方正と漠塵が擂臺に相対する。
「方正、二転の修為があるからって俺が負けると思うなよ!今日こそ越級挑戰してやる!」漠塵は歯を食いしばり、心の中で自分を奮い立てていた。二転の圧に押されながらも。
「かかってこい!」方正が低く喝すると猛然と駆け出した。
漠塵の心臓が跳ね上がる。月刃撃ち合いから始めるのが常套なのに、いきなりの体当たりとは!「近接戦で月刃を撃たれたら避けられないのに……」混乱しながら後退、手首を翻して月刃を放つ。
方正は冷静に地面に伏せて転がり回避。掌に月華を蓄えつつ追撃を続ける。
「発射せず保持……?」漠塵は冷汗をかきながら後退を重ねる。族長直伝の方正に比べ、基礎訓練しか積んでいない自分の技量が露呈していく。
「おっ、あの擂臺面白いじゃん」観客たちの視線が集まる。
「至近距離での戦いか。方正やるな」薬紅は双子を見分けていた。冷徹な方源とは対照的に、方正は陽光を纏った顔をしている。
古月青書が目を細める:「通常10メートルの戦距を6メートルまで圧縮。月刃回避の動作も洗練されてる。族長の英才教育と本人の努力の賜物だな」
「弟!」漠顔は擂臺で追詰められる漠塵を見て唇を噛んだ。助けに上がって方正を殴り飛ばしたくなる衝動を抑えきれない。
赤山は無表情のまま黙視を続け、何も語らなかった。
方正は漠北との距離を6メートルまで圧縮すると、それ以上接近せず月光蠱で月刃を撃ち合った。
漠北は慌てふためき、数度月刃に掠められる危険に晒された。対照的に方正は余裕があった。
回避できなくても玉皮蠱という切札がある。翠緑の光を纏えば月刃を防げるのだ。
圧倒的優位に立つ中、方正の脳裏に族長の教えが蘇る。月明かりの下、一つ一つ躱し方を指南され、経験を注ぎ込まれた夜の記憶。
「族長様、必ずや……」方正の瞳が鋭く輝き、戦意が沸騰していく。
天幕の下で族長は内心で頷いた。「資質と努力の結晶だ。一滴また一滴の汗が今の君を作った。その気概のまま突き進め!」表面では静かに微笑みながら観戦し続けた。
血に染まった漠北は15分後に膝をついたが、なおも執念で叫んだ。「まだ……負けてねえ……!」
司会の蛊師が宣告する。「勝者、古月方正」
数人の蛊師が擂臺に駆け上がり、暴れる漠北を治療所へ強制連行した。
「卒業生の一年後レベルの戦闘だ」
「甲等の天才は流石だ」
「族長直々(じきじき)の指導を受けてるんだから、当然だろう」
擂臺下の蛊師たちから感嘆の声が湧き上がった。
古月方正は肩を波打たせながら降り立つと、三人の治療班が取り囲んだ。元石を無償で供給され、真元を急速回復させる。
休息を経て完全回復した方正は再び擂臺に立ち、今度は古月赤城と対峙した。
「いいぞ方正!漠北を倒したお前を俺が倒せば一石二鳥だ」赤城が乾いた笑いを零す。自信満々(じしんまんまん)だ。
方正は唇を結んだまま突進。
「龍丸蛐蛐蠱!」赤城が念じると、脚に橙光が纏わる。軽やかに跳ねて10メートル後退。
「へへっ」赤城が嗤う。「脚力強化の蛊も持たないお前には追いつけん。この擂臺で十分遊んでやるよ」
「そうかな?」方正が突然静止。眼光を鋭くする。「龍丸蛐蛐蠱の使用毎に真元を消耗するだろ?一转青銅真元の貴様と二転赤鉄真元の俺では耐久力が三倍差。資質差も加われば……最後に干上がるのは貴様だ!」
「くっ……!」赤城が顔色を変える。自身の弱点を見逃していた事実に気付き、闘志が砕け散った。
「何⁉ 方正が二転に⁉」周囲の蛊師たちが騒然となる。昨日公表された修為検査の結果は限られた者にしか伝わっておらず、大半が初耳だった。
「甲等の天才は本物だ。この方正、本当に我が族の希望になるかもしれん」
「白家の白凝冰に対抗できるのは彼しかいないだろう」
「学堂で二転に達し、基礎も完璧。族長が心血を注ぐのも当然だ」薬紅が呟く。
青書も感慨深げに語る:「暗殺未遂を経てから修行に鬼のようだ。天性と努力を兼え備えた逸材。成長すれば……いや、わしの負担が増えるだけか」
「フフフ」族長古月博が忍び笑いを漏らす。以前方正に指摘した赤城の性格的欠点を実戦で活かす姿に満足していた。
「今期の首席は方正で決まりだな」側に座る古月漠塵が発言。
古月赤練は鼻で冷やかな笑いを出し、場内を凝視していた。孫の赤城が方正を倒し赤脈の威信を高めることを切望していた。
だが現実は逆。擂臺で闘志を喪失した赤城は失態を連発、最後に隙を突かれて場外に放り出された。
「勝者、古月方正!」
古月赤練の顔が青ざめる。方正が誰もが注目する存在となった。
「漠北と赤城を連破。武勇と知略を兼備した今期随一だ」
「当然だろう。残念ながら彼を小組に勧誘するのは無理だ」
「族長派が漠脈と赤脈を抑え込む未来図が見えるな」
残りの二基の擂臺では、戦闘がなおも続いていた。
方正は早々(はやばや)と擂臺を降り立ち、周囲の自分への賞賛の言葉に耳を傾けながら、明らかな生まれ変わった感覚に胸を震わせていた。
違う。以前の自分とは。
認められることへの興奮、評価される喜び、肯定される幸福感が心臓を満たしていた。
冷たい冬風が吹き付ける中、彼は春のような温かさを感じていた。
「最終戦、古月方正対古月方源!」しばらく後、司会の蛊師が叫び上げた。