瞬くうちに、黒楼蘭らには山の如き重圧が襲いかかった!
「不妙だ!敵は狂ったように襲ってくる。もはや持ち堪えられない!」
「黒旗軍、至急支援せよ!」
「裴燕飛、仲費尤、唐妙鳴、汝等も直やかに狼王を護衛せよ!」
「此の様に受身で防ぎ続けてはおれぬ。我々(われわれ)も進撃に転じねば!然らずんば、戦闘の余波だって狼王を危うくする!」
馬家は決して敗北を甘受する訳にはいかない。
一たび敗れれば、彼等は完全に終わりなのである!
彼等は必死になり、中には褒賞に奮起した兵士も多かった。こうして戦況は瞬くうちに黒楼蘭の制御を離れ、方源を標的とした攻防戦と化した。
方源の生死が、此度の合戦の勝敗を直接に左右する。
両軍の四转及び(および)五转蛊師らが一ヶ所に殺到し、大乱戦を繰り広げた。
此れは過去の王庭争奪戦においても極めて稀な壮大な場面である!
此の戦圏の中では、四转蛊師たちは最早賛辞役に落ちぶれ、五转强者と雖も、自らの意の儘ならず、泥沼に嵌り込んでしまった。
黒楼蘭や耶律桑らは、最初の内は何とか狼王を気遣う余裕もあった。しかし瞬くうちに、彼等自身の身が危うくなる。周りは炎や氷結、音波など様々(さまざま)な攻撃が入り乱れ、戦圏内を無差別に飛び交っていた。敵は固定されておらず、出会い頭に誰とでも戦う。時には、味方同士が傷つけ合うことさえあった。
最高の暗殺者である無名は、遠方に立ち、此の巨大な混沌の塊と化した戦圏を、為す術もなく見守っていた。
彼は暗殺者であって、潜伏し接近した上での致命的一撃を得意とする。
しかし今、此の戦団では蛊師たちが狂乱の様相で乱闘を繰り広げ、各種の探査蛊が方々(ほうぼう)を掃引し、目に付いた者を次々(つぎつぎ)に葬っていた。局面は最早制御不能で、攻勢は対応し切れないほど激しい。一部の四转强者たちは自己保身の為、理性を失い有り触れた行動を取り始めていた。
無名は強く疑っていた——潜行してから数呼吸も経たず発見され、向かってくる敵は、もしかすると攻撃に夢中になり思考停止した味方かもしれない、と。
「此の状況では、仮え我が手を下さずとも、狼王自身が危ういのではあるまいか!」
無名は冷笑を浮かべ、成り行きを見守る態で座を占めた。
間もなく、彼の目が輝いた。味方の四转蛊師が一人、狼王の真っ直ぐ傍に迫っているのを認めたからである。
「成虎だ!」
其の人物が判明するや、無名は思わず歓声を上げそうになった。
成虎は何者かに背後から襲撃され、方源の足元へ吹き飛ばされていた。
元々(もともと)方源の側には、辺絲軒が護衛として付き添っていた。
しかし其の直前、辺絲軒は自ら進んで襲来する費生成を誘引していた。彼女は防御型蛊師では無く、方源の為に命を捧げる覚悟も無い。此の選択は彼女にとって最善の判断であった。
「何処の畜生が俺様を襲ったんだ!」
成虎は地面に転がると、即座に身を起こし、怒号を発して逆襲に転じた。
「此れは!?」
無名は此の光景を目にし、言葉を失なった。
しかし成虎が五、六歩歩いた所で、突然術で縛られた如く其の場に僵立した。そして猛然と振り返り、目を見開いて、目前に居る方源を凝視した。
数呼吸の間呆然とした後、漸く彼は我に返った。
「何処の畜生が俺様を襲ったんだ、愛してるぜ!!あははは!」
成虎は興奮の余り毛孔が開き、方源を見る目は五百万の戦功と、尽きせぬ栄達を見るが如くであった。
わぉ!
彼は前方へ躍りかかり、四肢が地面に触れた瞬間、斑斕の猛虎へと変貌した。
変化道の殺招!
吊睛猛虎は咆哮一声、腥風を巻き起こしながら方源へ襲いかかった。
「糟糕!早く逃げろ!」
辺絲軒が振り返り、思わず悲鳴を上げた。
「やったぞ!」
無名は此の光景を目撃し、血脈が沸騰し、興奮の余り全身が震えた。
猛虎は血走った大口を開け、空中高く躍り上がり、その巨体で方源の姿を覆い隠した。鋭い牙が今まさに方源の頭部を噛み砕かんとしていた。
「まさか此の天大の戦功が我が手に……」
猛虎の双瞳に突然驚愕の色が走った。
何と一双の大手が猛虎の首筋を締め上げ、その巨躯を微動だにさせなかったのである!
「ふん!」
成虎は心中で冷笑した。長年に渡る戦闘で培われた意識が、思考を介さずに二本の鋭い虎爪を振るわせた。鈍い衝撃音が響く。
次の瞬間、両方の虎爪もそれぞれ鉄の如き腕に捕らえられた。
「何だ?此奴にはまだ腕が有るのか?」
成虎が驚疑の念を抱いて見やれば、方源は冷冽な眼差しで氷の如く冷静な表情を浮かべ、体の両側に何時(いつの間にか二本の黄銅の腕が生え出ていた。
その二双の黄銅の大手が、彼の虎爪を強固に捉えていたのである。
「ふん!」
成虎は冷ややかに鼻を鳴らすと、瞬時に虎の尾を駆り立てた。尾は空気を劈き、凶悪な鞭の影と化し、狡い程に敏捷に方源の頭部を狙った。
ぱん!
鋭い音が響いたが、方源の頭には傷一つ無く、逆に虎尾は痺れる程の痛みに襲われ、感覚を失ってしまった。
成虎に殺招が有れば、方源にも同様に殺招が存在する。
殺招——四臂地王!
発動された蛊虫は十四種に及び、中には五转の功倍蛊も含まれていたのである。
此の状態において、方源の防御力は元の四倍以上、力は八百钧の巨力に達している!更に、一旦大地を踏みしめれば、その力は尽きることなく湧き出てくるのだ。
「遊びは終わりだな?」
方源は冷笑を浮かべ、平静ながらも嘲笑と冷たさを帯びた眼差しで成虎を見下ろした。
一陣の激しい寒気が、成虎の心臓から湧き上がり、瞬時に全身を駆け巡った。
恐怖!
例え普段が無鉄砲で勇猛を自負する成虎と雖も、今此の幽邃で冷徹な双眸を前にして、彼は戦慄を覚えたのである!!
強烈な恐怖が、彼の爆発を促した!
猛虎の咽喉が滾り、音波攻勢が今まさに醸されようとしていた。
然し其の時、方源は軽く嘆息した——
「此もつまらぬ芝居よ……ああ、いっそ死んで貰おうか。」
彼の声は平静かつ淡々(たんたん)として、極些細な事柄を語るが如くであった。
すぱっ!
次の瞬間、黄銅の双手が猛り狂い、斑斕の猛虎は真っ二つに引き裂かれた。鮮血が噴出し、内臓が四方に散乱したのである。
不規則な二片の虎躯が地面に落ち、人の両半身へと変わった。
猛虎の首級は成虎の頭部に戻り、彼は恐怖に瞳を見開き、死の直前の戦慄を露わにしていた。
方源は一掴みで其の頭を握り潰し、徐ろに顔を上げた。視線は群衆を透かし、楊破缨の元へと注がれた。
楊破缨は全身の毛孔が逆立ち、強烈な危機感が胸中に爆発した!
方源は背後の鷹翼を振るわせ、天を衝く如く飛翔した。
楊破纓の瞳孔が急縮し、慌てて雷鷹群を駆り出し自らを護らんとした。
方源は冷笑ひとつ。「其れ程の四转戦力で、我が行く手を阻めると思うか?」
呵々(かか)。
ドカン、ドカン、ドカン……
直進あるのみ。途上の雷鷹は彼に体当たりされ、粉々(こなごな)に爆散した。
混戦中の蛊師たちが気付いた時には、方源は破竹の勢いで雷鷹群を突き破り、楊破纓へ真っ直ぐに迫っていた。
「貴様っ!」
楊破纓の顔面から血の気が引き、万雷の如き衝撃に瞳を見開いた。
彼の頭は方源の掌に掴まれ、全身は提げ下げられたまま、一片の反抗も許されない。
方源が軽く握り締める。
ぷちっ。
鷹王楊破纓の首級は、西瓜の如く容易に捏り潰された。
血潮と脳漿が迸り、鷹群は瞬時に雲散霧消した。
群鷹は逃げ惑い、晴れ渡った空が現れた。
此の巨大な衝撃は、無数の者たちを瞠目させた。
「何?!狼王が自ら鷹王を討っただと!?」
此の光景を目撃した大勢が、信じ難き叫びを上げた。
「次は貴様の番だ。」
方源は一瞬も滞まることなく、冷徹な視線を馬尊へ向けた。万歩も隔てた彼方、馬群に幾重にも護られた馬尊でさえ、巨大な災難が降り掛かる恐怖を感じた。
「食い止めよ!」
「狼王を討て!!」
邬夜と奚雪が同時に飛来し、方源を挟撃せんとした。
「雑魚が多く集まっても、我が行く手を阻めると思うか?」
方源は蔑むように冷笑し、鷹翼を激しく振るわせて奚雪を軽々(かるがる)と振り切り、直ちに邬夜へ体当たりした。
「此れは……」
邬夜は方源が此も獰猛であるとは夢にも思わなかった!彼は自らの防御力を過大評価し、同時に方源の狂猛的な攻勢を過小評価してしまったのだ。
防御の光罩は半呼吸も持たずに完全崩壊した。邬夜は瞬時に危機を察知し、飛行大師としての造詣を活かして、常人には決して真似できない回避動作を取った。
仮し他の者であれば、其のまま逃げ延び得たかもしれない。然し方源も同様に飛行大師なのである!
ドン!
鈍い衝撃音が響き、邬夜の半身の皮肉は糜粥状に潰れ、骨は粉々(こなごな)に砕け、半側の内臓は巨力に押し潰された。
彼は助けを求めるように瞳を見開いたまま、空中から真っ逆様に墜落していった。
一りの飛行大師、魔道の強者が、此処に其の身を陨とすのである!
方源は一瞥だにせず、真っ直ぐ馬尊へ襲い掛かった。
轟!
雷鳴の如き龍の咆哮が炸裂し、巨大な龍躯が方源の進路を阻んだ。
其の龍は金の角を持ち、三本の爪を備え、龍瞳は提灯の如く、復讐の炎を燃え上がらせていた。「常山陰!良くも我が弟を討ったな。貴様は此れに対して、最も凄惨な代償を払わせてもらう!」
其れこそ変化道五转蛊師、成虎の実兄——成龍であった!
「騒がしい蚯蚓めが。」
方源は冷ややかに哼いた。速度は衰えるどころか増し、空中に残像を描きながら巨龍に激突した。
ドン!
天地を揺るがす轟音が炸裂した。
衝撃波は四方八方に渦巻き、世界全体が激しく震動したかと錯覚させる程であった。
人々(ひとびと)の胸が一斉に震えた。目を凝らすと、方源の体が二倍に膨張し、全身が黄銅の光に包まれ、四本の腕は成人男性の太腿よりも太くなっているのが見て取れた。
彼は空中に傲然と立ち、手には折れた龍角を握りしめている。
一方、三爪金角龍は糸の切れた凧の如く墜落し、地面に激突して巨大な穴を穿ち、龍血が飛散し、龍鱗が四方に散った。
「何だと!?」
遠方の馬尚峰は瞳孔が急縮し、信じ難い様子で声を上げた。「成龍でさえ、奴の一撃に耐えられないとは!」
「此の殺招は……」
黒楼蘭は放心状態となり、方源の姿に劉家三兄弟の「三頭六臂」の面影を感じ取っていた。
「馬尊、汝の命は我が狼王が頂く。」
方源は淡々(たんたん)と宣言した。その声は天地を貫き、平静な口調は極些細な事柄を語るが如くであった。
然し聴衆は、其の言葉の中に無敵の気概を感じ取ったのである!
「馬尊叔父上、早くお逃げください!此処は私が防ぎます!」
馬尊の側にいる馬家の若き族長、馬英傑が絶叫した。
他の蛊師護衛たちも同調して強く進言した。「狼王は凶暴であり、正面から争うべきではございません。閣下と若様はお逃げください。此方が押し止めます!」