凡人が蛊仙を謀る——成功の可能性は果れ程あろうか?
例え方源が五转巅峰と雖も、仙と凡の隔たりを凌駕するのは容易ではない。
方源は前世において蛊仙であったが故に、此の絶対的な差を理解する深さにおいて、彼に並ぶ凡人は恐らく一人もいないであろう。
幸い、方源の計画は孤軍奮闘ではない。彼は八十八角真陽楼の力を借りる算段である。前世の貴重な経験が光明の道標を示し、琅琊地霊から得た情報が、計画の確度を更に高めている。
斯くして、仙蛊『江山如故』を謀り得る可能性は、二割まで向上したのである!
二割の可能性は、蕩魂山を救済する三つの方案の中で、既に最も高いのである。
和稀泥仙蛊に対抗できるのは、仙蛊のみである。
五百年を超える遠見卓識に依り、方源が知る、現在蕩魂山を救い得る仙蛊は、三つしかない。
第一は、土道六转の化石蛊である。此の蛊は現在、西漠の六转蛊仙孫醋の手中にある。
第二は、同様に土道六转の仙蛊で、東山再起と名付けられている。東海の海市福地の中に収蔵されている。
第三は、宙道六转の仙蛊江山如故である。此の蛊は未だ誕生しておらず、自然形成ではない。其の主太白云生は、目前北原の五转蛊師に過ぎない。
化石蛊を奪い取ろうとすれば、方源は十年以上蛊仙として在る孫醋に対峙せねばならない。
若し東山再起蛊を狙うならば、事態は更に悪化する。方源は数多の蛊仙の監視の下に置かれるのだ。一介の凡人の身分で仙蛊を奪取するとは、黄金を抱えた子供が闇市を歩くようなものだ。
故に、江山如故蛊に関する第三の方案こそが、最も危険が少なく、成功の可能性が最も高いのである。
例え太白云生が蛊仙に成ったとて、彼は新米の蛊仙に過ぎず、仙境と仙力の本質には未だ熟れていない。
此のような相手は、ベテランの孫醋や、海市福地の蛊仙たちより遥かに対処し易い。
……
北原歴、十二月。
風雪は次第に激しさを増し、その頻度も増え続けている。たとえ風雪が止んでも、真っ白に輝く霜が北原全体を覆い尽くす。例え太陽が昇っても、かつての灼熱の陽光は、今や力無く弱々(よわ)しく映るのみだ。
十年に一度の大吹雪が訪れる日が、刻一刻と近づいている。
天川、暖沼谷。
「族長、こちらが丙字号元泉でございます」
馬由良は心配そうに干れ上がった泉の底を指し、馬英傑に説明した。
馬英傑の眉は深く刻まれた。
丙字号元泉は、暖沼谷に残された三つの元泉の内、最後の一泉であった。
今や其れが干涸びた事で、馬家を支える元泉は甲字号と乙字号の二泉のみとなった。此れは馬家部族にとっては悪報でしかない。
北原の元泉は、南疆等の地のそれとは根本から異なる。
北原の泉は、水量少なく、泉口狭く、噴出激烈にして、基盤脆く、持続時間が最も短い。
東泉は量豊富、南泉は潺々(せんせん)と流れ、北泉は激烈、西泉は精髄なり。
南疆では、中小規模の部族が一口の元泉を十数年間連続使用できる。南疆の元泉は、過剰開発さえしなければ、持続的に利用可能で、細く長く流れ続けるのである。
然し北原は全く異なる。
北原の元泉は瞬時に形成されるが、消散するのも同様に速い。加えて北原は戦火が絶えず、中小規模の部族でさえ、少なくとも三四口の元泉がなければ維持できないのである。
馬英傑が部族に戻った後、馬家の新たな族長となった。馬家は超大勢力への躍進に失敗し、今や小規模部族に転落している。広大な暖沼谷でさえ、空虚に感じられるほどである。
馬家には食糧も水も十分に備えられており、準備は周到だ。
しかし元泉は通貨であるばかりか、蛊師の修行に不可欠な重要資源でもある。一旦大吹雪が訪れれば、暖沼谷の如き場所は最後の避難所と化すのである。
獣群だけでなく、他の蛊師たちも棲息のために訪れてくる。
地主である馬家は、風雪の災害に耐えるだけでなく、此れら外部者との交渉も迫られている。元泉が産出する元石は、蛊師の戦力を支える大黒柱である。今、馬家の三本ある大黒柱の一つが崩れた。弱体化した馬家の基盤は、三割しか残っていない。丙字号元泉の干涸びにより、基盤は瞬時に一割も失われてしまったのである。
然し此も難題に直面して、馬英傑とて有効な対策を持ち合わせていない。
仮し彼が『江如故』の蛊を一匹でも持っていれば、直ちに丙字号元泉を原状に戻し、此の問題を即座に解決できたであろう。だが馬英傑は、其れを持ち合わせてはいない。
「族長様、元泉は本当にそこまで重要なのですか?」
戻り道で、費才が質問した。
彼が一族に戻った後、馬英傑の命の恩人として奴隷の身分を解かれ、今では自由人となっていた。
同時に、相変わらず馬英傑の側近として仕え続けている。
馬英傑は眉をひそめ、憂い深く頷いた。「元泉が枯れれば、蛊師への影響は計り知れない。蛊師は部族の大黒柱だ。我が馬家は蛊師の力を借りて、吹雪の災害を防ぐ必要がある。雪害が過ぎた後は、蛊師の戦力で新しい資源を奪い合い、部族を発展させねばならないのだ……」
「ふーん…」
費才は歩きながら問い掛けた。「じゃあ、新しい元泉を探すことってできないんですか?つまり、あの…此の暖沼谷って広いんですから、もしかしたら三つ以外にも元泉が眠ってるかもしれないじゃないですか」
費才の言葉には、楽天的な精神が溢れていた。
馬英傑は苦笑して答えた。「北原の元泉は確かに短期間で形成される。暖沼谷の中に、第四の元泉が存在する可能性も無いではあるまい。だが、其の確率は極めて低く、殆ど不可能に等しい。覚えておけ、十年周期の大吹雪が訪れる度に、北原各地の元泉は次々(つぎつぎ)と干涸び、枯死してしまう。雪害が収まった後になれば、新しい元泉が雨後の筍の如く湧き出る。其の時こそ、北原の至る所に豊かな水草が茂り、百里毎に元泉が湧くであろう。是れこそが、各部族や獣群が発展する最良の機会となるのだ。」
「成程……」
費才は漸く理解した。彼は此れまで長きに渡って生きてきたが、未だに世事に疎く、此した状況には不慣れであった。
「あっ!」
突然彼は悲鳴を上げ、道端から転び落ちた。
二人が歩いていたのは崖際の道だった。幸い、絶壁ではなく緩やかな斜面である。費才は足を滑らせ、その傾斜を転がり落ちながら、絶え間ない惨叫を発し続けた。
「此の間抜けが……」
馬英傑は費才の連発する戯画的な悲鳴に笑いを零し、強張っていた眉を少し緩めた。
「此の方向音痴め、今や道さえ歩けなくなったのか?早く此方へ這い上がって来い……ん!?」
馬英傑は突然言葉を途切らせ、双眼を見開いた。信じ難い光景が彼の眼前に広がっていた――緩斜面に、新しい元泉が湧き出でているのである!
其の元泉口は、元々(もともと)一枚の岩盤に覆われていた。
然し此の岩盤は、転げ落ちて来た費才が跳ね飛ばした為、押しのけられてしまった。岩盤の下に隠されていた元泉は、此うして初めて陽の目を見たのである。
明らかに、此れは最近形成された元泉であった。然らずんば、戦前の馬家による探査で発見されなかった筈がない。
此の元泉の水量は膨大で、ほんの短い時間に百個を超える元石が泉と共に噴き上がり、周囲の地面に降り注いだ。
「こ、此れは…新元泉だ!甲字号元泉を凌駕する規模ではないか!」
馬英傑は有頂天となった。歓喜の余り、目頭さえ少し熱くなった。「此れが所謂『禍転じて福と為す』というものか?長生天よ、必ずや先祖の加護に相違ない!」
「族、族長様!ついて来ました!」
その時、費才が痛さに顔を歪めながら駆け登って来て、新しい泉を目にすると同様に目を見開げた。「おかしいな、此処に突然泉が湧くなんて?」
馬英傑は哄笑を漏らした。「費才、貴様は天が私に授けた幸運の星だ。今日から貴様の名を改める。『費才』——『無駄な材木』という不吉な名は捨て去るがいい。我が馬英傑の側に、何で無駄なものがあってはならぬ。今日より貴様は『鴻運』と名乗れ。費鴻運だ!此れは我が馬家に幸運が巡り、禍が転じて福となる前兆であろう!」
然し馬英傑の喜びは長続きしなかった。七日後、黒家軍が此処に到着し、暖沼谷を包囲したのである。
黒家軍が駐屯した其の夜、暖沼谷の三つの元泉は同時に黒水と化し、完全に汚染された。
一本の降伏勧告状が、後に馬英傑の手に届けられた。
馬英傑は予想だにしなかった——黒楼蘭が既に最終的な勝利を収めたにも関わらず、未だ自分を見逃そうとしないとは!
蛊虫に汚染された元泉は、最早元石を産出できず、全てが廃棄同然となった。元石の在庫は残っているものの、馬家が暖沼谷に住み続ける可能性は完全に断たれてしまった。
「黒楼蘭が此も些細な恨みも忘れぬとは思わなかった!彼は手紙の中で、我が馬家の降伏を要求している。此れは巨陽仙尊が当年定めた規矩に背くものではない!許せん、実に憎らしい!」
馬英傑は両拳を握り締め、怒りと恨み、無力感と絶望感が胸中に渦巻いていた。
「黒楼蘭は黒暴君と号し、常に暴虐で粗野である。恐らくは先の大戦により、我が馬家に対し畏怖の念を抱いたのだろう。但し巨陽先祖の定めし規矩に阻まれ、馬家を自らの眼前に置き、継続して抑圧せんとしている。」
馬由良は椅子に崩れ坐わり、低く沈んだ声で分析した。
一息置いて、馬由良は続けた。「実は此れも悪くはない。馬家が黒楼蘭に帰順すれば、我々(われわれ)も王庭福地に入ることができる。」
馬英傑は首を振った。「此れこそが黒楼蘭の陰険な思惑である。馬家は確かに王庭に入れるだろうが、他の者はどうなる?問うが、現在の部族の中で、馬を姓とする親族は果に幾何いるのか?」
馬由良の顔色が蒼白になった。「百三十人余りしかおりません。」
「其の通りだ。」
馬英傑は重苦しい表情で頷いた。「我が馬家が発展し拡大する為には、外部者を招き入れ、盛んに縁組し、多く子孫を儲けねばならない。然し黒楼蘭が一たび命令を下せば、我々(われわれ)が外部者を受け入れることを禁じ、甚はだしきに至っては族内通婚のみを許すことさえあり得る。其の時になれば、馬家の拡大は果たしていつの日になるやら……」
馬由良の顔色は更に青ざめた。
彼は問題の深刻さ(しんこくさ)を悟ったのである。
政治は汚いものだ。他民族との婚姻を禁じるなど造作もない。黒楼蘭は黄金家族の血脈の純潔を守るという大義名分さえあれば、堂々(どうどう)と馬家の拡大を抑え込めるのだ。
「では、我々(われわれ)は如何にすべきでしょうか?」
馬由良は方針を見失った。
馬英傑は少し沈黙した後、遂に覚悟を決め、歯を食い縛って言い放った。「我々(われわれ)は外部の者全員に馬の姓を賜わり、本家として迎え入れるのだ!」
「族長様、其うなさいますと、我が馬家の黄金の血脈は、恐らく本当に……」
馬由良は躊躇した。
「我々(われわれ)は一手を打っておかねばならない。黄金の血脈は、我が馬家の誇りだ。決して穢されはしない。状況が好転した暁には、此れら外部者を追放し、馬姓を剥奪すればよい。」
馬英傑は言い切った。
馬由良は安堵の息を吐き、徐ろに頷いて族長の策略を認めた。