樹上小屋の内部は狭いが、物が多く雑然としている。一瞥しただけで散らかっている印象を受ける。
中央の床には暗黄色の分厚い毛布が敷かれている。
壁際には薪用の鉄製ストーブが設置され、その上に銅製のやかんが載っている。ストーブ内部には燃え殻の黒い灰が残り、横には未使用の乾燥した薪が小さく積まれている。
夏であっても山の夜は冷え込むため、この小型ストーブで暖を取れる仕組みだ。
小屋には窓が二つあり、片側の窓枠からロープが数本這い回わり、反対側の窓枠まで張り渡されている。
ロープには古びた衣服が干されており、パッチワークが施された大人用の服には未だ湿気が残っている。
沈みかけた夕日が窓から差し込み、薄暗い室内を照らしている。
壁際に立てかけられた斧と猟刀は、柄の部分が獣皮で巻かれており、刃には暗赤色の血痕が付着している。
反対側の壁には竹紙が貼られ、中央に短刀が突き刺さっている。
竹紙に描かれた少年の顔——それは紛れも無く方源そのものだった。
この光景は、最近誰かがこの隠れ家に住み着き、方源を標的にしていたことを如実に物語っている。壁に突き立てられた短刀が、その悪意を露骨に表現していた。
当事者である方源が動揺しないわけがなかった。
「こいつは何を狙っている? 俺だけを狙ってるのか? いや、違う……もしかしたら方正か?」方源の頭の中で思考が激しく渦巻いていた。
方正は甲等の素質——古月一族三年ぶりに現れた唯一の天才であり、一族の希望だ。もし無事に育成できれば、次世代の旗頭となる存在。
しかし成長過程には天災あるいは人災が付き物。
天災は置いておくにしても、問題は人為的な妨害だ。青茅山には古月山寨だけではなく、白家寨と熊家寨が存在する。この二大勢力が古月族の甲等天才育成を座視するはずがない。
暗殺者の派遣は常套手段だ。
この世界で天才が少ないのではなく、無事に成長できる者が稀なのだ。甲等資質の蛊師も過去に存在した。三年前も古月族から現れており、更に昔にも幾度か輩出している。
だが青茅山の三大山寨でここ数年の間に育成された甲等天才は一人——白家寨の白凝冰だけ。現在すでに三転の実力を持つ彼女の存在こそが、この厳しい現実を物語っている。
「こいつは白家寨の者か、それとも熊家寨の刺客か? もう古月方正の抹殺を始めたとでもいうのか?」方源は眉を寄せ、木壁に貼られた肖像画を睨みつけた。
「だがなぜ王老爺の獣皮地図にこの樹上小屋のマークが? まさか王老爺が他勢力の隠密だったのか? いや、違う……こいつは俺を狙ってる!」
方源の瞳が鋭く光った。
この瞬間、過去の記憶が次々(つぎつぎ)と蘇る。
最初の場面――罠の傍らで聞いた四人の若い獵師の会話:
「王二兄さん、十九にもなったんだから嫁もらって子供作ったらどうだい?」
「ふん! 男がそんな色事に溺れるか! いつか青茅山を出て天下を見て回るのが男の本懐だ!」
二度目の記憶――方源が手を下した後の王二の異様な冷静。弓を引いて真っ直ぐに狙いを定める王二に対し、他の三人は早くも命乞いしていた。
三度目の場面――方源の尋問:
「王老爺の家族は他にいるか?」
獵師の返答:「王狩人頭には昔妻がいましたが、十数年前に野狼に殺されました。二人の息子と一人の娘がいましたが、長男の王大は三年前に狩りの事故で亡くなり…今は誰も残っておりません」
「あ、思い出した! 王大には嫁がいました。でも王大が行方不明になった後、その女は後追い自殺したんです。山寨から貞節牌坊が下されたって話ですが…実は王老爺が無理矢理死に追い込んだって噂も…」
別の獵師が慌てて便乗:「そうなんです! 大人、あの爺いは本当に嫌な奴でした! 狩りが上手いだけで偉そうにして…わざわざ村を出て一人で暮らすなんて! 後輩として何度か教えを請おうとしたのに、木小屋の近くにすら寄るなって追い返すんです!」
王老爺一家が村を離れ孤立して暮らしていたこと……
長男の王二が三年前に狩りで山で死亡したこと……
王大の妻が再婚を望んだため王老爺に自殺を強要され、貞節牌坊を授かったこと……
王老爺が狩猟の教えを請いに来た若者を追い返していたこと……
獣皮地図の三箇所の赤丸を意図的に隠し、方源に渡した竹紙には記載しなかったこと……
若い王二が蛊師に対して異様な冷静さを保ち、結婚せず凡人を超越する野望を抱いていたこと……
更に決定的なのは、獣皮地図の赤丸が示す隠れ家に人間の生活跡があり、方源や方正へ強い敵意を持つ者が存在したこと……
これらの事実は個別では気付き難いが、繋ぎ合わせると不自然極まりない!
方源が思考を深めるほど、眼前の霧が薄れていく感覚があった。
窓から差し込む夕陽が彼の顔を血のように染め上げる。
周囲が不気味な静寂に包まれ、背後から誰かに見張られているような感覚……
突然、方源の目が爛々(らんらん)と輝き、時空を貫いて真実を看破した。
「王大は死んでいない」
その瞬間、彼の瞳から鋭い光が迸った。
「ただ生き残っただけでなく、魔道蛊師へと転生していたのだ!」
凡人に修行の素質がないわけではない。各家族が蛊師の修得方法を厳重に管理しているだけだ。
しかし絶対ということはない。
凡人が蛊師になる例もある——野良で希望蛊に出会い空竅を開く者、力の継承を受ける者、族内の者から密伝を授かる者など。
だがこうした蛊師は家族に容認されず、せいぜいが末端の用心棒にされる。不満を募らせた彼等は孤独な蛊師となり、過酷な修行環境で資源を奪い合ううちに魔道へ堕ちていく。
「何かの縁で——最も可能性が高いのは、死んだ蛊師の遺産を手に入れたことだろう——王大は三年前に蛊師になった。人目を欺くため死亡の偽情報を流したが、実際には遺体を目撃した者は誰もいない。王家がこの事実を知ると、村を出て野獣の危険を冒しても孤立して暮らし始めた。真実を隠すためだ」
「だがここで亀裂が生じた。王大の妻が古月山寨への報告を主張したかもしれない。王家は彼女を殺害し、『再婚希望』『強要自殺』など真偽混じりの噂を流し、真相を流言の下に封印した」
「王大は定期的に実家に戻っていた。王老爺は教えを請いに来る若者を追い払い続けた。弟の王二は兄と接するうちに蛊師への恐怖が薄れ、自らも蛊師になり外界へ出る野望を抱くようになった」
「王大の行跡が漏れるのを恐れ、王二は結婚適齢期を過ぎても妻を娶らなかった。王大が常駐できないため、獣皮地図の三箇所の赤丸——これらは全て(すべて)隠れ家の位置だ。狡兎三窟の如く、三大山寨の勢力の隙間で生活していた」
赤丸の意味が今明らかになった!
赤は重要なものを示す——王老爺にとって長男の居住地だ。方源に地図を描かせる際、竹紙から赤丸を意図的に除外し、復讐の機会を伺っていた。
「おそらく毎年決まった時期に王大は実家に戻っていたのだろう。家族が殺された事実を知り、私を突き止めた。壁に私の肖像を短刀で刺したのは、復讐の意思表示だ」
前世の経験から、方源はこの推理が真実だと確信していた。
もし他勢力が方正を暗殺したいなら、もっと巧妙に行動できただろう。王老爺のような凡人のスパイを育成する必要もない。そもそも王老爺は古月山寨内ではなく山麓に住んでいたのだから。
「まさか獣皮地図一枚のため、魔道蛊師の刺客を呼び寄せるとは……世の中面白いものだ」方源は思わず嗤り笑った。
王二→王老爺→王家の娘の順で殺害したのは、地図を迅速に入手するためだった。村一の狩人である王老爺の地図が最良と判断したからだ。
当時は「三人の凡人ごとき、ついでに殺しただけ」と高を括っていた。
この世界で、生きる権利も死ぬ権利も誰にでもある。
まさか魔道蛊師が現れるとは……!
だが方源に後悔は微塵もなく、寧ろ安堵していた。
もし甘い対応をしていれば、王家の者たちが王大の秘密を守るため地図を偽造しただろう。
王二の戦闘力は一転高階蛊師を倒せる程。王老爺は老獪で、実戦では更に脅威だった。
真の地図を渡されても、王老爺が王大に情報を流せば、方源の情報が筒抜けになる。暗がりの王大が主導権を握り、方源は完全に不利な立場に立たされる。
「即座に殺して正解だった! 真の地図が得られなくても他の狩人から奪える。王大に情報収集の時間を取らせた上、生き残った二人の獵師も消されているはずだ」
関係者は限られており、王大は江鶴を殺せない——殺害すれば族内が調査に乗り出す。だが二人の獵師が「山で行方不明」なら江鶴も評価維持のため黙認し、むしろ隠蔽に協力するだろう。