車輪轟き、馬嘶く。
百万の規模を誇る浩蕩たる隊列が、北原の中央に位置する王庭地区を目指して、一路前進している。
暴風雪が屋外を荒れ狂い、大胃馬さえも頭を上げられない。
地上の積雪は膝までも達し、一歩一歩の前進が常に増して困難を極める。
藍田蛞蝓蛊の群れがよろよろと歩き進む。その腹は各種の物資で満たされ、元々(もともと)象の三倍ほどしかなかった体躯が、今や小山のように巨大に膨れ上がっている。
数多の馬車の隊列が、藍田蛞蝓蛊の後ろについて行く。後者は此れら凡人に向かい来る風雪を遮り、全身に氷のつららがびっしりと付いている。
蛞蝓蛊が凍死するのを防ぐため、平均して三人の蛊師が一頭の蛞蝓蛊を担当し、専ら其の体の霜を取り除き、同時に炎道蛊虫を使って暖を取り、体温を維持する。
大軍は王庭の方向へ一路前進する。ますます激しくなる風雪が、大軍の速度をますます遅くさせる。
大量の凡人奴隷が途中で倒れ、二度と起き上がれない。
黑楼蘭は蛊師に命じて彼等を救助することもできたが、然しそうしなかった。
王庭福地は、広大な地域に五百万人を収容できるほどであるが、黒楼蘭に言わせれば、此の福地内の資源は全て(すべて)己のもの――何故卑しい奴隷共に分け与える必要があろうか?
一人増える度に、彼の手から流れ出る利益も増えるのだ。
吹雪に乗じて、大量の無用な凡人を意図的に犠牲にするのは、歴代の王庭之主にとって暗黙の了解である。
凡人の生命など、惜しむ値打ちもない。彼等は雑草の如く、雪害が過ぎれば速やかに繁殖し、瞬く間に蔓延する。そして蝗の如く北原の貧しい資源を食い荒らし、次の十年雪災の到来を待つのみである。
寒風は一層強まり、人々(ひとびと)は風圧に抗いながら、うつむいて前進を続ける。
方源が大蜥屋蛊の中にいながら、窓の外で轟く風の音が聞こえてきた。
大蜥屋蛊の内部は、暖かな春のようであった。此のような過酷な環境で其を駆り立てるには、以前よりも五六倍も多くの真元を消費する。しかし方源にとっては、五转巅峰の空窍一つ分の九割をもって此の消費を支えるのは、余裕で足りる話であった。
況んや、最近になって彼の第二空窍も五转高阶にまで向上していた。
方源は窓辺に歩き寄り、半透明の密封窓を透かして左前方を見つめた。
其処には、馬家の隊列があった。
馬英傑は族長の座を継ぎ、馬鴻運も現れ、趙憐雲さえも彼の側にいる。
此の点について、方源は既に暗り探りを入れており、葛家の者に馬鴻運と趙憐雲を陰から気にかけるよう伝えてあった。
記憶にある限り、馬鴻運は八十八角真陽楼で巨陽仙尊の一つの伝承を手にしている。方源の次の計画において、彼は非常に有用な駒となるだろう。一方趙憐雲は、現在まだ幼く、何の脅威もなきが故に、馬鴻運と親しくしている現状を観察することから始める方針である。
「五百年前世、馬鴻運は現れた。今、私の影響があるにも関わらず、彼は同様に現れた。では未来において、彼と趙憐雲は前世の如き成り行きを遂げるのだろうか?」
転生を経た後、方源は歴史の変容という命題に対し、心底から湧き上がる興味を抱いていた。
歴史の洪流には、惰性もあれば変転もある。
彼自身の経験から見れば、地球上の蝶々理論は少し偏っているように思われる。
五百年前世、馬鴻運が賜姓され蛊師修行を許されたのは、彼が野外で舎利蛊を獲て、馬英傑に献上したからであった。
今、彼は黒楼蘭の追い詰めにより、馬英傑が下した決断によって再び現れた。
過程は異なれど、結果は同じである。
此の眼前の理は、方源を深く思索に沈め、思わず「運命」という言葉を聯想させずにはおかなかった。
「運命」という此の言葉は、「宇」や「宙」よりもはるかに神秘で捉え所がない。
噂によれば、蛊師流派の中には「運道」という流派が存在したらしいが、今日に至っては、誰も其れを確かめることはできない。
然し、運命に翻弄される大物は少なくない。
『人祖伝』には、宿命蛊が明確に記録されている。
天廷の二代仙尊であり、智道の開祖である彼は此の蛊を掌握し、後世の三人の魔尊を謀略にかけた。
方源は三王福地にいた時、地霊から告げられた——紅蓮魔尊は実は英雄であり、宿命の束縛を打ち破り、天下の民が自らの運命を握れるようにしたのだと。
更には、方源は前世でかすかに此のような噂を耳にしたことがある——巨陽仙尊は運道の蛊虫を掌握しており、其の為に修行の道で驚異的な幸運に恵まれ、屡々(しばしば)災いを避け福を招いてきたのだと。
「此の世に、果たして一本の運命の糸が存在し、凡ての蒼生を緊密に繋ぎ合わせているのだろうか?」
方源は思わず瞑想に陥った。
前世五百年、彼は蛊仙となったが、此の世界の奥秘のほんの一端を覗いたに過ぎなかった。
前世であれ、現世であれ、彼が前進すればする程、強くなればなる程、自身の渺小さと無知さを痛感するのであった。
彼が渺小で無知であることを痛感すればする程、前進する喜びは更に大きくなり、彼は尚も前進せずにはいられないのである!
「此の世と比べれば、我々(われわれ)など蟻地獄同然よ……」
方源の血には、驕りと謙虚、偏屈と達観が常に同居していた。
はん濫する思いを一まず収め、方源は意識を現実へ集中させた。
「王庭福地は蛊仙の進入を拒む。我が身は既に五转巅峰の境地。此度が王庭に进驻する初めてにして、最後の機会かもしれぬ。八十八角真陽楼を此眼で見られるのも。ふふ、ひょっとすると楼中で仙尊の運道に関する伝承を得られるやも知れん。」
「然し、此度黒楼蘭が自ら暖沼谷に赴き、馬家に降伏を強いるとは、極めて怪しげな動きである。」
方源の眼光が沈み凝った。
「馬家は既に惨敗し、黄金の血脈も衰えた。黒楼蘭が此も執拗に馬家を追い詰めるのは、果たして何故なのか?」
前世の状況なら理解できる。
五百年前世、馬家は未だ衰えておらず、堅固な防衛で難攻不落の城の如くであった。黒楼蘭は已む無く降伏を勧告せざるを得なかった。
然し今、馬家は極度に衰退している。黒楼蘭が大軍を動かし、労を厭わず馬家を屈服させ、此も計画的に抑圧するのは、彼と馬家との間に何か個人的な深い遺恨が存在するからなのか?
方源は微かに首を振った。
此の推測を支持する証拠は何一つ存在しない。
「まあよい、黒楼蘭の気まぐれな功績アピールかもしれぬ。此れは些末な事、我が身の実力こそが永遠の要である。」
そう思い至ると、方源は心神を空竅に投じた。
先に殺招「四臂地王」を発動した際の傷は、既に全快している。
殺招についても、小幅な改良を加えていた。
従来の土霸王蛊を風霸王蛊に変更し、其の他の組合わせ蛊にも微調整を施してある。
此のようにして、彼は大地を踏む必要がなくなり、寧ろ風中で戦うのが最適となった。
風が強ければ強い程、彼の戦力は発揮され、殺招を発動した後の後遺症も少なくなる。
しかし方源は依然として満足していない。
此れは単に一時的な糊塗と妥協に過ぎず、実は此の殺招の根本的な欠陥は何一つ変わっていないのである。
仮し無風の環境で戦闘となれば、殺招を催動した結果は以前と大差ないだろう。
蛊師にとって、風を封じる手段は山ほど存在するのだ。
一旦此の弱点が公開されれば、殺招はもはや恐るるに足らず、敵への脅威は急落して谷底に堕するだろう。
「実を言えば、此の招が如何に改良されようと、私は満足しない。真の目的は、力奴双修の弊害を解決することにある。四臂地王の殺招は、単に初歩的な成果に過ぎない。」
しかし此の成果も、変化道の枠から逃れることはできない。
方源が到達しようとする目的は、徹底的かつ永久的な肉体改造である。此のような一時的な形態変化ではない。
然し、此の域に達するまでに、方源は五百年の蓄積を使い尽くしてしまったのである。
何しろ、方源の前世は血道蛊仙であり、力道や奴道に付いては、傍らで軽く触れる程度で、広く涉猟していたに過ぎない。
もし可能なら、方源も血道蛊仙を速成したいところだ。しかし、彼が転生して以来、状況は一変した。彼の本命蛊は、もはや血道蛊虫ではなくなったのである。蛊仙を成就するための鍵の一つは、本命蛊なのである。
元来、方源は第二空窍を得て、新な機会も手にした。しかし、あの肝心な血道本命蛊は、未だ伝承の中に埋もれており、未だ世に出ていないのである。
方源は枯れ木のように待ち続けることなどできなかった。緊迫する状況が彼を駆り立て、迫り来る試練と四方八方に潜む敵に対処するためには、まず自らを強くするしかなかった。
生き延びること——それが最優先の課題なのである!
方源はまた、自らの力道と奴道における基盤の不足も認識していた。前世の広範な知見は、各流派の蛊虫を自在に駆り立て、各道の蛊虫同士の精妙な組み合わせに精通することを可能にした。中でも奴道の造詣が最も(もっとも)深かった。
しかし、奴力双修という特異な千古の難題を解決し、歴史の最前線に立って革新的で大胆な試みを行うには、此の程度の土台では脆弱なのである。
方源は今、落魄谷への手掛かりを握っている。此の谷を手にし次第、輝かしい未来を約束する魂道へ転身する可能性もある。
しかし方源は決して、未だ見えぬ未来の可能性に希望を託すような真似はしない。
仮令え将来魂道に転じたとしても、奴力双修に向けた現在の努力は、貴重な財産として其の後の修行に大きく資するであろう。
己の未熟さを悟った方源は、此の数日、広範な研鑽に勤しんでいる。
彼は莫大な戦功を駆使し、『竜馬精神』『三心合魂』等の殺招を手に入れた。同時に大小数十に上る力道の小伝承、そして四人の奴道大師の心得も獲得した。中でも『鼠疫』『雷暴』『豹突』『馬踏』という四大殺招は、極めて高価なものだった。
元来眼界の広かった方源は、此の数日間の研鑽により、奴道と力道に関する認識と見識が以前の数倍も深遠となった。
前世の広く浅く涉猟しただけの知識とは異なり、今生では自ら体得し、実践と理論を結合させることで、無数の閃きが誘発されたのである。
しかし、此れら閃きは、彼の難題を解決するには遠く及ばない。
「実を言えば、身体形態の変化についての最古の記録は、『人祖伝』の中にある。人祖が死境に陥り、父を救わんと古月陰荒が成敗山に赴き、石人を斬ったという……」
方源は突然閃きを得、さっと傍に置いた『人祖伝』を手に取った。
此の蛊師世界における第一の经典は、無数の奥秘を秘めており、蛊仙と云えども、多くは常に手元に一冊を置き、折に触れて紐解き、悟りを求めるのである。