閑話 丹梅国で衣替え その1
瑞饗の通りは、昼下がりの陽射しを反射して淡く霞んでいた。
石畳の上を香しい煙が流れ、遠くからは鍋の音と、香辛料を煽る匂いが漂ってくる。
相変わらず人通りも多く、どの露店も盛況だ。
このまま白虎の祠へと行く前に、どこかで栄養補給でも……と、考えていた矢先――
「……螭龍の件で確信したわ」
隣を歩いていた紅月が、深刻そうに口を開いた。
「世間に疎そうなあの男が、一瞬で私たちを〝外国人〟であると見抜いた」
「え? ……ああ、たしかにそんなこと言ってたね」
「まったく、なにを悠長に構えているのかしら。これは由々しき事態よ」
「うん、なにが?」
「あの男の言うとおり、私たちの今の服装を見れば、誰だってお上りさんだと思うわ」
「そ、そうかな……普通に外国人だと思われてるんじゃない?」
「いいえ、私たちはいままで散々、瑞饗で飲み食いしてきたけれど、思い返してみれば少し足元を見られていたかもしれない」
「いやいや、どれもこれも十分安かったでしょ。被害妄想激しいって」
「だからここは、念のために服装を変えましょう」
「念ってなに。発生してもない問題を解決しようとするの、やめない?」
「おお……! 心機一転、装いも新たにするわけじゃな! 妾は賛成じゃ!」
「鳥はともかく、貴女や私は未だに白雉国の服なんですもの。お上りさんに見られたって仕方がないわ」
さらっと自分を除外されたことに腹を立てたのか、フェニ子は頬を膨らませて紅月を睨みつけた。
にしてもこいつ、人の意見をまったく聞いちゃいないな。
紅月にしては珍しい言動だが、なにか意図が――
「……もしかしてさ、あんた服買いたいだけなんじゃないの?」
私がそう指摘すると、彼女の動きがほんの一瞬、ピタリと止まった。
「へえ、なんだ。そういうことなら、言ってくれればよかったのに」
「……なによ」
「丹梅国のことグチグチ言う前に、素直にそう言ってくれればよかったのに」
「は、はあ?」
「あんたこの国に来ても、食べ物とか建物に興味なさそうだったし、というか、今まで何かに執着するとこ見たことなかったからさ、てっきり人形かなにかと思ってたけど、なんだ、おしゃれ好きなんじゃん」
「ち、違うわよ! 言ってるでしょ、舐められるんじゃないかって! だから、服から変えましょうって! すごく論理的じゃない!」
「はいはい。ロンリーロンリー。雷亜ちゃんが服見たいってんなら付き合ってあげるから」
「む、ムカつくわね、その態度……!」
こいつがここまでわかりやすい反応を返すのは、これから先、おそらくないだろう。
ならば……というわけでもないが、ここは精いっぱいイジらせてもらおうじゃないか。
「妾だって見たいぞ!」
「まあ……フェニ子は、本当に見るだけね」
「な、なんでじゃ!」
「ほら、紅月の建前が『異国の装いを纏うことで、現地人に舐められないようにする』……だからさ、フェニ子はもうすでに丹梅国の子どもっぽい見た目してるし、というか馴染んじゃってるから、着替える必要ないでしょ?」
「じゃが……」
「あとで肉団子奢ってあげるから」
「ご、ごま……! ……じゃ」
とはいえ、紅月の提案もわからなくはない。
今のところ、丹梅国に来てから差別のようなものを受けてはいないが、異国の装いだからか、たしかに好奇な視線はよく感じる。
だから、これからも何も起こらない……とは決して言い切れない。
それなら、せっかく丹梅国の言葉も話せるし、外見だけでも取り繕おうとするのはわかる。すごくわかる。けど――
「どうしてこうなった……」




