第13話 堕ちた勇者と市井千尋
「よう、勇者様。首尾はどうだい」
「これ、今日のぶん」
私は小汚い巾着袋を目の前のハゲの大男へと手渡す。
「まいど」
ハゲ……雨井仁は私から袋を受け取ると、そのまま何の疑いも確認もせず、懐へとしまった。
「……確認しないの?」
「おまえにピンハネする度胸なんてねえだろ。調べりゃすぐわかるしよ」
「たしかに」
私が今、どう見ても善人に見えないハゲに渡したのは、ギルドから受け取った報酬金のうちの三割の金子である。
もう一度言う、三割だ。泣けてくる。
必死に、それこそ以前の私じゃ考えられないくらい汗水たらして、依頼をこなして得た報酬金の三割を、なぜこのハゲに支払っているか、それは至って単純で――
殺されない為である。
私は私の命を、金で買っているのだ。
いわゆるサブスクというやつだな。……ちがうか。
「……で、どうだ真緒、鉄級にも慣れてきたか」
「慣れてきたら終わりだと思ってるね」
「へ、言うじゃねえか。こりゃ取り分増やしてもまだまだいけそうだな?」
「はは、これ以上取られたらさすがに死ぬって」
「なんだ。おまえ、死にたいんだろ?」
言葉に詰まる。
このハゲはたまにこうやって核心を突いてくるから始末が悪い。
あまり褒めたくはないが、人を見る目があるという事なのだろう。
だからこそ、こうして私を監視しているのだ。
「……ちょ、ちょっと、そういう冗談、止めてよね」
「へへ、まあいいや。また明日も頼むぜ、勇者様」
「はいはい、じゃあね」
私がいち早くこの場を離れようとすると――
「おっと、そういえば……」
「まだなにか」
「真緒おまえ、眼鏡やめてから雰囲気変わったな。うちの若い衆が言ってたぞ」
「なに、口説いてんの?」
「バカ言え」
私が病んでしまうと自分たちの取り分が減ってしまう。
だからこうして私を褒めて(?)精神的なケアを図っているのだろうが、正直下手すぎる。
私に対して容姿を褒める策は、下策も下策。
さすがにこの歳になると自分が普段、他人からどのように見られているのかはわかる。
ちなみに眼鏡だけど、画面の明るさ調整をいじっていたら視力も調整できたので、邪魔だから外した。
やっぱ裸眼はラクでいい。
なにより曇らない。
「それにしても……」
なぜか無性に蕎麦が食べたくなってきた。それも温かいやつ。
私はそのまま鉄級専用ギルドから出ると、いきつけの屋台へと向かった。
◇◇◇
「や、千尋」
蕎麦屋で遅めの夕食を済ませた私は、いつもどおり千尋のところへとやってきていた。
「かけそば食べてきたんだ。今日はなんか、いつもより手元に残ったお金が多かったし、すこし気分も良かったから、久しぶりにおにぎりもつけてみた。
いやあ、あれだね。もしこの世界のご飯がまずかったら、さすがに病んでたかもね。
てか、聞いてよ、もうハゲに三ケ月くらいずっと金払ってるんだけど、一切割り引いてくんないの。このままじゃマジで死んじゃうよって抗議したんだよね。そしたらあのハゲ、私に向かって何言ったと思う?
死にたいんだろ。……だってさ。もうぶっ飛ばしてやろうかって思ったね」
私は他愛ない雑談に花を咲かせながら、千尋の墓前に花を添えた。
「……ねえ、千尋。あのとき、死んだのが私だったら、どうなってたのかな。少なくとも千尋は悲しんでくれたんだろうけど、この世界にとっては、そっちのほうがよかったんじゃないかって、最近は毎日、ずっと考えてる。
朝起きて、須貝組……あ、これはハゲが所属してる組織の名前ね。で、その須貝組が見繕った依頼をやらされて、なんとかこなして、ギルドから支払われる報酬金の三割をハゲに渡して、ご飯食べて、寝る。その繰り返し。
え? 払わなかったらいいじゃんって?
……あはは、払わなかったら殺されちゃうらしいからね。実際にそれで死んじゃった人、何人もいるらしいよ。
……私、なにしてるんだろうね。なにがしたいんだろうね。
この世界に召喚されて、戸瀬とか牙神はずっと活躍してるって聞くけど、私は相変わらず生きてるのか、死んでるのか、ずっと半端なことやってる。
このままじゃダメだってわかってるんだけど、なにがダメなのかもわかってないんだ。どう行動に起こせばいいのかもわからない。
だからこうやって、千尋に取り留めのない愚痴聞いてもらってるんだけど……正直迷惑だよね。でも、千尋ってば優しいから、今も嫌な顔なんて一切しないで、親身になって聞いてくれてるんだろうな。
だから……あの時、あの祭りの日、私が千尋に声をかけてなかったら、もしセーブとロードが最初から使えてたら、今も千尋は生きて――
ううん、ごめん。ほんと、毎日毎日、鬱陶しいよね。
明日はもうちょっと明るい話題を話せるように頑張ってみるよ。
それじゃ、明日も早いから今日はもう帰るね」
私は千尋にそう告げると、両手を合わせて拝み、墓地を後にした。
◇◇◇
「よし、今日もやるか」
次の日の早朝、私は依頼を受け取りに、須貝組の事務所へとやってきていた。
建物は二階建ての木造長屋を改装したもの。
瓦屋根に銅板葺きの庇が前に張り出している。
入口は格子戸の引き戸になっており、横には手書きの看板〝須貝組〟の文字。
建物周囲は石畳が敷かれ、小さな庭石や植え込みもあるが、全体的には質素。
世話しないんだったら、そんなもん植えるなよと言ってやりたい。
中に入ると、いつものように事務所一階の土間に、依頼を待つ面々がたむろしていた。
この人たちは正式な組員ではなく、私のような、吹けば飛ぶ木っ端の冒険者で、須貝組はそんな人たちから、なけなしの報酬金をかっさらっているのだ。
まさに悪の権化。潰れろ今すぐ。
とはいえ、鞭ばかりではなく、もちろん飴もある。
本来コネや、依頼受注時にまとまった契約金が必要とされる依頼なんかも、ここだと簡単に受けることが出来、それによりどんな木っ端冒険者でも、最低限度の生活は保証されるのだ。
しかし報酬金の三割はいくらなんでも暴利である。許せん。
「おい……あいつ……」
「ああ、あの元勇者の……」
「よく来れたな……」
木っ端冒険者風情が私をチラチラと見ながら、なにやら密談をしている。
いいさ、悪評でもなんでも好きなだけ流布するがいいよ。
ちなみに、これは余談だが、今現在の私の立場はあの木っ端冒険者よりも下である。
「……よく来たな真緒」
私を見つけたハゲがのっしのっしとこちらに向かって歩いてくる。
いつも通り、丹念に磨かれた頭頂部は見事なまでに光り輝いて――
「……あれ、なんか……どうしたの、雨井」
いつも豪胆で快活な雨井の様子がどこか、ほんのすこし変だ。
劇的に何かが変わったというよりは……なんだろう。気のせいだろうか。
てか、地味に毎日顔つき合わせてるけど、そういえばこいつのこと何も知らないんだよな。
風の噂だと須貝組でもそれなりの地位にいるって聞いたけど、本当のところはわからない。
「な、なにがだ?」
「いや、腹でも下した?」
「……アホか。それより今日の依頼だ。確認しておけよ」
雨井はそう言って、私に一枚の紙を手渡してきた。
依頼内容や依頼人、さらにその詳細について書かれている依頼書だが――
「なんか、いつもと紙の色違うね」
「そう思うか」
「いや、なにその返し」
私は怪訝に思いながらも、その依頼書に目を通した。
「いや、なんか報酬金すごいね、今回」
これをこなせば普通に一ケ月、なにも依頼を受けなくても生活できる。
「まぁな……」
雨井は目を伏せたまま答えた。
やはりなにか様子がおかしい。
けど、私がこいつから何かを訊きだせる立場ではないのも事実。
私は再び手元に視線を落とし、依頼書を読む。
「納品物は……恋ナスビ?」