決着
白銀に輝く剣。わたしは、今この剣で化け物を相手に戦っている。
病室で、ライトノベルのページをめくるだけの毎日だった頃、こんな日が来ると想像できただろうか。
楽しいかと聞かれたら、少し違う。こんなに必死になって何かを成し遂げようとする事が初めてで、上手く言葉に言い表せないが、こんなにも胸がドキドキするのは初めてだった。
「やあああ!」
白い閃光を纏った一撃が化け物の体に直撃するたび、眩しい程の光が弾けて、わたしの瞳に反射する。
わたしの攻撃が当たったことを確認したアルバートという青年は、追撃の為に走り出す。
「畳みかけるぞ! ついてこい!」
わたしは青年の背を追う。まだ走ることに慣れていない為、少し転びそうになりながらも必死に走った。
アルバートが長剣に光を宿して、化け物を斬り刻む。その青色の光の軌跡を追うようにして、わたしも化け物の懐に入る。
剣に光を纏わせて放つ攻撃を何度か使って分かった事がある。この攻撃は強力だが、連続して使うことが出来ない。少し間を置かないと使うことが出来ない。
つまり、今わたしがここで出来る事は、ゲームの補助無しでこの剣を振るう事。
「重たい……!」
わたしは、剣を重々しく持ち上げて思いっきり振り下ろした。
ガンッ!
「いっ!?」
振り下ろした剣は刃の方では無く、腹の方で思いっきり化け物を叩くようになってしまった。振動が響いて体中が震える。
「なにやってんだバカ!」
――思ったよりも難しいな。
化け物はわたしに向けて斧を振り下ろそうとするが、その攻撃をアルバートが長剣を巧みに扱って受け流す。何度かわたしの目の前で化け物と斬り結んだ後、突然、後ろからわたしの服の襟を掴む。
「うげっ」
カエルの鳴き声のような声を出してしまう。アルバートはわたしを掴んだまま、大きく後ろに飛び退いて化け物から距離を取る。
「ありがとう。でも次はもう少し優しく……」
「次があったらお前は斧で真っ二つだ」
「……すません」
少し調子に乗り過ぎたようだ。わたしはこの技があるからなんとか戦えてるだけで、アルバートのサポートが無いと戦いにすらならない。
――もどかしいな。
その時、化け物が斧に黄色の光を灯すのが見えた。
あの技はたしか、斧を大きく振り回す技で、恐ろしく範囲が広い。アルバートでさえも、わたしを逃がすことで精一杯だった。
――それでも、この人なら。
ずっとこの化け物の攻撃を止め続けてきたのだ。わたしは信じて、自分が出来る事をするだけだ。
わたしはあえて化け物に距離を詰めて、滑り込むように――ほぼ転がるようにして後ろに回り込む。
「……その技はもう見切った」
アルバートはそう言うと、体を少し捻らせて長剣に光を宿す。
――同じ黄色だ。
化け物の斧の振り回し攻撃と、アルバートの長剣の回転斬りが絶妙なタイミングで激しい閃光と金属音を伴ってかち合う。
両者ともに、体が浮き上がって大きな隙を晒す。
「いけ! トワ!」
すでにわたしは長剣に白い閃光を輝かせ、浮き上がった化け物の首筋を捉えている。
こうやって、何かを求めるように名前を呼ばれる事なんて初めての事だった――白い閃光が更に輝きを増す。
なにもできなかったわたしが、諦めることしかできなかったわたしが、誰かに求められて、名前を呼ばれている。
――ああ……わたし、今、生きてる。
閃光が化け物を貫き、わたしを中心に衝撃が広がる。斜め上に突き出した私の剣は、化け物を空へ飛ばす。
甲高い悲鳴にも似た雄叫びを上げながら、まるで時が止まったかのように静止したかと思うと、体中から光が漏れ出す。
そんな光景を目の当たりにしたわたしは、不思議と冷静で、いつの記憶だったか、病室の窓から眺めた花火を思い出していた。
まさしく昼間に打ちあがった花火の様に、化け物の体は光をまき散らして、爆散して消えた。辺りに、光の粒子がさんさんと降り注ぐ。
私の視界に《LEVEL UP》の文字が浮かび、右端には手に入れた物だろうか? それらがずらっと一斉に表示される。
「やった……?」
わたしはその場に脱力したように座り込んだ。手から放たれた剣が大きな音を立てて床に転がる。
どっと体から力が抜けてしまった。ずっと気を張っていたせいか、手の震えが止まらなかった。
光の粒子がまるで雪の様に降り注ぎ続ける中、アルバートは長剣を下ろしたまま、しばらく空を仰いでいた。
「本当に倒しちまったな」
そのまま長剣を持ったまま、わたしの元へ歩いてくる。
「あ、ありがとう。君のおかげで助かっ……え!?」
突然、アルバートはわたしの喉元に剣先を向ける。あまりの驚きに、わたしの瞳が大きく開く。
「質問に答えろ。お前は一体何なんだ?」
状況と質問の意味が全く分からないわたしは、とりあえず愛想笑いをかましながら両手を挙げる。
「あの、どういう事?」
「お前がNPCじゃないなら、正直に質問に答えろ」
そう言って、更に喉元に剣先を近づけられる。わたしは「ううっ」と、情けない声を出すしかできない。
「さっきも言ったでしょ! わたしこのゲーム始めたばっかで何も分からないんだってば!」
「始めたばっかの初心者が一人でこんな場所に来れるわけが無いんだよ。お前は何者だ?」
わたしはひどく混乱していた。何者かと聞かれたが、とりあえずわたしの事を話さないといけないという事だろうか。
「倉木 永遠! 19歳! 身長は151㎝で体重は」
「待て! ストップ! そう言う事を聞いてるわけじゃねぇ!」
アルバートは何故かとても焦った様子で、長剣をわたしの喉元から引いた。
何かわからないが、とりあえず助かったようだ。青年は、大きくため息を吐いて言った。
「はぁ……いいやもう。とりあえず害は無いな。お前相当バカだし」
「は?」
失礼な物言いに、今度はわたしが手元に持っている剣をアルバートに向けて言った。
「ばっ……バカって、君さぁ! いきなり人に刃物向けて脅かしておいてバカって……バカとか言うな! バーカバーカバーカ!」
アルバートは呆れたような顔をして、わたしの向けた剣を簡単に奪う。
「返せ、これ俺のだから」
「ちょっと! わたしだって頑張ったのに! こんな扱い酷くない!?」
「俺一人ならもっと余裕で勝てた」
「さっきの化け物みたいにぶっ飛ばしてやろうか……この」
その時、アルバートは周りを一瞬警戒した後、突然背を向けて歩き始める。
「ちょっ、どこ行くの!?」
「近くでプレイヤーが戦闘してる。俺はここを離れる」
「他にも人がいるの?」
それなら、こんな失礼で不愛想なヤツより、その人に色々と聞けばいいじゃないか。
そう思って、アルバートと真反対の方角へ歩き出そうとした時だった。
「……お前、さっきの敵がどんなヤツだったか知ってるのか?」
「ん? ちょっと強いボスみたいなやつじゃないの?」
わたしはそう答えると、アルバートは再び溜め息を吐いた。
――その溜め息むかつくからやめてくれないかな。
「この森の頂点の《エリアボス》だ。大方、この時間にここまでくるやつは《エリアボス》討伐に来ている連中か……それとも」
「それとも……?」
「ここ最近、《エリアボス》が報告も無いまま速攻で倒されるのが続いててな。その犯人を突き止めてどうこうしようって連中かもな」
ボスから手に入れた報酬の事を思い出す。みんなわたしが持っている報酬が欲しくて、このボスを倒しに来ているという事だろう。
「もしかして、倒したらまずいボスだった?」
「ボス討伐の報酬を持っているお前は、連日の《エリアボス》暗殺の犯人にされるか。報酬目当てのPKプレイヤーに殺されるか、どっちかだろうな」
そう言って、アルバートはその場から去ろうとする。
視界に表示された《アルバートがパーティから離脱しました》の文字。
「待って待って! そんなの知らなかった! 置いてかないで!」
いや、少し待ってほしい。アルバートはさっきのボスを何度も倒した事があると言っていた。
「ていうか、《エリアボス》暗殺の犯人って君でしょ! 君の代わりに犯人にされるなんて絶対に嫌だ!」
振り返らずに歩くアルバートの背を、わたしは追いかけて行った。