閑話 丹梅国で衣替え その2
私が目星をつけたのは、美食街の通りから少し外れた一角にある古い衣屋だった。
赤い提灯が風に揺れ、軒先には色とりどりの反物が吊るされている。
そこの店主は腰の曲がった老婆だった。
針をくわえたまま私たちを一瞥し、『旅装かい?』と聞いてくる。
紅月が頷くと、老婆は無言で反物を広げた。
深い墨色の布、金糸を縁取った朱布、淡い緑に刺繍の入った生地。
そのひとつひとつが、風の音と一緒に揺れていた。
国が変われば文化も変わる。
文化が変われば衣食住だって、もちろん変わってくる。
白雉国のデザインも性に合っていて好きだったが、丹梅国のものもなかなか悪くない。
私があれやこれやと目移りしていると――
「真緒は……これなんかいいんじゃないかしら」
「えぇ……こ、これ……? なんか派手じゃない……?」
「いいから、試着してきなさいよ」
そう言われ、有無を言う前に店内奥の試着室へと押し込まれる。
あれよあれよという間に、老婆の言うとおりに頭を通し、袖を通していくと――
「どうしてこうなった……」
私が着用したのは、旗袍だった。それも、鮮やかな朱色のもの。
腿に深いスリットが入っていて、歩きやすくなっており、肩には白い毛皮の肩掛けがかけられている。
これだけでも十分アレなのに、そのうえ鉄扇や煙管なんて持とうものなら、もう完全にアッチの人である。
「あのさ、そもそも目立たない為の衣替えだったのに、これ……派手過ぎない?」
「いえ〝目立たない為〟じゃないわ〝舐められない為〟よ。今の真緒はどこからどう見ても、反社会的勢力のボスの愛人。舐めた態度なんて、まずとられないでしょうね」
「いやいや……てか、ダメでしょ、仮にも冒険者が、こんなに弱点晒しちゃ」
「貴女、べつに前に出て戦闘しないでしょ」
「そ、それはそうだけどさ……」
「ならせめて後方で、敵の注意を引いておかなきゃとは思わない?」
「思いませんが」
「そもそも貴女、そういうの好きでしょ」
「べつに嫌いじゃないけどさあ……」
「じゃあ、それで決定ね」
「えぇ……」
強引すぎる。
一方、紅月自身は黒地に赤い縁取りと昇り龍の刺繍の入った旗袍を選んでいた。
もっとも旗袍といっても、私のような『今からヤバめな集会に行きます』的なものではなく、功夫の師範が着ていそうな、動きやすさを重視した作りになっている。
そのうえ彼女の着こなし方も様になっているせいか、かなりスタイリッシュな仕上がりになっていた。
こうやって比べてみたらわかる。あきらかに私のほうが浮いている。
というかむしろ、私が派手なせいで紅月がいい感じに地味になっているのだ。
許せんぜ、こいつは。




