第113話 終局 逆転の一手
それは最終局が始まってから、数巡目のことだった。
西西西 白白白 發發發 中中 南南
「え、こ、これって――」
自身の手牌に違和感を覚えた私は、百爪から貸してもらった〝実録! よい子の麻雀必勝大全!〟に急いで目を通した。
「いち……にぃ……さん……」
大三元に字一色、そして四暗刻。
間違いない。これは役満だ。
それも上がれば、三倍役満で……96000点にもなる。
じゅうぶん私の点数からでもプラスになる手だ。
それを意識した瞬間、心臓がドクンドクンと脈打ち、手が震えるようになった。
「どうかしたかい、東雲さん」
「い、いやいやいや! なんでもないですよ! なんでも!」
「親愛的、背中が煤けてるぜ」
落ち着け。落ち着け。
フェニ子の煽りは無視していい。
私は牌の背中を指の腹で撫でながら、ゆっくりと深呼吸をした。
目を閉じ、指先に意識を集中して牌山から牌を引く……四萬……違う。
九筒……これも違う。
私が待っているのは――
「ふん、なんじゃこれ。妾、こんなのいらんのじゃが……」
フェニ子はそう言うと、引いた牌をそのまま河へと捨てた。
そしてそれは――
「甘いよ、フェニ子。それ――ロン」
「な、なんじゃと……!?」
私は宣言すると、パタパタと左から順に牌を倒していった。
卓を囲っているほか三人の表情が、みるみるうちに変わっていく。
フェニ子が捨てた牌。
それは南。
この瞬間、私のマイナスが消滅したのだ。
「大三元、字一色、四暗刻。……三倍役満96000点」
決まった。最後にこうしてきちんと決めるあたり、私は――
「真緒」
紅月に名前を呼ばれて見てみると、彼女は眉間に皺を寄せながら、口を横一文字にキュッと結んでいた。
その瞬間、私は察した。
なにかやらかしてしまったのだと。
それはまるで、これから、手ずから私の介錯をするような、そんな忸怩たる思いを内包している表情であった。
「たしかにすごいんだけど、それただの字一色よ」
「つーいー……は?」
「おお……! 親愛的もなにやら凄そうな手を揃えたのう。……して、紅月よ。これは何点なのじゃ?」
「普通に32000点だけど」
「さんまん……ということはつまり、どうなるのじゃ?」
「鳥が144000点で、真緒は-58000点。つまり順位変動なしで、マイナスのまま終了」
「そ、そんなわけ……ないじゃん! だって、ここに……!」
「大三元はともかく、四暗刻に関しては初心者が陥りやすい罠ね。単騎じゃないかぎり、四暗刻はロンでアガれないのよ」
「うそだ……! じゃあこれは……!? 大三元だよ!? あの!」
「あのって言われても、中がひとつ足りないじゃない」
「え、でも大四喜は一枚足りなくても役満のはずじゃ……」
「ああ……なるほどね。今理解したわ。こっちもたしかに小三元とは言うけれど、役満にはならないの」
「そ、そんなあ!」
その瞬間、今までの緊張の糸が切れてしまったのか、脚に力が入らなくなり、荒野の上に倒れ込んでしまった。
「あっはははははは……!」
そんな私を見下ろしながら百爪が笑う。
「い、命だけは勘弁してください……!」
私は芋虫のように丸まりながらそう言う。
百爪はそんな私を見て笑いながら言った。
「おめでとう。試練合格だよ」
「……は?」
「いや~、楽しかった。よかったらまた打ちにおいでよ」
「……え? 勝ち負けは? ペナルティは?」
「ないよ、ないない。……でも、なんの緊張感もなく打つよりかは面白かったんじゃない?」
「全然……面白くはなかったけど……」
「そっかそっか。でも、オレは満足したから」
彼がそう言った瞬間、祠のほうから〝ガチャリ〟という音が聞こえてきた。
そして砂塵が一瞬、百爪の姿を覆うと、次の瞬間には彼はもうどこにもいなくなっていた。




