第12話 決着オオムカデ 回想終了(残酷描写注意)
『ぬかったわ。よもや斯様な癒し手が、貴様ら如き下賤の徒に加わっておるとはな』
なんの余韻も、千尋らしい痕跡も、断末魔もなく、
私の目の前で彼女は肉塊となった。
「ち、ちひ……あっ、手……千尋……大丈……」
それでも彼女が死亡したということを認められない私は、彼女の腕を抱き寄せようとするが――
〝ずるり〟
まるで煮込み過ぎた肉のように、彼女の腕は簡単に取り外せてしまった。
気が付くと、血、血、血――
私の手……全身は血にまみれており、そして飛んできた木の下、そこにはひときわ大きな血だまりが出来ていた。
「ち、ちひ――う゛っ……おぇぇ……」
吐いちゃいけないのはわかっている。
泣いちゃいけないのもわかっている。
千尋に失礼だ。
けど――
『戦とはまず敵の補給を断つ。……此れは誰の言葉であったかな』
「て、てめえ……! バケモノ野郎! 市井を……!」
『何を憤る。愚昧な勇者よ。貴様らは儂の命を取らんと欲し此処へ来た筈であろう。殺し合いに来た筈であろう』
「うるせえ! テメエだって散々他の人間殺してきただろうが! 黙って駆除されてろよ虫野郎!」
『さてな。儂は久方ぶりに彼の者共の気配を感じ目覚めただけだ。眠っている間の些事など知らぬ』
「寝てたら、人殺してもいいってのかよ!」
『貴様らも知らぬ間に虫を踏み潰しているであろう。あれと何が違うのだ』
「人間と虫の命を比べてんじゃねえ!」
『傲慢が過ぎるな。話にならぬ』
「それより……彼の者共……だと……? 一体誰のことだ……!」
牙神が袖で口元を拭いながら尋ねる。
『貴様らは感じぬのか。神の存在を。大魔王の残滓を』
「神……? 大魔王……?」
「急になに言ってんだ、虫野郎……!」
『くだらぬ。所詮貴様らも紛い物であったか』
「なにを……!」
『儂の毒にて惨たらしく殺してやろうと思ったが、丁寧に脚を焼きおって。……よい、貴様らが言う虫が如く、我が巨躯にて直々に圧し潰してやろう』
〝ゴゴゴゴゴゴゴ……!〟
再び山が鳴動する。
やがて積乱雲のようなオオムカデの体が私たちの頭上に影を作る。
身じろぎひとつしただけでこれだ。
こんなバケモノに私たちは敵うの――
「おい……おい! 戸瀬! あれはどうにかできないのか!」
「だ、ダメだ! デカすぎる! あの虫野郎の眉間に攻撃なんか届かねえ! それよりおまえの魔法はどうなんだ牙神!」
「生憎だが今の僕の魔法にそこまでの正確性はない。それに魔法にどうやって唾液を付与するんだ」
「くそっ……! 東雲も使えねえし、紅月もいねえし……どうすんだよ……!」
「なら一旦セオリーは無視だ。ヤツの体をなんとかできないか」
「もう試してある! 脚はともかく、本体は硬すぎてどうしようもねえ!」
「……なら力を合わせるぞ……!」
牙神の言葉でハッと我に返る。
「……そうだ」
いつまでも落ち込んでられない。
そんなんじゃ、千尋が報われない。
私は再びステータス画面を開くと、今度は隅々まで見て、色々試してみた。
閉じて、開いて、スワイプして、スクロールして、拡大して、縮小して……。
この行動が無駄でも徒労でも構わない。
最後の最後までみっともなく足掻いてみせる。
今の私にはそれしかできないからだ。
「力を合わせる……だと?」
「僕渾身の魔法とおまえの剣でやるんだ」
「……そうだな。ここで諦めちゃ、市井に笑われちまう。やろうぜ、牙神」
二人の眼中にはもう私は存在しない。
けど、構うものか。
私には私にしかできない事がある。
そのために私は、この能力を授かったんだ。
〝ステータスの確認〟……違う。
〝ウインドウの透過調整〟 ……これじゃない。
〝音量調整〟 ……今は必要ない。
〝画面の明るさ調整〟 ……こんなんじゃない。
もっと――もっと――いま、必要なものだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
二人は雄叫びをあげ、落ちてくるオオムカデに対し狙いを定めている。
あの巨大な頭に圧し潰されたら間違いなく全員死ぬ。
考えろ。
魔法と剣が、攻撃手段が揃っている。
それなら次に必要になるのはなんだ?
そう、補助だ。
〝一部性能をアンロックしました〟
「なに……これ……」
突如、カットインとともに、画面に錠前が外れるような演出が映し出される。
次に今見ていた、戸瀬の各ステータス値の下に〝バー〟と〝ツマミ〟のようなものが表示された。
私は即座にこれを理解する。
これは任意対象のステータス値を上下させる能力だと。
おそらくこのツマミをタップしたまま、左右に動かせばよいのだろう。
そうすれば、その者の攻撃力やら防御力やらを調節することが出来る。
だが、そうなってくると問題になってくるのは、戸瀬と牙神、どちらの能力を調節するかだ。
二人は今、力と息を合わせて、現在出し得る最高火力をオオムカデに叩き込もうとしている。
なら片方の火力を上げれば、せっかく出力を合わせていたのに、片方の攻撃を呑み込んでしまい威力が半減してしまう。
いっそ二人一緒に上げられればいいのだろうが、そもそも画面をふたつ展開できない。
なら残された道は――
「これしかない……!」
私がオオムカデのステータスを開くのと同時に、二人から鮮烈な光が放たれる。
しかし、オオムカデの体を押し返せない。
『紛い物にしてはなかなかの出力ではある。が、そのようなものでは儂の鋼の肉体に――』
「鋼の肉体じゃなくなったら、どうする?」
私はオオムカデの防御値を最低まで一気に下げた。
すると――
〝ビキビキビキ……!〟
まるで硬い金属が次第にその形を保てなくなるような、そんな不協和音が警笛のように山間にコダマする。
『なに……ッ!? これはどうしたことか! 我が肉体が……!』
しばらく光とオオムカデの体とが拮抗していたが、やがて光はオオムカデの巨大な体を貫いた。
『まさか……! このような……! うおおおおおおおおおおおおお……』
光は完全にオオムカデの体を刺し貫き、頭部と胴体を切り離した。
ほどなくして陽が昇ると、暁とともにオオムカデの体は霧散し、そのまま朝霧に紛れて消えていった。
「俺たち、やった……のか?」
「おい戸瀬……それだけは言うな……」
「へへ、なんでだよ……」
二人は笑い合い、互いを讃え合いながらその場に倒れ込んだ。
「……でも、急に手応え軽くなったよな。最初は無理じゃねって思ったけど、あれなんでだ?」
「僕にもわからん。一体何が起こって――」
私ですよ、私。
最後のひと押しは私の能力のお陰なんです。
そう高らかに宣言しようとしたら――
〝カラン……!〟
〝カランカラン……!〟
何かが空から降ってきた。
これは――
「これってあれじゃねえか? 壱路津の……」
「鬼哭啾啾、その刀です」
紅月がその刀を拾い上げながら口を開いた。
そういえば紅月って、今までどこにいたんだろう。
「紅月、おまえいままで何してたんだよ……」
「申し訳ありません。皆さまがオオムカデとの戦いに集中できるために、周辺の魔物の掃討を行っておりました」
「なるほど。だから他の魔物が邪魔しに来なかったのか」
「そういうことならしょうがねえか。って、その刀だけどよ……」
「ええ、おそらく、今までずっと、オオムカデに刺さっていたのでしょう」
「……おい戸瀬。これはつまり……」
「だな。つまり最後のひと押しは、壱路津のお陰だったってことだ」
「はい。……ですが、お二人のお陰で残響種は倒されました。極東支部を代表して、これ以上ない感謝を」
二人、ね。
まぁたしかに、傍から見たら私はなんか指動かしてただけだったしね。
ここで、壱路津の手柄ということで納得している中で、私が手柄の主張なんてしてしまったらどうなるか、それはもう火を見るよりも明らかだ。
とはいえ、私はともかく、千尋まで無視されるのはさすがに寂し――
「ハッ。……おいおい、紅月。二人じゃねえだろ。まだ大事なヤツいるじゃねえか」
「そうだ。市井が解毒してくれなかったら僕たちはその時点で全滅していた」
「そう……でしたね……」
三人の間に沈黙が流れる。
「千尋は……どうするの?」
私がそう発言すると、戸瀬と牙神は大きくため息をついて私を無視する。
どうあっても私のことを無いものとして扱いたいのだろう。
「千尋様のご遺体は、私たちギルドのほうで手厚く葬らせていただきます」
「本当に?」
「はい。勿論です。残響種の討伐に大きく貢献した功績も鑑みて、こちらでもそれなりの用意をさせていただく予定です」
「よかった……本当に……よかった……」
それに関しては心底安心した。
こんな場所で一人にされるのは、いくらなんでも可哀想すぎ――
「……うっ、千尋ぉ……」
ダメだ。安心したらドッと悲しみが押し寄せてきた。
ここにいたらまた沈んでしまう。
こんなんじゃ千尋を心配させてしまう。
「……よし!」
私は両頬を強く叩き、なんとかして気合を入れ直した。
せっかくオオムカデを倒したんだ。
大手を振って凱旋しよう、綾羅に。




