守るもの
もう一度言うが《ゴブリンリーダー》は、四人PT推奨の強敵。ソロで挑んで勝利を収めるのは至難の業。
ましてや、《ゴブリンリーダー》は絡め手を使わない純ファイター。故に誤魔化しは効かず、高いPSが要求される。
《ゴブリンリーダー》の咆哮が森に響く。奴は片手斧に緑色の光を灯し、巨体に似合わぬ速さで突進してくる。だが、恐れる必要はない。
――《ゴブリンリーダー》はソロで既に四回は倒している。
当たり前の話だが、四人PT推奨のボスモンスターだから当然、HPは高く設定されている。加えて、あまり戦闘が長引くと他のPTが追いついてきてしまう恐れもある。
四人PT推奨の高HPを出来るだけ早く削り切る事。それがエリアボスをソロで討伐する為の条件だ。
そして、俺が選んだ戦法は単純明快。
――威力が高い武器固有スキルを、出来るだけたくさん当てる事。
そのためには、ヒット&アウェイなどの攻防を重ねる暇なんて無い。
武器固有スキルは威力はとても高いが、一度発動すると止まらない。モーションが終わるまでその他の行動は取れないデメリットが存在する。
なので、本来は敵の大きな隙に当てる必殺技のようなスキル。敵の攻撃の真っ最中に発動するなど、もっての外。
――普通ならな。
さぁ、想像しろ。長剣基本武器固有スキルの一つ、《スイフトスラッシュ》を。
キィィンとスキル発動特有のSEが鳴り響くと同時に長剣に白い光が宿る。
《スイフトスラッシュ》は、長剣を両手で素早く斜め下から斬り上げる技。初期から使える扱いやすい武器固有スキルだ。
俺は、自分の武器固有スキルがどのような体の動きをするのか、そして、《ゴブリンリーダー》が放つ武器固有スキルの動きも細部まで把握している。
奴が放った片手斧突進武器固有スキルの《ブルータルドライヴ》の攻撃判定スレスレで《ゴブリンリーダー》の懐に入り込む。いや、当たらない事は分かっているのだ。
そのまま敵の弱点部位である首元に《スイフトスラッシュ》の攻撃軌道が吸い込まれるようにヒットする。
バチィ! と、大きなクリティカルのSEと、赤いポリゴンが飛び散るようなダメージエフェクトが激しく弾ける。
もちろん、武器固有スキルの種類、発動のタイミング、発動した時の姿勢、位置など、それら全てがほんの少しでもずれれば、即死級のダメージを受ける事になるだろう。
俺は次の攻撃に備えて、長剣の剣先を低く構える。
《ゴブリンリーダー》はうなり声をあげて、片手斧を振り上げる。次の攻撃の判断の材料になるのは、武器のエフェクトの色だ。
――赤色……強撃武器固有スキルが来る……。
武器が纏うエフェクトの色で、どんな性質の武器固有スキルか判別できる。赤色の強撃スキルは高威力だが、発動前後の隙が非常に大きい。
――チャンスだ。
俺の長剣が青く輝く。敵が放つ片手斧強撃武器固有スキル《インパクトフューリー》の空気が震えるほどの強烈な振り下ろし攻撃が、俺の頬をかすめる。
俺は表情一つ変えず敵の懐に入り、長剣に宿った青色の光を《ゴブリンリーダー》の体に何度も叩きつける。
五連撃目の振り下ろしで、あれほどの巨体が川辺の砂利を巻き上げて後ずさる。
長剣連撃武器固有スキル《ブレードバラージ》 最近覚えた扱いやすい連続攻撃技だ。
後はひたすらこれを繰り返すだけ、全神経を研ぎ澄ませ、敵のスキルに対応できるスキルを被せて発動するだけ。
――いつもはそうだった。
《ゴブリンリーダー》はその双眸をギロッと動かして、少し離れた白髪のNPCの方へ向ける。
「まずい」
《ゴブリンリーダー》は片手斧を振り上げて、彼女の方へ迷いなく走り出す。
「え、うそ……こっちに来てる?」
彼女は驚きと恐怖で足がすくみ、その場から動けないでいる。
俺はそぐさま長剣に緑色の光を宿す。俺とゴブリンリーダーの距離を埋めて攻撃するには、長剣突進武器固有スキル《フォワードスラスト》を使うしかない。
剣先を相手に向けて、一歩踏み出すと同時に風になったように俺の体が《ゴブリンリーダー》の背中へむけて直進する。その勢いのまま、敵の足へ思いっきり長剣を突き出した。
《ゴブリンリーダー》は走行中に足を攻撃され、バランスを崩し、激しくその場に転倒。転がった勢いで白髪NPCの頭上を飛び越えて、砂埃を巻き上げて奥の木々へと激突した。
「あぶねぇ……」
もし、《ゴブリンリーダー》の体が浮かび上がってなかったら、彼女は敵の転倒に巻き込まれてタダでは済まなかっただろう。
俺は彼女の前に立って、長剣を構えて臨戦態勢を取る。
「無事か?」
「な、なんとか……」
白髪のNPCは力なくそう答えると、先ほどまでの戦いを見ていたのか、俺に声を掛けた。
「君、凄いね。本当にあんなおっきな敵と剣一本で戦えるなんて」
「そういうセリフはあいつを倒してからだろ」
砂埃が舞い上がって敵の姿が良く見えない。俺は良く目を凝らすと、砂の煙の中から緑色の光がうっすらと煌めくのが見えた。
――突進技!
そう気づいた時には、既にヤツは砂埃を晴らしながらこちらに突進攻撃をしかけてきていた。しかも狙いは俺ではなく、彼女の方だ。
咄嗟に俺は彼女の前に立って、長剣で防御態勢を取る。
《エリアボス》の武器固有スキルには相性の良い武器固有スキルを当てて相殺するのが一般的なのだが、咄嗟の事に俺はそこまで頭が回らなかった。
「ぐっ!」
当然、ただの防御では簡単に守りを崩され、長剣が宙を舞って地面に突き刺さる。
「しまっ……!」
《ゴブリンリーダー》はその目を光らせて、片手斧に黄色の光を宿し始める。
ーー黄色……範囲攻撃!?
そうだ、ソロで挑んでばかりで忘れていた。《ゴブリンリーダー》は複数人のプレイヤーとの戦闘時に限り、範囲技を使ってくる。この技は一度しか見たことが無い為、見切ることが出来ない。
しかも、範囲攻撃を放つという事は、俺だけでなく、彼女も射程圏内に入ってるという事だ。
「くそっ!」
「きゃっ!」
彼女を力いっぱいに後方に突き飛ばした。その瞬間、背中に感じる大きな衝撃。
俺の体は宙を舞った。体が宙に浮いてる間、彼女と目が合う。驚きと絶望が入り混じったような表情だ。
地面に激しく叩きつけられ、HPは――半分ほど削れてしまった。
――結構レベル上げたはずなのに、この威力か。
このボスにここまで大きいダメージ受けたのは、一番最初の挑戦の時以来か。あの時は四人PTを組んでいて、少し苦戦はしたが初見でも討伐に成功した。
史上初の《エリアボス》の討伐で、街に帰ったらお祭りのような騒ぎになったのを覚えている。大変やかましい夜だったが、悪い気分ではなかった。
その夜、PTメンバーのヒーラーがPKされた。
理由は単純明快。《エリアボス》のレアドロップ品目当ての犯行だった。野良のPKプレイヤーの集団に一人でいるところを襲われたらしい。ヒーラーを狙ったのは、単独の戦闘力に乏しい役割だからだろう。
そもそもPKというのは、非現実とはいえ、同じ人間に凶刃を振るう事。それなりの覚悟が伴なう行為だった。明確なペナルティが用意されてるし、すすんでPKをする人はかなり少数だった。
しかし、あの夜のエリアボスを初討伐したPTメンバーのヒーラーが殺害されたという情報はすぐ広まった。みんな表ではPKプレイヤーを非難していたが、成功すれば、同時に手っ取り早く自分を強化できる手段として、PKは広く認知されてしまった。
それから、PKプレイヤーの人口が大きく増加し、その被害を受けたという話をよく耳にするようになった。
俺らのPTは、元々はボス攻略重視だった方針から、PKプレイヤーを倒すPKKの方針に転向した。俺らのPTだけではない。他の攻略系PTも続々とPKKの方針に転向した。
理由は、やはり自分で手に入れるよりも、奪う事の方が手っ取り早いからだ。
そんな恨み、恨まれ、奪い、奪われる負のスパイラルに陥ったプレイヤー達の攻略速度は大きく減退した。
そして、PTの方針転換と、元から人の事は信じられない性格だった俺は、PTを抜けてソロで活動するようになったのだ。
――一緒に戦ってくれる仲間がいれば、こんなヤツ。
いや、俺はなんて馬鹿な事を考えているのだろう。所詮、人は信じるには値しない。ましてや、こんなMMORPGという上辺だけの関係で、その人の本質なんて分かるわけがないのだ。奪い、奪われる関係が本質なんだ。
……そう思っているのに、目の前のNPCの事を守るなんてことしなければいいのに、いくら重要なNPCだと言っても、共倒れしては意味が無いのに。
――一緒になんか、なりたくないんだよ。
人の変貌や裏切りを見てきた俺だからこそ、自分はそうなりたくないと、強く思ったのだ。