広間の灯火が明るく煌めいていた。
円形の食卓には冷めた酒と料理が残る。赤々(あかあか)と燃える蝋燭の炎が揺れ、叔父夫婦の影を壁に映し出していた。二人の影は溶け合い、陰鬱にゆらめいていた。
その眼前で沈嬷嬷が跪いている。
叔父が沈黙を破った:「あの方源め、心底から俺に楯突くつもりか。あの小僧を家に住まわせ、追い出す口実を探すつもりだったのに……まったく、話の余地すら与えやがらん!門前払いを食わすとは!」
叔母が歯を食いしばり動揺した様子で言った:「あの餓狼の子、もう十六よ。遺産を要求されたら拒めないわ。当時受け取った財産、全部内務堂に登録されてるんだから……どうすればいいの?!」
「まず下がれ」舅父が沈嬷嬷を退けると、嘲笑うように言った:「慌てるな。この一年、策は練ってきた。分家するには一転中階の修為が必要――あの小僧は既に到達し、年末考査で首位まで取った。フフ……だがな」
「遺産相続はそんなに甘くない!修為は前提条件に過ぎん。内務堂に申請し、審査を経て任務を達成しなければならん。これは家産分散による内紛を防ぐための族規だ」
舅母が膝を打った:「つまり任務をクリアしなければ遺産が手に入らないのね!」
「その通り」舅父が薄笑いを浮かべた:「だが内務堂の任務は小組単位で発布される。家産任務も例外ではない。角三の組に入った以上、あの小僧一人ではどうしようもない」
舅母が哄笑した:「旦那様、流石ですわ!角三を味方に付けておけば、例え申請させても任務を達成できませ~ん」
舅父の瞳が狡い光を放った:「仮え組に入れなくとも、別の手は打ってある。任務以前に、申請そのものを握り潰す術も準備しているのだ」
……
夜が更け、雪は止んでいた。
道沿いの竹楼が白い霜雪に覆われる中、方源が歩いていた。
雪を踏む度に微かな軋む音。冷たい空気が肺に染み渡り、頭脳を研ぎ澄ませる。沈嬷嬷の誘いを断り、角三らの制止も振り切って独り街を離れた。
「なるほど」足を進めながら思考を巡らせる。「叔父たちは遺産奪回の機会を潰すため、時間稼ぎを企んでいたのか」
「年が明ければ十六で分家の資格が発生する。両親は他界、弟は養子縁組した――成功すれば遺産は全て(すべて)我が物だ。だがこの手続きには二段階の関門が存在する」
「第一段階:他の任務を抱えていない状態で内務堂に申請。第二段階:家産任務を達成し相続権を獲得」
「角三は叔父と結託している。第二段階以前に、第一段階で既に足止めを食らっている」
族規により、蠱師は同時に一任務しか遂行できない。これは任務の濫用による内部競争を防ぐためだ。
角三は腐泥凍土採取任務を完了するや、直ちに野鹿捕獲任務を接収した。
任務は小組単位で発令される――つまり方源は野鹿任務を完了しなければ、分家申請の権利すら得られない。
「その時になれば、角三が再び任務を取るのは確実だろう。組長である彼は任務の引き継ぎで常に一歩先を進んでくる。俺が家産任務に申し込む寸前で、必ず足止めを食らう」方源の瞳が冷たい光を放った。
この陰湿な策略は実に煩わしい――目に見えぬ縄が方源の足を縛り付けているようだった。
だが組に加入したこと自体を後悔はしていない。
当時の演武場で角三が声を掛けてくれたお陰で窮地を脱した。もし組に入っていなければ、叔父夫婦の別の罠に嵌っていただろう。今は彼等の布石を見透かし、冷静に対抗できる立場だ。
「この問題を解決する方法はある。最速かつ最直接なのは角三を消し、叔父夫婦を暗殺することだ。だが危険が大き(おおき)すぎる。奴等は二転の蠱師、一転の俺では力不足だ。成功しても後始末がつかぬ。完璧な機会が巡ってこない限り……」
家僕の高碗や王老漢一家を処刑できたのは、彼等が凡人で命が軽いからだ。蠱師を殺害するのは次元が違う――大問題に発展する。
蠱師は皆古月の姓を名乗り、同族だ。誰が死んでも刑堂の徹底的な捜査が入る。方源は自身の実力を客観的に分析した――今殺人すれば逆に殺される危険が高い。成功しても刑堂の追及が更なる災厄をもたらす。監視対象になるだけでなく、花酒行者の遺産まで暴かれる可能性すらある。
「小さな問題を消すために、百倍厄介な大問題を招く――愚者の所業だ」方源が呟きながら、崩れかけた竹楼の前に足を止めた。
その竹楼は朽ち果てた老人のようで、寒風に晒されながら喘いでいた。
記憶が蘇る。ここは前世借りていた部屋だ。
前世、叔父夫婦に追い出された時、手元には15元石も残っていなかった。数日間路地裏で寝泊まりした後、ようやく見つけたのがこの場所だった。
他の物件より遥かに賃料が安く、日割り計算が可能だった。
「叔父の罠が仕掛けてあるかは分からんが、少なくとも前世の記憶では安全だった」扉を叩く。
30分後、賃貸契約を結び二階の部屋に通される。
床板が軋む音が不安を掻き立てる。
室内には補修だらけの布団が一枚、破れた綿が覗くベッドがあるだけ。
枕元の油灯に火が灯され、家主は去って行った。
方源は横にならず、床に座り直して修練を始めた。
空竅の中で元海の潮が満ち引きし、波濤が生滅していた。一滴一滴の元水は全て(すべて)墨緑色を帯びていた。
空竅の内壁は分厚い白い晶膜に覆われ、半透明に輝いていた。
正に一転の頂点を極めた光景である。
突如、青銅色の元海が激しく沸騰し始めた。獣の群れが突然狂暴化したように、竅壁目掛けて自爆的な突撃を開始する。
ゴォォ……
激浪が竅壁を強打し、飛散した水飛沫は緑色の結晶と化って消滅した。
瞬く間に元海の44%が消失し、大量の真元が消耗される。
分厚い晶膜にも無数の亀裂が走った。
だが亀裂だけでは不十分――方源が二転に昇格するには、この晶膜を完全破壊し「破れて後立つ」必要があった。
墨緑の真元が竅壁を衝撃し続ける。亀裂は網目状に広がり、深い溝へと変貌していく。
しかし元海が枯渇すると、晶膜の傷は修復を始め、亀裂は薄れていった。
方源は驚かず、意識を現実へ戻し目を開いた。
油灯は既に消えていた。元々(もともと)灯油が少なかったのだ。
部屋は暗闇に包まれ、窓の隙間から漏れる雪明かりだけが微かに光る。
暖房のない部屋の冷たさが骨に染みる。座禅を組んだまま長く動かず、寒気が体に滲み渡っていた。
彼の黒瞳は暗闇と同化していた。
「角三の封鎖を突破するには、殺人より簡単で安全な方法がある。二転に昇格することだ!一転蠱師には任務放棄権がないが、二転になれば年一回の放棄が許される。昇格すれば任務を捨て、分家を申請できる」
「だが二転突破も容易ではない」そう思い、方源は静かに嘆息した。ベッドから降り、狭い部屋をゆっくりと歩き回る。
初階から中階、中階から高階へ――これらは小境界の昇格だ。一転頂点から二転初階への突破は大境界の飛躍。両者の難易度は比べものにならない。
簡潔に言えば、晶膜を破壊するには爆発的な力が要る。短時間で十分な衝撃力を集中させ、晶膜を粉砕しなければならない。
だが方源の素質は丙等。元海の真元は四割四分しかない。全力で晶膜を衝撃しても、瞬く間に真元は枯渇してしまう。
先ほど同様、真元が尽きれば衝撃を継続できず、晶膜は自己修復能力で徐々(じょじょ)に回復する。方源の努力は水泡に帰すのだ。
「晶膜を破り二転に至るには、通常少なくとも五割五分の墨緑真元が必要だ。俺の素質では最大四割四分。だからこそ人々(ひとびと)は『素質は修業第二の要』と言うのだ」
思考を巡らせながら、方源は徐ろに足を止めた。
気付けば窓際に立っており、無意識に窓枠を押し開いた。
窓を隔てて風が竹を驚ろかし、窓を開けば雪が山を満たす。
月明かりの下、雪は白玉の如く、眼前広がる世界を水晶の宮殿の如く覆い、塵一つなく清らかだった。
雪明かりが方源の若い顔を照らす。表情は沈静、眉は緩やかに広がり、双眸は月下の幽泉のようだった。
寒風が顔を打ち付ける中、少年はふっと笑った:「不過是些許風霜罷了(ふかくは しょせい そうそうのごとき)」
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