
「はは、変に畏まらなくていいって言ったのに。それに私、もう勇者でもなんでもないんだよ」
「左様でございますか。では――」
紅月はそう言うと、私のすぐ隣に座って脚を組み、ずいっと顔を近づけて続ける。
「真緒……貴女、まだ冒険者やってたのね」
「お、おうふ……180度……」
こうして美女に詰られるのは嫌いじゃないが、些か急すぎる。
心の準備というやつが出来てないでござる。
……いや、急というほどでもないか。
紅月は一度、ゴミを見るような視線で私を見ていたっけ。
そして彼女のこの目、この態度、これで確信できた。
「紅月、あんたが私を鉄級に落とした張本人……だよね」
「あら、気づいてたの」
「いやまぁ、気づいてたってより、今の今まで確証は持てなかったんだけど……」
「カマかけたってこと? 下品ね、貴女」
「は、ははは……」
もうなんか、乾いた笑いしか出ねえや。
「それで? 可哀想な真緒ちゃんは、私のこと恨んでる感じなのかしら?」
「……ん、まぁどうだろ。恨んでは……いないんじゃない?」
「はあ?」
「あんた、私たちのガイド役だってことになってたけど、監査役も兼ねてたんでしょ?」
「へぇ、すごい。全部お見通しじゃない」
「点と点を繋げただけだよ」
「ちょっと。褒めてないから。得意げにならないでくれる? 鬱陶しいわよ」
「えぇ……褒めてないの? ぬか喜びしちゃったよ……」
「……それで、なんで私を恨んでないの? 他の勇者と同じように白金級だったら貴女、今頃あんなボロ家に住んでなかったのに」
「あれ、心配してくれてんの?」
「殴るわよ」
紅月はそう言うと、手に持っていた分厚い本の角を見せつけてきた。
あれで殴られるのは痛そうだ。
「実際、私があの二人と同格かって言われれば、絶対そうじゃないでしょ。傍目から見てもそう思うよ」
「そうかしら。残響種と戦った時、貴女がいなかったら全滅してたように見えたけど?」
「……ちょっと待った。もしかしてあの査定って、私怨?」
「呆れた。私があの時言ってたこと、真に受けてなかったのね」
「なにそれ。真に受けるとか、受けないとか」
「覚えてない? 壱路津さんの刀がどうの……ってやつ」
「もちろん覚えてるよ。あんたが開口一番、あんなこと言ってなかったら、私がやりましたって言ってたもん」
私がそう言うと、紅月はこれ以上ないくらい深く、重いため息をついてみせた。
「……ちなみに、後学の為に訊いておきたいんだけど、なんであの時名乗り出なかったの?」
「あの空気で名乗り出る人がいるとしたら、相当な強心臓だよ」
「私から見て貴女、相当強心臓だと思うけど」
「……褒めてないんだよね?」
「当たり前じゃない」
「……でも、なるほどね。あの時からあんた、私を蹴落とすこと考えてたんだ?」
「さあね。もしそうだとしたら、私を恨むかしら?」
「どうかなあ。それでも、正当に評価されても、銅級とかじゃない?」
「……貴女、鉄級と銅級の待遇にどの程度の差があるか知らないの?」
「知ってるよ。要するに旧ギルドと現ギルドでしょ」
「そ。知ってるならいいわ。……よく見れば、現在進行形でその待遇を受けているみたいだし」
「おかげさまで」
「ところで真緒、貴女ここに何の用? 勉強なんてするガラじゃないでしょ」
「勉強なんだよなぁ……。そうだ紅月、今私、恋ナスビっての調べてるんだけど、なにか知らない?」
「……知らない。知っていても教えてあげない」
「へ、そすか……」
この紅月の反応、絶対なにか知ってるな。
「それにしても恋ナスビ、ね。……もう貴女を見ることもないのかしら」
「なにその不吉な宣告」
もしかしてこのファンシーな名前とは裏腹に、命に係わってくるくらい危険なナスビなのだろうか。
もちろん須貝組はそれを承知の上だろうから、あのハゲ……というか須貝組は、私を処分する腹積もりなのだろうか。
なぜだ。金もきちんと払ってたのに。
……まぁ、ただ単に紅月が私を脅かそうとしているだけ。
という可能性もある――
〝バシャア!〟
一瞬、何が起こったのか理解できなかったが、どうやら紅月に頭から水をぶっかけられたようだ。
なんてこった。着替えを取りに行かなければ。
「じゃあね。勇者様。それ、片付けておきなさいよ」
「あ、あの、ちょっと待って、紅月」
「なにかしら。……さすがに怒ったの?」
「……私、あんたになんかした?」
私が紅月にそう尋ねると、彼女は心底面白くなさそうに鼻を鳴らし、そのままどこかへ歩き去ってしまった。
「私が一体、何をしたってんだ……あ、もしかして、あの胸ぐら掴んだやつ?」
私はトボトボと司書カウンターへ行き、雑巾を借りると、紅月水……もとい、紅月がこぼした水を拭き始めた。
「……ん? んん?」
四つん這いになって図書館の床を拭いていると、近くの本棚にひと際目を引く装丁の本があった。
〝実録! よい子の世界あぶない植物百選!〟
「……まさかね」