第94話 自然の摂理
その意外な歓迎ムードに、私たちは互いに顔を見合わせた。
悪いひと……ではなさそうだが、いろいろと頭が混乱している。
そもそも鳳凰の祠には、螭龍さんみたいな守り人はいなかったし――
そう言って私はまた螭龍さんの顔を見るが――
「そうだ。昨今、巷では写真機なるものが流行っていると耳にした。どれ、記念撮影でもするか」
いかつい顔でニコニコと笑っている。
こうして見ると、本当に気合の入ったコスプレをした観光地の案内人にしか見えない。
まぁ、たとえ案内人でも、祠の守護者を自称する変人だとしても、邪魔さえしてこないのであれば、探索に支障はないだろう。
「……あの、記念撮影とかはべつにいいので、祠の中にある玉……御神体に触らせてもらいたくて――」
「御神体に……触るだと?」
螭龍さんの眉がわずかに動き、笑みが消える。
その瞬間、風が止んだ気がした。
「理由を聞こう」
「ええっと……理由……」
私は助けを求めて二人を見た。
紅月はともかく、フェニ子も首を傾げている。
もしかしてなにか地雷でも踏み抜いてしまったのだろうか。
それとも、その行為がなにか法とか禁忌に抵触するとか?
「話さぬのか、話せぬのか。……どのみち、その気がないのであれば、我は改めて貴様らを賊と認めねばならぬ」
螭龍さんはそう言って、青龍刀を構えた。
「ああああ……! 待って待って、話しますから……!」
私がそう言うと、螭龍さんは構えていた青龍刀を下げ、話を聞く態勢をとってくれた。
正直、四象に気をつけろともっさんに言われた手前、その関係者っぽいひとにフェニ子のことを話すのはどうかと思った。
しかし結局、話さなかったら話さなかったで、戦闘になりそうだったので、私は事の経緯を簡潔に話した。
すべてを聞き終わった螭龍さんは、組んでいた腕を解くと、片膝をついてフェニ子をまじまじと見た。
「成程。俄かには信じられぬが、この童が鳳凰であったか」
「妾は童ではない!」
「……でも、いちおうは信じてくれるんですね」
「ひどくか弱いが、我と似たような気配を持っているのでな」
〝気配〟ということは、四象特有の何かなのだろう。
それこそ私や紅月にはわからない、四象関係者特有のシンパシー的なものがあったりするのかもしれない。
「……そして、おぬしらの目的もわかった」
「じゃあ、御神体に――」
私が言い終える前に、螭龍さんがまたすっと構えに入る。
青龍刀の切っ先を私たちに向けてくる。
「そうであるのなら話は別だ」
「……へ?」
「祠の中、青竜の御神体に触れられるのは、我を超えし者のみ」
「こ、超えるって……もしかして……」
「構えよ。而して力を示せ」
螭龍さんがその鋭い眼光で私を睨みつける。
どうやらこれ以上、話を続けることも、戦いを止めてもらうことも無理そうだ。
「はぁ……結局こうなるのね……」
「言うまでもないことだけど、真緒、油断しないほうがいいわよ」
「油断したくてもできないでしょ……」
「私が言いたいのはそういう意味じゃなくて……まぁいいわ」
紅月はため息を吐くと、懐からナイフを取り出した。
「お、なんじゃ。戦うのか」
「うん、フェニ子は危ないから下がってて」
「嘻嘻嘻……妾を甘く見てもらっては困る」
なんだかいつになく自信満々といった様子だが……まあいいか。
滅多なことじゃ死なないんだから、やらせたいようにやらせてみよう。
「せめて、邪魔にならないようにね」
「任せるのじゃ! 親愛的!」
「……我は地水火風の風の化身にして、東方を守護せし青竜のその使い――」
その瞬間、螭龍の足元から突風が巻き上がった。
草が舞い、木々がざわめき、湖面は波立つ。
彼の青龍刀を中心に風が逆巻き、刃の軌跡に沿って空気が唸る。
「螭龍! 推して参る!」




