「急げ、落後するな!」
「前線で族の者が血戦してる。援軍を待ってるんだ!」
「隊列を乱すな!夜間作戦は方向を見失いやすい。新人は特に注意しろ!」
……
山寨へ戻る山道を歩く方源の横を、五人組が次々(つぎつぎ)と駆け抜けていく。
「何か起こっているのか?」たった500メートルの道程で、既に13組の小組と遭遇した。
彼は思案に沈んだが、500年分の記憶は冗長で複雑すぎる。転生以来、回想を止めたことはないが――
依然として霧に包まれた記憶が多く、無理に探れば霧中で方向を見失うだけだ。
鮮烈な記憶だけが真珠の首飾りのようにつながり、方源の前世500年を貫いている。
明らかに今起こっている事態は、この真珠の連なりの中には存在しない。
古月山寨での生活など、前世の初期の中でも最も早い時期のもの。あまりに遠い過去だ。そして……
「もしかすると前世ではこの事件は起こらず、私の行動が変化を生じさせたのかもしれん」
ちょうど、別の小組が出発しようとしていた。
「ん?」方源の姿を見つけると、組員の一人が急に足を止めた。「ほうげん、まだここにいるのか?」
「どうした?」方源が顔を上げると、話しかけてきたのは同期の古月赤城だった。
赤城は眉を顰めた:「おいおい、知らないのか?村の近くに小規模な獣潮が発生してるんだ。放っておけば大規模化して、山麓の村々(むらむら)が押し流されるぞ。凡人奴隷がいなくなると困るんだ」
「ああ、そういうことか」方源の目が光った。
指摘されて、記憶の片隅が蘇った。
この世界では人間の生存が困難だ。数年ごとに獣潮が発生する。人間は資源を必要とし、生活空間が必要だ。獣や昆虫も同様に必要としている!
獣潮を人間と野生生物の戦争と解釈すれば、理解しやすいかもしれない。
青茅山で言えば、三年ごとに大規模な狼の群襲が各山寨を襲う。
「時間的に推算すれば、本物の狼潮は来年爆発するはずだ。だが今の小規模な獣潮も根本は同じ(おなじ)だ。狼の群れが拡大すれば、周辺の他の獣群の生息域を圧迫する。日々(ひび)の積み重ねで限界に達すると、獣群の移動が起きる。移動した獣群が更に他の群れに影響を与える」
「こうした相互影響で、一定の確率で影響が拡大し、複数の獣群が同時移動して獣潮が形成される。早急に抑え込まないと、獣潮は膨張を続ける。古月山寨自体は当分安全だが、放置すれば山寨の戦力が削がれる」
「待て!そう言うなら……」方源の目が鋭く光ったが、即座に瞼を伏せて表情を隠した。
赤城が続けた:「内務堂と外事堂は既に動員令を発令し、緊急任務を出している。ほうげん、サボるな。お前の小組は午前中に出発してる。お前も行く義務がある。だが――」
ここで意図的に間を置き:「獣潮下は危険だらけだ。夜間の作戦は昼間より危険度が増す。一転の小娘ごときが、我々(われわれ)二転と同列に扱われると思うなよ。ククク……」
話しながら赤城は胸を張り、赤い帯を撫で回した。帯の中央に嵌めた鉄板には「二」の文字が刻まれている。
つい最近、古月赤城も祖父赤練の助力で二転に昇進したのだった。
「俺は今知ったばかりだが、そういうことなら」方源が突然笑顔を見せた。「お前たちと同行しよう。前線で小組に合流すればいい」
「は?ふん、誰がお前なんか連れてくか!」赤城は腕組みをして嗤った。
方源は悠々(ゆうゆう)と答えた:「族規に『孤立した蛊師は最寄の小組に編入し、戦闘継続義務を負う』とある。赤城、知らなかったのか?」
「この!」赤城が目を剥き、怒り出さんとした時、
「確かにそうだ」黙っていた赤山が口を開いた。
身長2メートル近く、虎の背中を思わせる屈強な肉体。**裸上の鉄のような筋肉。全身が火炎色の肌から微かな熱気を発していた。
明らかにこの小組の指導者だ。
赤山が口を開いた以上、赤脈後継者である赤城も黙り込むしかなかった。
赤山は無表情で方源を一瞥し、「出発だ。付いて来い」と短く命じた。低音の声に疑いの余地はない。
方源は肩を竦めて了承した。
赤城は冷やかに笑い、方源を悪意ある目で睨みつけて皮肉たっぷりに言った:「しっかり付いて来いよ!」
方源は無視した。
「ふん、調子乗ってんじゃねえよ。ただの一転風情が」赤城が小声で呟いたが、赤山の威圧に逆らえず、これ以上の暴言は控えた。
即刻、六人のグループが門を出、山道を駆け下り始めた。
古月赤山が先頭を切る。巨体だが足は速い。赤城以外の組員は男二人と女一人、全員が冷徹な表情を浮かべている。
走り続ける中、赤山小组は精鋭部隊としての実力を見せつけた。
各組員の呼吸は均等、足運びは速く整然としている。ただ赤城だけが周章狼狽していた。赤丸蛐蛐蛊を頻繁に使い、辛うじて遅れを取らない程度。祖父から仕込まれた訓練の成果か、転びはしないものの四苦八苦している。
山麓に着くと、赤山の手信号で隊列がピタリと停止。
ハアハア……
赤城は300メートル遅れて到着。青白い顔で激しく息を切らせながら、方源を不信感まじりの目で見た。
方源は終始後れずにつき、僅かに呼吸が乱れる程度。新米とは思えぬ落着きぶりだ。
「赤城、体力管理を忘れるな」赤山が振り返り一声かけると、さりげなく方源を見やった。瞳に称賛の色が浮かぶ。
他の組員たちも方源を見る目が僅かに柔らかくなった。
「これより獣潮圏内へ侵入する。赤城、方源、隊列中央に入れ」赤山が前方の黒々(くろぐろ)とした山林を見据えながら指示した。
この言葉に方源は改めて赤山を観察した。
この大男には度量がある。隊列の中央は最も安全な位置だ。方源が漠脈の者ではないのに、赤山は新人保護の姿勢を崩さない。病蛇組の角三と比べれば、格の違いが歴然としている。
空はすっかり暗くなり、厚い雲が積み重なり、積もった雪さえも陰鬱に沈んでいた。
赤山組は隊形を変え、地形の複雑な山林をゆっくり走り始めた。
方源と赤城は隊列の中央に位置。左側には巨漢の赤山、右側には老練の男性。後方には水色の長髪を揺らす女性がついていた。
最前線を担うのは赤舌という名の男蛊師。
偵察役の彼は「シュッシュッ」と蛇のような音を発し、時折舌を突き出していた。
その舌は二股に分かれ、真紅の蛇芯のようになっている。
山林深く進むにつれ、周囲で暴走する野獣が現れ始めた。
突然、赤舌が報告した:「前方に中型生物三頭、野鹿の可能性」
「散らせ」赤山は表情を変えず即座に命令を下した。
六人の隊列は進路を変えず直進。三頭の野鹿が突進してきたが、方向を転換させ散り散りになった。
間もなく、赤舌が顔色を変えて警告:「中型生物群、甲羅猿の可能性」
「迂回せよ」赤山が指示。
小組は即座に左方へ進路を変え、厄介な猿群を避けた。
これが偵察手段を備える利点だ――事前に察知し、適切な対応が可能になる。
「赤舌の使ってるのは蛇信蛊だろう。この二転の蛊虫は熱量を感知できる。だが三つの欠点がある。第一に感知範囲が狭い、第二に干渉されやすい、第三に冷血生物を検知できない。でもないよりはマシだ。俺も二転になったし、偵察用の蛊虫を手に入れないとな」方源が思考を巡らせていた。
突然、前方の赤舌が焦った声で叫んだ:「中型生物一頭、白虎の可能性! 奴らに気付かれた! 急接近中!」
「交戦せよ」赤山の声は冷静そのものだった。
ガウッ!
真白な虎が茂みから飛び出してきた。赤舌の事前警告がなければ、小組は慌てていただろう。
しかし今は全員が万全の構えだ。
右側の老練の男が頬を膨らませ、白い粘液を吐き出した。
粘液は空中で急拡大し、蜘蛛の巣状の大網と化わって白虎を包んだ。
網の中で白虎が暴れる。赤山が踏み込み、金属光沢を放つ拳で虎頭を叩き潰した。
パキン! 頭蓋骨が砕け、白虎は絶命した。
小組は一瞬も停まらず、虎の死体を跨ぎ進んだ。赤舌が再び先頭に立ち、偵察を再開。
一連の流れは水の如く滑らかで、全員の連携が完璧だった。
「前後3秒しかかかってない。もし今の俺が単独で虎を倒すなら、少なくとも5分はかかるだろう」方源の目がきらりと光った。
これらの蛊師の修為は彼と同じ二転だが、主な差は蛊虫にある。
彼等が使用しているのは全て(すべて)二転の蛊虫で、相乗効果を発揮している。一方方源の手元にあるのは依然として一転の蛊虫だ。
蛊師という存在において、蛊虫は師に先立つ。蛊虫の有無が実際の戦闘力に決定的な影響を及ぼす。
「二転には昇進したが、二転の蛊虫を手に入れなければ真価を発揮できない。だが元石はほとんど残っていない。二転突破で大半を使やした上、蛊虫の合成には莫大な費用がかかる」
方源が考え込んでいると、前方の赤舌が突然報告した:「病蛇小组を発見」