第98話 非情な選択
螭龍さんはまだ煙の匂いが残る湖畔で、その鋭い眼光で、私を真っ直ぐに見据えた。
私たちの力を見るとは言っていたが、私たちが見せたのは、苦し紛れの特攻のみ。
こんなんじゃとてもじゃないけど、認めてくれるわけないよなぁ……なんて、考えていたが――
「おぬしは鳳凰を……仲間を、躊躇なく我へ投げつけたな」
「ええっと……そのとおりです。すみませ――」
「見事だ」
返ってきたのは、意外にも称賛の言葉だった。
「……へ?」
「よくぞあの場面で斯様な――非情な選択を採ったな」
一瞬、皮肉かとも思ったが、螭龍の目には私を蔑むような色はないように見える。
むしろその目には、私に対する畏敬の念すら込められているように感じるが……まあ、気のせ――
「戦場で最後まで生き残れる者は、おぬしのような者だ。誰を犠牲にしても、何を犠牲にしても、その時点で選び得る最善を、躊躇なく選択する。……もはや我からは何も言うべきことはない」
どうやら気のせいではなかったようだ。
なんか知らないけど、めちゃくちゃ買いかぶられていた。
そして血も涙もないやつだと思われていた。
私としては、ただフェニ子はあんなことじゃ死なないと思ったから、やっただけで……いや、これは言い訳か。
「妾としてはいささか、納得がいかんのじゃが……」
「わはははははは! 誇れ、おぬしらの指揮官に人の心はないが、優秀ではあるぞ!」
「最悪じゃない、それ……」
紅月は螭龍さんを踏んづけていた足を退けると、ナイフを懐に仕舞いながら言う。
「ま、まぁまぁ、結果誰も怪我とかしなかったんだし、よかったじゃん」
「いや、妾、爆散したんじゃが……」
「フェニ子はあのまま放っておいても、爆散してたでしょ」
「え、しないんじゃが」
「でもなんか、ツチノコのときはしてなかった?」
「いや、してないんじゃが」
「えぇ……どういうこと……」
もしかしたら、爆発すると前後の記憶をなくしてしまう……とかなのだろうか。
それか、ただ単にトボケているだけか。
そんな感じで話していた私たちをよそに、螭龍さんはゆっくりと立ち上がった。
「さて、おぬしらの力は見せてもらった。我から申すことは、もはや無い。……祠へ進むがよい」
彼はそう言うと、青龍刀の柄を地面に打ち付けた。
「……今のは?」
「祠の封を解いた。これでおぬしらも祠へ入ることが出来よう」
私たち三人は互いに顔を見合わせると、そのまま祠へ向かって歩き始めた。




