第99話 藍の記憶 その1
祠は鳳凰のものとは違い、こうやって近くへ寄っても劣化箇所が少ない。
あっちはただの廃墟といった感じだが、こっちは歴史的な建造物といった雰囲気を醸し出している。
ここらへんはフェニ子の言うとおり、鳳凰のジン徳の為せる業なのだろう。
私は観音開きの扉に手をかけると、ゆっくりと押し開いた。
「おお……!」
隣にいたフェニ子が感嘆の声を漏らす。
青竜の祠の中は、外から見たときよりもかなり広く感じられた。
石柱が規則正しく並び、壁面一面に墨の筆致で龍が描かれている。おそらく青竜だろう。
筆運びはまるで流れるように、生きているみたいに、見る角度でわずかに揺れた。
中央の祭壇には、これまた抱えられるほどの大きさの――藍色の宝玉が鎮座していた。
この宝玉も鳳凰のものと同じく、ひび割れていたり、どこか欠けていたりはしていない。
つまり、青竜は今も無事だということだ。
「……静かね、とても。まるで、ここだけ時間が止まってるみたい」
「フェニ子のあの祠は何だったんだろうね」
「わ、妾からするとこんな定型的な、なんの面白味もない祠よりも、親しみやすさを覚える祠のほうが素敵じゃと思うぞ」
「ごめんごめん、どっちも違ってて、どっちも素敵だね」
「嘻嘻、わかればよいのじゃ」
それにしても、今のところ、どの祠も中の空間がおかしなことになっているのは共通らしい。
私はあちこち見てみたい衝動を抑え、とりあえず祭壇の階段を上がり、宝玉の前に立った。
隣にいたフェニ子は、その宝玉を懐かしむように見ている。
「……ほら、フェニ子」
「お、おお、そうじゃった」
彼女は小さく息を吸い、その手で宝玉に触る。
その瞬間、風が薄くめくれ、室温が少し下がった気がした。
やがて、フェニ子の左右非対称の瞳が両方とも藍に染まったかと思うと……すぐに戻る。
「フェニ子?」
返事はない。
沈黙。
祠の中を吹き抜ける微かな風のみが聞こえてくる。
やがて彼女は目を伏せ、言葉を探すように舌先で唇を濡らした。
「……見えたのじゃ」
「おお」
フェニ子はゆっくり頷くと、宝玉から手を放して半歩退く。
「昨日の、鳳凰の祠の時とは違い、今回妾が見たのはおそらく、青竜の記憶なのじゃな」
「へえ、そうなんだ。じゃあ、他の祠だったらそれに対応した記憶が見れるのかな」
「それはわからぬが、その可能性は高いのう」
「そんなことより、何が見えたのかしら?」
「戦いの記憶じゃの」
「戦い……? フェニ子、それって、鳳凰と他の四象との戦いってこと?」
「いいや、違ったのじゃ。この戦いは、親愛的たちがいつか言っておった、神魔大戦と呼ばれるものじゃの」
「ということは……千年以上昔の記憶、ということかしら」
「うむ。妾はこの時に、戦争の余波をこの身に受け、残響種に変貌してしまったようじゃ」
「ということは、フェニ子も神魔大戦に参加してたってこと?」
「いや、そうではない。神魔大戦は、妾たちのあずかり知らぬ場所……天界で行われておったようじゃ」




