邂逅
少し話は遡る。
森林地帯のエリアボス《ゴブリンリーダー》
エリアボスというのは、文字通りその地帯の頂点の存在で、その強さは辺りにいる雑魚とは一線を画す。4人以上のPTプレイ推奨の強敵であり、ソロや生半可な戦力で出会したら、当然逃げの一択。
だが、こいつを一人で倒せるPSを持つプレイヤーなら話は別だ。本来ならPTで分け合う膨大な経験値や素材を独占する事ができる。
俺はそれが狙いだった。
エリアボスは一度倒されると、サーバーメンテ後に復活する。つまり、サーバーが開かれてからの、この数時間が勝負となる。
第一の街「カナル」から、大勢のPTが我先にエリアボスを倒そうと向かって行ったが、俺は奴らよりも先にエリアボスとエンカウントできる策がある。
そもそも、エリアボスは最深部のエリアで無ければエンカウントしない。最深部に辿り着くまで、エンカウントした敵を倒しながら進んだとするなら、最短でも一時間はかかるだろう。
だが、俺は《斥候》のスキルツリーを人並み以上に鍛えており、その中に自分よりも低いレベルの敵とエンカウントしなくなる《隠密行動》のスキルを習得している。
しかし《隠密行動》は、大きなデメリットが存在する。それはPTを組んだ状態だと、PT全員が《隠密行動》のスキルを習得し全員が敵のレベルを上回っていないと発動しないという点。
そもそも《斥候》には、ソロプレイ向きのスキルや癖のあるスキルが多い為、レベルアップ時に付与される貴重なSPを割く人は当然少ない。
だが、俺はソロプレイヤー。《隠密行動》のスキルを習得すれば、他のPTを出し抜ける。
――予定通り、三十分もかからずに森の最深部に到達した。後はその辺を歩いてエリアボスとエンカウントするだけだ。
その時、俺の頭に通知音が響く。
《斥候》のスキルツリーで覚えられる《察知》というスキルの効果だ。半径100m以内で戦闘が行われている場合、通知音とその方角が分かるというスキル。
――嘘だろ? 俺より先にこの森の最深部に到達した奴が……?
ここより北の方角。もしかしたら俺と同じ考え持ってる奴に先を越されたのかもしれない。
俺は急いで、戦闘が行われているであろう河辺に駆けつけた。
駆けつけたのだが……。
そこで行われているのは戦闘では無く、雑魚モンスターであるゴブリン二体に囲まれてるのにも関わらず、達観した表情で地面に大の字で寝そべり、空を仰いでる女性プレイヤー。
「……生贄の儀式か何かか?」
よく見れば女性は、この森の最深部に辿り着けるとは到底思えない装備――というか初期装備。
この異様な光景に俺は思考を巡らせ、一つの考えに至った。
――NPCだ。
状況から考えて、女性はNPCである事はまず間違いなかった。
となると、この女性NPCを助けた時、何か特別なクエストのフラグが立つのではないか?
そう考えた俺は、二体のゴブリンを一瞬で蹴散らし、女性の顔を覗き込むと、白髪のどこか儚げな女性が目を閉じていた。
――雰囲気もかなりNPCっぽいな。
自分から人に話しかけるような人間ではない為、どう声を掛けたら良いか迷う。
そうこうしてるうちに、女性の方が先に目を覚めし、虚ろな瞳でこちらに声をかけてくる。
「新しいゴブリン……?」
「誰がゴブリンだ」
寝ぼけているのだろうか。女性は状況が理解できないと言った表情でこちらを見つめている。
「運命的な出会い……きた?」
「何寝ぼけた事言ってんだ」
彼女は現実離れしたように白く美しい髪を揺らしながら状態を起こした。やはり状況が理解できてないのか、その緑色に澄んだ瞳をパチクリさせるばかりだった。その彼女に、俺は手を差しのべる。
「立てるか?」
「あ、う、うん……」
まるで慣れていないかのように、立ち上がってからも彼女はよろめく。俺はその体を支えると、彼女は苦笑いをしながら、細く「ありがとう」と答えた。
とにかく、何故あんな儀式のような状態になっていたか聞いてみようとする。
「……こんなところで何してる?」
「もしかして、助けてくれた?」
話し出すタイミングが微妙に被ってしまう。少し間を置いて、彼女は俺の質問に答えてくれた。
「……分からない」
わからない? 側から見ても意味分からない状況だったのに、本人が分からないんじゃ、本当にわけがわからないぞ。
もしかして、このNPC……。
「記憶喪失系か……」
いかにも重要そうな雰囲気のNPCに加えて、本人の記憶が無いときた。思ったよりも厄介なクエストになりそうな予感がした。
――あまりのんびりしてる時間は無いんだけどな。
しかし、重要なクエストであればそれだけ報酬に期待ができる。時間をかける価値はあるかもしれない。
「あのっ!」
突然の絞り出すような大きな声に、少し驚く。俺は話を聞こうと、女性の方へ目線を向けた時だった。
プーッ!プーッ!
聞き慣れたエンカウント音。だが《隠密行動》のスキルの効果は切っていないはず。自分よりもレベルが高い魔物はこの森には存在しない。となると、遭遇するのは《隠密行動》を貫通する特別な敵と遭遇したという事だ。
――このタイミングでお出ましか。
《ゴブリンリーダー》との遭遇――タイミングとしては最悪だ。どう見ても、このNPCは一緒に戦ってくれるようには見えない。となると、PT推奨の強敵をソロで、更に強制的に守りながらの戦いを強いられる事になる――正直分が悪い。
――どうする? NPCを連れて逃げるか?
という考えが過るが、非戦力を連れて逃げられる保証は無い。重要NPCの喪失はすなわち重要クエストの喪失と同義だ。
――やるしかないか。
俺は覚悟を決めて、手元に長剣を出現させる。
「下がってろ」
こんなことなら、《守護》にスキルポイントを少し分けて《挑発》くらい習得しておくべきだったと後悔する。それがあれば、彼女だけを逃がす選択肢を取れたのだが。
――《挑発》なんて、ソロじゃ不要のスキルだしな。
たらればを考えても仕方ない。俺は長剣を低く構える。
「あれとやる気!?」
信じられないといった表情で、俺の事を見ている彼女。《ゴブリンリーダー》の気迫に押され、無意識のうちに後ずさりをしている。
「逃げ出すなよ。背を向けたやつを積極的に狙ってくる」
その言葉を聞いた彼女は、はっとして唇をきゅっと結んだ。
恐怖を感じるのも無理はない、NPCにとってこの世界の死は現実の世界の死と同義だ。
「安心しろよ。何度も倒したヤツだ」
――人を守りながら戦うのは初めてだけどな。
そう言いかけた俺は短く息を吐いて《ゴブリンリーダー》へと向き直った。