第90話 しつこいフェニ子
扉を開いた途端、外の荒れ果てた印象とはまるで別の光景が広がった。
そこは厳かな御堂ではなく、まるで誰かが今の今まで暮らしていたような部屋だった。
竹で編まれた蓆が敷かれ、片隅には土製のかまど跡。
古びた茶器や割れた磁器の茶碗が低い机の上に残され、部屋の隅には色あせた布団のような寝具まで積まれている。
壁には紙灯籠や簾が掛けられ、生活の匂いがそのまま漂っていた。
「なんか、全体的にすごく俗っぽくはあるんだけど……」
なによりも気になるのは、部屋の中央に鎮座する、深紅の宝玉だ。
赤々とした色合いはひそやかに光を帯びて見える。
ただ置かれているだけなのに、このだらけそうになる場の空気を、凛と張りつめさせるほどの存在感を放っていた。
「それよりも――」
私は改めて外へ出ると、祠の外壁にひび割れていた穴から中を見た。
しかし、その穴から見える光景はただ荒廃した空間のみ。
そして、もう一度扉から入ると、さきほどの生活感満載な空間が広がっている。
私がさきほど中を覗き込んでいた穴も、中からは確認できない。
一体どうなっているのだろう。
まるで扉を境にべつの空間に繋がっているような、そんな異質な場所。
「ど、どうなってんの、これ」
私は紅月に尋ねてみるが、彼女も怪訝そうに首を傾げている。
「わからないわ。これも一種の転移魔法かもしれないけど、生憎、私は専門家じゃないし――」
「おおおおお! こ、これは……!」
フェニ子が目を輝かせながら、祠の中へと入っていく。
「もしかして、なにか思い出したの!?」
私が期待を込めてそう尋ねると、彼女は胸を張って言った。
「すごく暮らしやすそうな場所じゃの!」
その瞬間理解する。
これはさっきスルーされたから、もう一度同じボケをかましているのだと。
くだらなかったから流したのに、聞こえなかったから流されたと思ってしまったようだ。
やはりツッコミは必要なものだと理解する。
そんなことを考えていると、また自然と紅月と目が合った。
どうやら今回も彼女にツッコミの意思はないようだ。
彼女がそこまでしないというのなら、私だってしない。
ここまで来たらもう、とことんまで無視をする。
私は気を取り直して、祠の中を再度見回してみた。
白雉国とはまた違った生活様式だが、たしかにフェニ子の言うとおり暮らしやすそうではある。
まだ丹梅国の庶民の生活というのを知らないが、おそらく大半の人がこんな感じの間取りの部屋に住んでいるのはわかった。
しかし、そんな庶民の部屋に似つかわしくないのが、やはり中央にある宝玉だ。
私はおそるおそるそれに近づいてみると、試しに人差し指で触れてみた。
つるりとした感触はまるでガラスのようで、埃はまったく積もっていない。
おそらくこの宝玉が梁さんの言っていた、四象の連中と対になっている玉だとは思うのだが――
「おおおおおおお! こ、これは……!」
フェニ子がペタペタと玉を触りながら、また声をあげる。
どうせまた肩透かしのボケでもかますつもりなのだろう。
私じゃなくてもいい加減飽きてくる。
「……はぁ」
それにしても参った。
わざわざここまで来たのに収穫はほぼゼロ。
肝心のフェニ子は無駄にボケ倒すし、四象についての手がかりは――
「そうじゃ思い出した。妾、ここを追い出されて、白雉国へとたどり着いたんじゃった」




