第108話 役満鳳凰衝天撃
「……33万分の1を引くなんて、幸先がいいわね」
「だよね。オレも初めて見たよ」
「ねえ、百爪……あんたもしかして、なんかやってない?」
「やる? やるとはなんじゃ、親愛的。この男、なにかしたのか?」
「イカサマだよ、もちろん」
「心外だなあ。試練でイカサマなんてしないってば。それに、たしかに確率は低いけど、それが今起きたって、べつにおかしくはないでしょ」
「それはそうだけどさ……」
「真緒、座りなさい」
「でもさ……」
「東一局でたった64000点差よ。まだ逆転できるわ」
「そ、そうなの? 持ち点の倍以上あるけど……」
「ええ、大丈夫よ」
彼女がここまで言うということは、なにか考えがあるのだろう。
私は出かけていた不満を飲み込むと、そのまま席に着いた。
「さて、一本場だね」
牌を混ぜ、積み上げて、目の前に並べる。
まだ慣れてはいないが、先ほどよりもスムーズに行えるようになってきたことに、私は小さな達成感を感じていると――
百爪がおもむろに手を伸ばし、また一枚、牌を取った。
もしかしてまた……?
なんて考えていると、百爪はその牌を加え、別の牌を捨てた。
「……どうしたの? そんなにじろじろ見て」
「いや、また天和とかやるのかなって……」
「ははは、さすがにそう何回も起きないでしょ」
「さて、どうかしらね」
紅月もそんなことを言いながら、牌を加えて捨てる。
私も二人に倣い同じことをすると、次のフェニ子は――牌を手に取り、固まった。
「どうかした? フェニ子」
「ふ――」
「……ふ?」
「ふはははは! ひれ伏せ! 妾の勝利じゃ!」
「鳥……っ! まさか貴女、地和を……?」
紅月がそう言うと、フェニ子はおもむろに椅子の上に立ち、そして自身の牌の中から何枚かを抜き出して、卓の中央へ並べていった。
「こ、これは……!」
〝東〟〝南〟〝西〟〝北〟
彼女は四つの牌を上下左右に並べていくと――
「トドメじゃあ!」
そう叫び、その中心に〝中〟を叩きつけた。
「これぞ妾の必殺役! 鳳凰衝天撃じゃ! 530000おーる!」
「お、おお……! なんか、すごそう……!」
まさか文字が書いてある牌にこんな使い方があったなんて。
でも、たしか麻雀って同じ牌が四枚あるから、これだけだと割と揃いやすいような気もしなくもない。
フェニ子が申告した点数はさすがにないとは思うけど、実際何点くらいに――
「……チョンボの場合、罰符はどうなるの?」
「ははは、さすがにこれで罰符を支払えとは言えないよ」
二人は、卓の中央から目を逸らすように会話していた。
これは役が凄すぎて直視できない……というよりは、飼い犬が人の家の敷地内で粗相をしてしまい、その責任について飼い主と家主が話し合っているように見える。
おそらく鳳凰衝天撃なんていう役もないのだろう。
「二度とくだらない真似しないで」
紅月がそう吐き捨てると、フェニ子は特に反論はせず、自身が並べた牌をそのまま手持ちに戻した。
どうやら二人とも、このまま続行するつもりのようだ。
フェニ子も自分がいないものとして扱われていることを、本能的に察したのだろう。
その顔からは表情というものが消えている。
そして結局、そのまま誰もアガることなく、その局は流れることになった。
次の親は紅月。
どうやら麻雀においての親は、こんな感じで時計回りに交代していくらしい。




