灼熱の夏陽が青茅山を照りつけ、山風さえも熱気を運んでくる。
瞬く間に六月末となった。
「古月方正!」学舎で家老の声が響く。
方正が席から立ち上がり、教壇の前へ進み出た。周囲の羨望の眼差しを浴びながら、元石の入った重い袋を受け取った。
「お前が最初に高階へ昇格した。三十元石の褒賞だ。良くやった」家老は満足げに肩を叩いた。
「はい!」方正は顔中に喜びを滲ませ、小脇に袋を抱えて席へ戻った。
「ついにやった……兄貴、見てたか? 俺が初めて君を越えたんだぞ!」
瞳を爛れさせながら、視線を教室の隅へ向ける。方源は相変わらず机に伏してぐっすり寝入っていた。
昨夜、山猪一頭を狩り、白豕蛊で肉体強化を行い、元石から真元を吸収。酒虫で精錬した後、高階真元で空竅を温養する作業を夜明けまで続けたのだ。朝食を慌てて済ませ、授業が始まるや否や爆睡している状態だった。
「……寝たふりしてても無駄だぜ、兄貴。これが現実なんだからな」
拳を硬く握り締めながら、胸の奥で叫ぶ。「これが最初の一歩だ。二度目、三度目も必ず……」
長い間方源の影に怯えてきた心に、細いが確かな光が差し込んだ瞬間だった。
「ちぇっ、方正に負けるなんて」古月漠北は腕組みしたまま席に座り、歯噛みしていた。
「甲等の素質ってこんないいことあるのか……くそ」古月赤城は険しい表情で呟いた。祖父の支援を受け努力しても及ばない現実に苛立っていた。
「酒虫さえ手に入れりゃ、祖父ちゃんの力借りて逆転できたかもな! 方源兄弟め……弟は甲等、兄は丙等なのに酒虫持ってやがる。全部独り占めかよ!」
周囲の生徒たちも騒ぎ出した。
「方正が最速で高階か」
「甲等だから当然だろ」
「方源、酒虫持ってるくせに役立てず寝てるだけじゃねえか」
家老が教卓を叩き「静粛に!」
ザワついていた教室が水を打ったように静まり返った。
「諸君は既に第二の蛊を掌握し、高階に達した者もいる。次は実戦だ」
「三日後に年中考核を実施する。内容は山猪の牙狩り。獲得数に応じて成績を評価、牙一本につき十元石を支給する。チーム戦も可」
教室が再び騒然となる。
「遂に実戦か!」
「市価なら牙二十本で一元石なのに、十倍の価値だぞ」
「丁等の俺でもチーム組めば……」
「方源さえ動けば……」
隅で寝ていた方源の眉が微かに動いた。
「変わった……! 前世の年中考核は野生の蜂蜜採集だったはずなのに、まさか山猪の牙狩りに変更されるとは。これがバタフライ効果か?」
蝶が羽を一回振るうだけで大洋の彼に嵐を起こす。微かな変数が重なる影響で、最終的に巨大な変化を生み出す。
転生以来、方源は数多の変化を起こしてきた。前世では方正らに完全に置いて行かれていたが、今では生徒の最前線に食い込んでいた。
前世では賈金生を殺すどころか会うことすらなかったが、今世では彼を殺害し、花酒行者の秘蔵の奥義まで暴き出した。
これらの変化は蝶の羽の一振るいに似て、間接的に周囲に影響を与え始めた。年中考核の変更は、その最初の顕われに過ぎない。
「このまま影響を与え続けたら、未来の歴史が全て変わってしまうのではないか? 転生者としての優位性が失われる……」
方源は表情を動かさないが、心の奥で嘆息した。無力感と焦燥感が同時に襲ったが、すぐに気持ちを整えた。
「起こりつつある変化は止められない。たとえ未来が全て変容しようと、成長の歩を緩めるわけにはいかん!」
「前世で未知の未来に立ち向かえた勇気が、今の俺にないとでも? はっ! たとえ世の中が茨だらけでも、俺は自ら刀を振るって血の道を切り開く!」
「牙一本で十元石か……秘洞に隠した牙の山を売り払うべきか? だが大量に出せば疑われる。逆に古月一族の政情を利用して火中の栗を拾う手もあるが……」
首を微かに振りながら考える。「百五十元石程度ではリスクが大きすぎる」
「待て……元石など取るに足らない。むしろこの機会で『実力はあるが奔放』という評判を固められる」 目の奥が鋭く光った。
彼が求めるのは黙って大儲けし、目立たぬよう行動することだ。もし花酒行者の継承の秘密が発覚すれば、命さえ危うくなる。
しかし現在の彼の立場は微妙だ。同級生全員と対立し、組織の枠組みから外れた存在。上層部から見れば「手に負えない不満分子」「冷徹な丙等の若造」という烙印を押されている。
「不忠誠」のレッテルは厄介だ。いかなる組織も忠誠心を求める。家族への忠誠、国家への忠誠——この世の常だ。
修行が進むほど上層部の監視が厳しくなり、いずれ強硬な手段を取られかねない。そうなれば完全に受動的な立場に追い込まれる。
方源は受身を嫌う。常に主導権を握ることを好む。これまでの行動——駆け引きや他者の力を利用した印象操作——は全て(すべて)自己防衛のためだった。
「今や自衛は十分。次は成長だ」
上層部に「体制に従順になった」と思わせつつ、急な変化で疑われぬよう細心の注意が必要だった。ただし本音では組織に縛られるつもりなどない。数多の秘密を抱える彼には、孤独な自由が不可欠なのだ。
「年中考核が転機になる」
方源の目が鋭く光った。「まずは今から同級生への強請りを再開するか。全て(すべて)は計算通りだ」