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第11話 唐突な死(残酷描写注意)


 その夜、私は壱路津千秋という冒険者に二度目の畏敬の念を抱いた。


 巨大(デカ)い。

 あまりにも巨大(デカ)すぎる。


 満月に映える五百メートル級のミカミ山。

 その外周を七巻き半するほどの巨大なムカデ。

 それがオオムカデの正体だった。

 虫嫌いである私が嫌悪感を抱かないほどに、それは虫ではなく、もはや龍に近いものという認識になっていた。


 そして壱路津千秋は、この化物を一度追い払ったのだ。

 それが途轍もない偉業だったのだと、今ならわかる。

 村民たちが恐怖で口を閉ざしてしまった理由も、今ならわかる。

 音子ちゃんが振り絞った勇気がどれほどのものかも、今ならわかる。

 そして――


「よお、遅かったな! おまえら!」


 自身の身の丈ほどある両手剣を肩に担ぎ、不敵な笑みを浮かべている戸瀬のすごさも、今ならわかる。


「戸瀬おまえは何をやっているのかわかっているのか」

「なにって、見てわかンだろ。ムカデ退治だ」

遅かったな(・・・・・)って……戸瀬、あんた最初からこうするつもりだったの?」

「いいや? おまえらが来たらその分楽になるとは思ってたが、来なけりゃ来なかったで、俺ひとりでやるつもりだったぜ」

「そんな、無茶です……! 相手は――」

「おいおい市井。見てわかんねえか? どう見たってこの状況、俺が優勢だろ」


 戸瀬の言うとおり、周囲にはムカデの脚と思しき巨大な残骸が、あちらこちらに転がっていた。


「戸瀬が全部やったのか」

「たりめぇだろ。本体が硬すぎるってんで、まずは脚削いでダルマにしようとしてたところだ。おう、おまえらも手伝え」

「――東雲」


 牙神に呼ばれてハッと我に返る。

 たしかに戸瀬に目立った外傷がないため、現状は優位そうに見える。

 彼自身もかなり余裕そう……というよりは、むしろ増長していると表現したほうが正しいだろう。


 だが……さきほど出会った正体不明の何かの言葉もあって、嫌な予感がする。

 それを牙神も感じ取ったのだろう。


「わかってる」


 今度は文字化けしませんように。

 私はそう祈りながらオオムカデのステータス画面を開いた。


 職業 : 残響種

 名前 : オオムカデ

 レベル: 不明


 まずは私でも認識できる文字で表示してくれたところに安堵する。

 しかし、レベルが不明だという点は気になる。


「……けど、今は後回し――」


 次に数値化されているオオムカデの各能力について見ていく。

 その間も戸瀬はオオムカデの攻撃を、手に持った両手剣で凌いでいた。


「うおおおおおおおおおらああああああッ!!」


 空を覆い隠すほどの巨大な尻尾が飛んでくる。

 戸瀬はそれを正面から、拳で殴り上げると、怯んだ隙に脚を切断していった。


 〝ザンッ!〟〝ザシュッ!〟〝ドシュッ!〟


 鈍い斬撃音が響き、オオムカデの脚が切断され、紫色の体液が辺りに散る。


 ものすごい光景だ。

 たしかにここまで完璧に対応していれば、増長してしまうのもわかる。

 けれど依然、オオムカデ本体にダメージらしいダメージは与えられていない。


「どうだ東雲なにかわかったか」


 牙神が切断されたオオムカデの脚を、自身の魔法で焼きながら言葉を投げかけてくる。

 切断された脚で埋め尽くされて、身動きが制限されてしまうのを忌避しての行動だろう。


「ステータスは……ちょっとまずいかも。数値が違い過ぎる」

「違うってどういうふうにだ」

「戸瀬のほうが圧倒的に下」

「だが圧倒しているのは戸瀬だろう」

「そう……なんだよね……」


 戸瀬とオオムカデ。

 両者のステータスを見比べてみると、戸瀬のほうが圧倒的に劣っている。

 しかし、現状はどう見ても戸瀬のほうが優位に見える。

 これは一体――


「そりゃ東雲、おまえの能力が使えねえモンだったっつーことじゃねえの?」

「え?」

「だいたいよ、最初からヘンだったんだ。なんだよ、ステータスオープンって。ふざけてんのか? こっちは真面目にこの世界救おうとしてンだよ」

「わ、私だって、もっとわかりやすい、チートみたいな能力がよかったし……!」

「まあいいや。この際、おめえが使えねえのは置いとくとしようや。けどな、そんなヤツがなんで偉そうに、毎回俺に意見してくんだよ。何様のつもりだよ、てめぇは」

「いや、それじゃダメだと思ったから……!」

「ダメだと思って、その結果がこれかよ。これなら、どう見てもさっさと出発したほうがよかったろ」

「それは……絶対になにか裏があって……」

「それによ、仕切りたがってるわりに、普通に話し合おうとしてる俺に対して暴言吐いてきたり、紅月に対して急にキレたりするしよ」

「あれは……たしかに私も悪いと思ってて……」

「戦闘じゃ使えねえ。士気を下げて仲間の足も引っ張る。極めつけは精神も不安定ときた。……おまえ東雲、もう二度と俺に意見すんじゃねえぞ」


 まずいな。戸瀬の今までの私に対する不満がここにきて爆発している。

 それになにより、今は不満を言い合っている場合じゃない。

 けど、私が止めようとしても火に油だし……。


「ちょ、ちょっと、二人とも……! 今はケンカしてる場合じゃ……!」


 ナイス千尋。

 なんて思っているのも束の間――


「いや市井。戸瀬の言い分が正しい」

「き、牙神さんまで……!」


 今度は牙神が参戦してきた。

 正直勘弁してほしい。


「ここへ来る前にも強そうな敵に出会った。けど東雲は敵の分析すらできてなかったじゃあないか。それしか能がないというのに」

「ちょっと、さすがにそれは言い過――」


 〝ゴゴゴゴゴゴゴ……!〟


 千尋の言葉を遮るように突然地面が揺れ、空気が震える。


『この儂を前にして仲間割れか。甘く見られたものよの……』


 まるで山鳴りのような声が大気を震わせ、直接鼓膜を揺らしてくる。

 見ると、オオムカデがまるで意志を持っているかのように、その赤く巨大な一対の顎をこちらに向けていた。


「も、もしかして……」

「今あのムカデ……しゃべらなかったか……?」

『貴様ら……その出立ち、その風体、よもや忌々しい勇者共か』

「……ああ! そうだ! 俺たちゃテメエをぶッ飛ばすために、この世界に呼ばれた勇者だ!」


 戸瀬が怯むことなく言い返す。


『成程。斯様な因子が働いていたのであれば、儂が目覚めたのも道理』

「目覚めただあ? テメエ! 今まで寝てたみてえに言うじゃねえか」

『そう言っておるのだ莫迦者。さんざ儂の尻尾を斬りおって……』

「へっ、キレたってか? けどなあ! いまさらキレたって遅いぜ!」

『何が遅いと申すか』

「テメエの弱点はもうわかってンだよ! 後はテメエの脚全部斬って――」


 〝ぐにゅぐにゅぐにゅ〟

 突然、なにかが蠢くような音が聞こえてくると、今まで戸瀬が斬ったはずのオオムカデの脚が全て生え変わってしまった。


「なッ……!?」

『儂の脚を……なんと言うたかの。よう聞き取れんかったが、全て斬り落とすとでも? 笑止。儂の脚を多少斬り落としたくらいでいい気になるな、人間風情が』

「はン、いいぜ。なら嫌って言うまでテメエの脚を斬り落とすだけだ!」

『莫迦が。貴様らはもう詰んでおる』

「詰んでって……!」


 私は大急ぎでオオムカデのステータスのページをスクロールする。

 そこには〝毒〟の文字。

 そしてその毒の正体は――


「千尋! 解毒の準備! お願い!」

「えっ、あっ、うん……!」


 瞬間、オオムカデの紫色の体液が霧化する。

 その霧は私たちの口や鼻から入ると――


「う……おえっ……」


 ひどい吐き気と眩暈が襲ってきた。

 私はとても立っていられなくなり、その場に膝をつく。


『儂の脚を斬った報い。たっぷりと受けてもらおうか』


 咳が止まらない。

 さらに咳をするたび、口から肺に毒が侵食してくるのがわかる。


「けほっ……けほっ……ごほっ……!?」


 〝ビシャッ〟という水音。

 吐瀉物かと思い地面を見てみると、そこには大量の血だまりが。

 次第に思考にも霧がかっていき――


「――えいっ!」

「へ?」


 千尋の声が聞こえた途端、緑色の優しい光が体を包んだ。

 その瞬間、今までの症状が嘘のようになくなり、体も軽くなった。

 今ならフルマラソンも完走できそうだ。


「ど、どう? みんな? 間に合ったかな?」

「す、すごい……千尋、あんたやっぱすご――」


 〝ズン……!〟という衝撃音。

 そして――


「……へ?」


 千尋は私の目の前で、

 どこからか飛んできた木に圧し潰されてしまった。

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