閑話 丹梅国で衣替え その4
一瞬、外から料理のにおいが店内に入り込んできたのかと思ったが、違う。
これは何かを揚げたり、炒めたり、焼いたりしているような匂いではない。
本来、燃やすべきものではないものが燃えているような、不自然な臭いだ。
そして、予感が的中する。
思わず目を覆いたくなるような光景が飛び込んでくる。
「燃えてるんだが……!」
子ども用の服が煙を上げて燃えている。
状況から推察するに、フェニ子がいままで試着していた服だろう。
どう考えても自然に燃えているような感じじゃない。
となれば犯人は――
「あんたこれ、もしかして……!」
「あ」
「〝あ〟じゃないっての! なにしてんの、あんた!」
「いやあ、なんだか感情が昂ってしまったようじゃ。まだまだ修行が足らぬようじゃの」
「言うとる場合か! 今すぐ消して!」
「む~ん……ホイ!」
そんなことを言いながら、フェニ子は両手のひらを火に向けるが――
「どうやら妾、着火専門らしいのう。消火は専門外のようじゃ」
「じゃあ、そのくだり必要なかったじゃん!」
「いけるかと思って」
「ああ~、もう……!」
私は慌てて店の外に出ると、適当な屋台から水桶を借りて、火元へとぶちまけた。
火は消え、白い煙が上がり、店内に立ち込める。
「さすが親愛的。咄嗟の判断じゃの」
「……どうすんの、これ。もう弁償するしかないじゃん」
「またカネの話か。妾、ようわからんのじゃ」
「この鳥……! 誰のせいだと……!」
『な、何かあったのかい?』
店の奥から騒ぎを聞きつけた老婆が、怪訝そうな顔で出てきた。
『な、なんだい、この煙は……!』
どうしよう。いや、さすがにここは素直に謝罪したほうがいいか。
『あの、すみません、じつは――』
『ああ……! 高級ラインの服が何着も……!』
『じつはさっき、誰かがこの服を燃やしていって』
気が付くと嘘が私の口からまろび出ていた。
高級ラインという凶器が如き鋭さを誇る言葉の前に、臆してしまったらしい。
『そ、そうなのかい!? 顔は見たのかい?』
『顔はよく見えなかったんですが……おそらく体格的に、男性だったかと。けど大丈夫です。こう見えて冒険者なので、犯人はすぐに捕まえ――』
「なにを言うとるんじゃ親愛的。この服はわら――」
フェニ子を抱き寄せ、慌ててその口を塞ぐ。
「――わが燃やしたんじゃろ!」
「なんで!?」
手で彼女の口をしっかり塞いだつもりなのに、普通に発音できている。
「……はっ!?」
そういえば、梁さんと話しているときもフェニ子は普通に、白雉国の言葉で話していた。
それに、今思い返してみれば、螭龍さんも丹梅国の言葉をしゃべっている気配はなかった。
もしかして螭龍さんやフェニ子といった、四象に所縁のある存在は、言葉ではなく直接脳内に……!?
『ほう、そうかい』
「……あ」
老婆がいつの間にか、青筋を立ててこちらを睨みつけていた。




