第六節:未来の道は、めっちゃキラキラするよ!
「空竅は玄妙極まりなく、方源の体内に宿りながらも五臓六腑とは異次元に存在す。無限大とも無限小とも言えん。
或いは紫府と呼び、或いは華池と称す。されど多くは『元海空竅』と名付く。
球状を成す空竅の表面は白光流転し、希望蠱の炸裂より凝縮せし光膜に覆わる。この膜こそ空竅崩壊を防ぐ支柱なり。
竅内に広がるは元海──鏡面の如く平滑なる碧青色の海。青銅の輝きを帯びた濃密なる真元の凝結、俗に『青銅海』と謳わる。
海面は空竅の四割四分に満たず、丙等資質の限界を示す。滴る海水の一粒一粒、方源の精・気・神の結晶にして、十五年に亘り蓄積せし生命の潜勢力なり。
今や蠱師の道に入り、真元をもって蠱蟲を駆使する境涯、ここに開けり。」
「空竅開闢なり。希望蠱の流入途絶え、方源は前方の重圧を岩壁の如く感じつつ、足を止める。『前世と変わらぬ結果か』薄笑いが零れる。
『これ以上進めぬか?』対岸から学堂家老の声が震える。方源は振り返り黙って戻り始めた──これが全ての答えだった。
『まさか…方源が二十七歩しか進めなかっただと!?』
『丙等資質の凡才だと!?』
少年たちの驚愕が波紋を広げる。
『兄上…』古月方正が人群から顔を上げ、川を戻る方源を凝視する。甲等の逸材と信じて疑わなかった兄の現実に、思考が凍りつく。
暗闇で拳を握り締める古月族長の嘆息が重い。『丙等か…』監視役の家老たちの囁きが交錯する。
『測定誤差の可能性は?』
『荒唐無稽!元海の容量測定に誤謬などあるものか』
『ならば彼の詩才や聡明さは?』
『資質優位者が超越的特性を示すのは当然だが、逆は必ずしも真ならず』
『希望は失望に転ずるもの…古月一族の未来もここまでか』
……
「冷たい川の水が足袋をびしょ濡れにし、骨まで沁みるような冷たさだ。方源は相変わらず無表情で歩き続ける。距離が縮まるにつれ、学堂の長老の重苦しい表情がはっきり見えてくる。百人以上の少年たちが投げかける視線も、鋭く感じ取っていた。
その視線には驚き、衝撃、嘲笑、他人の不幸を喜ぶもの、悟ったようなもの、無関心なものまで混ざっていた。前世と全く同じ光景が目の前で繰り広げられ、方源は思わずあの時を思い出す。
あの時は天が崩れ落ちるような気分だった。川で足を滑らせて転び、ずぶ濡れになり、魂まで抜け出したように放心状態に。それでも誰一人手を差し伸べる者はいなかった。失望と冷たい視線がナイフのように心臓を刺し、頭は混乱し、胸の奥が締め付けられる痛み──雲の上から地面に叩きつけられるような、高く登れば登るほど深く落ちるあの感覚。
だが今生。同じ状況に直面しても、方源の心は驚くほど平静だった。『逆境に立ったら心を希望に預けろ』という言い伝えをふと思い出す。今その希望は体内に宿っている。たとえ小さくとも、修行の素質すらない連中よりはマシだ。
周りが失望しようが、それがこっちの何の関係がある? 大事なのは自分が希望を持ってることだ! 五百年の人生で悟った──人間の面白さは夢を追いかける過程にある。他人の失望や好みに振り回される必要なんてない。
己の道を進め。周りが失望しようが、気に入らなかろうが、どうだっていい!」
「……はぁ」学堂の家老が深いため息をつくと、「次、古月方正!」と叫んだ。
しかし返事はない。
「古月方正!!」家老の声が鍾乳洞に反響する。
「え? はい! はい!」方正は呆然とした状態から我に返り、慌てて走り出すも足元がもつれ、どさっと川に転落した。
「わははは!」爆笑が起こった。
「方家の兄弟ときたら…」古月族長が舌打ちし、方正にすら嫌悪感を露わにする。
「こんな恥ずかしい…!」川の中でバタバタともがく方正。滑る川底で何度も転び、周囲の笑い声に焦りが募る。その時、突然強い力で首根っこを掴まれ、水面から引き上げられた。
顔を拭い見上げると、兄の方源が自分の襟首を掴んで立たせていた。
「兄…」声を出そうとして水を飲み、激しく咳き込む。
「見ろよ方家の情けない兄弟!」岸から野次が飛ぶ。
笑い声がさらに大きくなる中、学堂の家老も仲裁せず失望げに眉をひそめる。
「行け。これからの道は…面白くなるぞ」方正の耳に兄の声が流れ込む。
岸の人々には見えないが、方正には分かった。方源の平静な表情、口元に浮かんだ謎めいた微笑み。
「丙等なのに…なぜ兄は?」混乱する方正。
方源は背中を軽く叩き、何も言わず去る。
方正はぼんやりと花畑へ歩き出した。「兄があんなに落ち着いてるなんて…私だったら…」考えながら無意識に進む彼は、気付かぬうちに前人未到の領域へ──
「43歩目!!」
「なんと!甲等の資質だ!!!」学堂の家老が声を震わせる。
「甲等だと!?」「三年ぶりの天才現る!」
陰から見守っていた家老たちも規律を忘れ叫びだす。
「ほう、方の血筋は元々我が赤脈の分家。この子は我が赤脈が預かる」古月赤練が宣言。
「ふざけるな!お前如きが育てられるか! 我が古月漠塵が引き取る!」
「争うな!この子は本族長が直々に育てる。異論ある者は我が名・古月博に逆らうぞ!」族長の目が充血し、先までの失望を吹き飛ばすように熱狂していた。