第105話 荒野で牌製作
「それで、どこで打つのかしら? ここには麻雀牌どころか、卓すらもなさそうだけど……」
「ああ、それなら大丈夫」
百爪はそう言うと、腰の手甲を装着した。
一瞬、私たちに緊張が走ったが、彼はそれを気にする様子もなく、明後日の方向へ歩き出した。
何をやっているのだろう、と思ったのもつかの間。
やがて地面から生えたような岩の前に立ち止まると――
一閃。
岩は豆腐のように切り裂かれ、四人が楽に座れる程度の卓へと変わった。
ご丁寧に、背もたれのある椅子まで作られてある。
さらに百爪は転がっていた岩を手に取ると、目にも留まらぬ速度で撫でていき、あっという間に牌を作った。
「おお……! やるのう、百爪とやら! そして、これがパイというヤツか!」
フェニ子が目をキラキラと輝かせながら、卓の上に散らばっている牌を摘まみ上げる。
そんな中、隣にいた紅月が小声で話しかけてきた。
「……真緒」
「うん」
「強いわね。あきらかに。……私の見立てだとおそらく、昨日の螭龍よりも」
本人のキャラこそあんな感じだが、彼の手さばきは尋常じゃない。
あんなものは人に向けていいものじゃない。
戦闘になんてなろうものなら、何羽分のフェニ子がなます切りにされるかわからない。
私はただ、彼と戦うような事態にならなかったことに、心底安堵した。
「……けど、さすがに絵柄までは無理みたいね」
いつの間にか、フェニ子の隣で同じように牌を摘まみながら紅月が呟く。
「さすがにそこまで緻密なやつはね。……悪いんだけど、ちょっと一緒に掘ってくれない?」
百爪はそう言うと椅子を引いてそこへ座り、早速、牌の表面をガリガリと削りはじめた。
どうやらこれは、私たちも手伝う流れのようだ。
あんな小さな岩に、手作業で模様を掘っていくのは面倒くさそうだが――
なに、戦闘に比べたらこちらのほうが百倍、気が楽でいい。
私も卓に着くと、百爪は手甲から爪を三本取り外し、私たちに寄越した。
爪は先端こそ鋭く尖っているものの、根元のほうはガッツリ握っても大丈夫なようになっている。
「気をつけてね。鋭いから」
「わかってる。見てたから。……でも、ここでやるの?」
ここへくる道中……とまではいかないが、ここも十分風が強い。
おまけに天井もないから、うっすらと陽光が当たって暑い。
「べつに無理やり玉に触ったりとかしないから、祠の中でやるのはダメなの?」
私がそう尋ねると、百爪は手を止めて私を見た。
「祠の中は神域だからね。オレみたいな半端モンが入ると、空気が壊れるんだよ」
「空気……?」
そういえば螭龍さんも祠の中には入ってこなかったっけ。
彼らには彼らなりに、ルールのようなものがあるのだろうか。
「だから外でやろうよ。風通しもいいしさ」
「いやまぁ、風通しが良すぎるから、屋内でやろうって話なんだけど……」
私が零した小さな愚痴は、誰の耳にも届くことなく、砂ぼこりとともに風にさらわれていった。




