常飚が戦場に立つを見て、馬家も直ぐに女性強者を一人繰り出した。
此の者、名を奚雪と称し、四转巅峰の修為を持つ著名な氷道の強者である。五转の漫天飛雪蛊を有し、一度発動すれば、鵞毛大雪が猛烈に舞い落ち、数千歩の範囲が寒冷な氷雪領域と化する。
常飚は此の者を見て、心中で「しまった」と叫んだ。
仮え全盛期であっても、此女と対峙するには細心の注意を要した。今や傷を負っている身では、尚更敵わない。
両者が交手すると、奚雪の攻勢は鋭く、常飚は回避と引き延ばしを主とした。かくして、不可避的に劣勢に立たされることとなった。
大戦は続行し、時の経過と共に、四转蛊師の敗北が相次いだ。傷を負って退く者、敵の手に掛って斃れる者、後を絶たない。
双方ともに被害を出しつつ、全体として見れば互角の局面を呈していた。
次第に、両陣営の王帳に控える四转蛊師の数は乏しくなり、もはや自由に動かせる状態ではなかった。
「古家の族長、此度は貴君の出番だ。」
黒楼蘭は視線を王帳の一角に移した。最期まで端坐を続けていた一人の男に向けて。
古家族長の古国龍は土道蛊師であり、かつて石を積み上げて山と為し、黒家軍に巨大な脅威をもたらしたことがある。当時は黒楼蘭さえも撤兵を思い巡らせる程であった。しかし最終的には太白云生が駆け付け、黒家軍を勝利に導いた。古家は敗戦し、黒家軍に編入されることとなったのである。
古国龍が戦場に現れたことで、馬家軍は大きく動揺した。
此れは最初の五转强者の出撃であった。馬尚峰は直ちに応じ、成家の族長・成龍を派遣した。
此の者は変化道の五转强者であり、成虎の実兄である。
成龍の登場を見て、古国龍は軽く一礼し、丁寧に言った。「成家の族長殿でしたか。どうかご教授願います。」
成龍は呵呵と笑い、「とんでもない。古家の族長殿に教授などできましょうか。ただ試合を交わしましょう。」と答えた。
両者が鋒を交わすや、その気勢は浩大で、瞬く間に他の戦いを圧倒し、全ての視界の焦点となった。
古国龍は攻防兼備で、重厚かつ沈着とした戦いぶりを見せた。一方、成龍は悠然として縦横無尽、激烈ながらも余裕のある風格であった。
両者が十二合を戦い終えた頃、黒楼蘭は更に五转强者の羅伯軍を派遣した。
羅伯軍は元々(もともと)劉文武に帰順していたが、劉家が黒家に敗れた後、黒家大軍の高層の一員となっていた。
馬家は直ちに一名の五转强者を差し向けて応戦した。
五转强者の陣容に関して言えば、馬家は決して引けを取らない。以前、努爾軍が陶家を併合し、楊家が努爾を撃破、耶律が楊家を打倒したが、最終的には馬家が耶律軍を破り、最終勝利者となった。此のようないくさ幾さを経て、馬家大軍の中には大規模部族が少なからず存在する。祁連、成家、趙家、呂家、陶家、楊家など、数多の強力な勢力を擁しているのである。
同時に、江暴牙・楊破缨・馬尊という三人の奴道大師を擁している!
五转蛊師たちは、多くが高位を占め、四转蛊師のような殺気立った態度とは異なり、遥かに余裕があり親しみやすい物腰である。彼等が手を出す時も、三分の力を残し、二分の情けを酌むことが多い。
一旦彼等が死亡すれば、其の部族は指導者を失い、黒家あるいは馬家に併合される運命にある。
仮え敵対関係にあっても、彼等が真に心を寄せるのは自族の利益である。毒誓盟約に縛られてはいるが、暗黙の了解も存在する。
方源は安らかに端坐し、静かに其れを視つめていた。
彼は四转巅峰の実力しか示していないが、本質的には奴道大師であり、戦局を左右する鍵となる人物である。故に其の地位は特異で、五转の族長たちよりも高く見做されている。
「巨陽仙尊は実に大なる手並み、妙なる計略でござる!」
自ら王庭争奪戦に参加する中、方源の心中に感慨が募る一方であった。
巨陽仙尊は後人の為に継承を残し、八十八角真陽楼を建立すると同時に「王庭争奪戦」の伝統を定めた。其れは実に巧妙極まる思惑であり、心遣いの至り尽くした策と言えよう。
八十八角真陽楼は言うまでもなく、此の王庭争奪戦一つ取ってみても、其の挙行の度ごとに、一つの粛清なのである。黄金部族は他族を併合し、自が身を強めてきた。
同時に、物資の集中は戦時中に発達した戦功経済を形成し、一種の歪な繁栄をもたらした。さらに戦争賠償を通じての技術交流は、黄金部族の基盤を大きく強化した。
更に重要なのは、優勝劣敗の原理である。蛊師たちを生死の境に立たせることで思考を刺激し、奮起させて強者へと成長させ、黄金部族のために蛊仙の種子を選別するのである。
巨陽仙尊は、もはや此の世に在りはしないが、その影響力は依然として北原全体を支配し続けている。
「仙尊様と比べれば、現在の我が身は蟻の如く小さき存在に過ぎぬ。然し此度の王庭争奪戦に恵まれたからこそ、我が実力も此も飛躍的に向上できたのである……」
方源は此の様に思い巡らせながら、微かに心神を空竅へと移した。
空竅の中には、新しい蛊虫が数匹増えていた。其の多くは四转、一匹は三转、更に五转の修羅尸蛊と五转の土霸王蛊が各一匹ずつ存在する。
「三頭六臂」の殺招から得た閃きを、自らの蓄積した知識と構想と結び付け、方源は幾つかの成果を研鑽してきた。
彼は其れらの成果を一つの殺招に凝縮した。自ら「四臂地王」と名付ける。
此の殺招を発動すれば、体の両側から新しい腕が一対生え出る。四本の腕が揃って動く時、その戦闘力は爆発的に上昇し、劉家三兄弟の「三頭六臂」の大殺招に匹敵するのである!
「しかし『三頭六臂』と比べれば、我が『四臂地王』の形態は持続時間が短く、大地を踏みしめてこそ全戦力を発揮できる。一旦空中に浮かべば、戦力は半減してしまう。」
此の殺招は、方源が草創期に考案した未完成の技に過ぎない。戦闘による検証を経て、新しい蛊虫を追加し、不必要な旧蛊を取り替えるか、或いは直接削除することで、初めて徐々(じょじょ)に完成形へと近づくのである。
旭日は次第に高く昇るが、此度の暴風雪災の訪れに際しては、普段猛烈な熱量を放つ陽光でさえ、冷たく無力に映る。
戦場に目を転じれば、殺気が沸騰し、漸く極点まで蓄積されつつあった。
数十の戦圏で、色とりどりの焰火が炸裂し、拮抗した戦いが続いていた。
黒家の王帳に残る蛊師は、最早寥々(りょうりょう)たる数となった。戦闘中の者、撤退して休養中の者、或いは戦場に斃れた者——生き残りは少なかった。
しかし全体として見れば、黒家軍が微かな優位を保っていた。
黒楼蘭は最初から黒柏と黒城という二人の蛊仙の強力な支援を受けていたのに対し、馬家軍が雪松子に救援を要請したのは、此度の大戦に至ってからであった。
「ふん、馬家の雑魚共、存外にしぶといな。」
黒楼蘭は冷ややかに鼻を鳴らし、瞳には凶悪な光が宿っていた。次第に癇に障るほどであった。
黒楼蘭が方源に視線を向け、発言せんとした刹那、馬家陣営から三方向に獣群が奔り出した。
左翼には万馬が奔騰し、蹄が大地を擂る音は、遠く響く雷の如く唸り続ける!
右翼には無数の鼠群がびっしりと密集し、忍び音のような窸窣が、見る者の心胆を寒からしめる。中軍では、鷹群が扶搖直上し、昇りゆく黒雲の如く、天を覆わんとする気象さえ帯びている!
馬王の馬尊、鼠王の江暴牙、鷹王の楊破缨——此の三人の奴道大師が同時に手を出したのである。
獣群が殺到するや、瞬時にして大多数の戦団を粉砕し、霧散させた。
実は馬尚峰は、挑戦状の面で馬家が少し劣勢しているのを見て、奴道大師の面での優位性を活かし、黒家軍を圧倒的に制して、不利な戦局を変えようと考えていたのである。
三方向からの獣群の同時攻撃に直面し、黒楼蘭は瞬時に緊張した。彼は方源を強く見つめながら言った。「狼王、今こそ貴様の出番だ!」
方源は軽く肯き、悠然と座席から立ち上がった。
緩やかに歩きながら双頭鉄犀の頭部まで進み、高所から三路の獣群を見下ろした。其れらは一つとして獰猛で凶悪ではなく、規模も浩大であった。
何路の奴道大師を取ってみても、皆彼と同じ造詣を持ち、奴道の方面では決して彼に引けを取らない強敵ばかりなのである。
更かに、彼等の有する奴道蛊虫は、方源の狼群を支配する蛊よりも、更に多岐に渡り、優れたものばかりであった。
力道的戦力を露わにできない状況では、方源は両拳をもって四手に敵わず、先の二度の交戦では、狼群は三方向の獣群に押され気味で、惨憺たる被害を受けた。馬家も此の優位性を活かし、獣群に殿を務めさせることで、二度に渡り無事に防衛線へ撤退できたのである。
然し此の時、方源は冷ややかに笑い、胸中には昂然たる戦意が滾っていた。
確かに彼の奴道蛊虫は、三人の奴道大師のものには少し及ばない。だが此度の戦いの前に、黒家の蛊仙たちからの大きな支援を受け、狼群の規模は十数倍も膨張していたのだ。
此等の狼群は、全て大軍の中に潜み、蛊虫の力を利用して敵に察知されないようにしていた。
「狼王よ!楊破缨此処に在り。戦う勇気はあるか?」
蒼穹の中、楊破缨は巨鷹の背に立ち、英姿颯爽として、其の身は天を衝く戦槍の如く凛としていた。
彼が主動的に挑戦を申し込んだのは、方源の狼群を牽制しようという思惑からであった。
鷹群は高所から狼群を攻撃できるため、非常に有利な立場にあった。
「ははは、老楊よ、手加減してやれよ。何と言っても常山陰兄弟は、我々(われわれ)と同じ奴道大師なのだからな。面子くらい保ってやらなきゃな。」
右翼からは、鼠王のからかうような笑い声が伝わってきた。
一方、左翼の馬群の中では、無口な馬尊が黙ったまま突進を続けていた。彼の周囲には大勢の蛊師強者が騎馬を駆り、其の安全を守っている。
奴道大師というものは、自ら戦場に臨んで獣群を指揮してこそ、十二分の戦力を発揮できるのである。
三人の大師が揃って出陣し、自が身を危険に晒しながら獣群を率いて出撃する。此れは宛も三発の重拳の如く、少しでも防御を誤れば、黒家軍は茫然自失し、大局は崩壊して挽回不能となる可能性が高い。
何と言っても、戦場には予測不能な変数が充満している。弱きが強きに勝つ戦例は枚挙に遑が無い。まして現状の黒家軍が占める優位は、微々(びび)たるものに過ぎないのだから。
「山陰老弟……」
黒楼蘭は思わず憂色を浮かべた。狼群の規模は爆発的に拡大し、三路の獣群を完全に凌駕しているが、彼は方源の制御能力が不足するのではないかと危惧していた。何と言っても、方源が此れ程の規模の狼群を操った前例は無いのだ。
仮え操作を誤らなくとも、自軍の陣脚を乱す結果になり兼ねない。たとえ制御できたとしても、狼王の四转巅峰の真元で、果たして何ほど持つだろうか?
方源は鉄犀の頭部に立ち、黒楼蘭に背を向けたまま沈黙を貫いている。
三路の獣群が浩浩蕩蕩と襲い来たり、天上と地上から挟撃すべく目前に迫っているのに、狼王は未だ微動だにしない。黒楼蘭の心中には不安が募り、「山陰老弟、早く手を打て!」と促した。
方源は依然として沈黙を続け、聞こえていないかのようであった。
三方向から怒涛のように押し寄せる獣群は、もはや二百歩と離れておらず、瞬時にして到達しようとしている。黒家軍の陣列は揺れ動き、黒楼蘭は焦燥の声を上げた。「常山陰老弟!!」
その時、方源は仰向けに朗らかに笑い一声、「好機到来だ!敵は獣群をもって我れを圧せんと全力を傾けているが、此れが自ら死地に陥るとは気づいていない。楼蘭盟主、貴君に祝福を贈ろう。」
「何の祝福だ?」
「此度の戦いは既に勝利し、大局は定まった。盟主が王庭に入るのは、もはや動かし難き定めとなった。」
方源は淡々(たんたん)と述べた。
黒楼蘭は思わず目を見開り、咆哮を漏らさんばかりであった。「ちくしょう! 此の訳の分からぬ自信は一体どこから湧いてくるんだ! 早く狼群を指揮しろよ、今は呑気に話している場合じゃない、敵はもう目前まで迫って来ているんだぞ!」
しかし次の瞬間、彼の両目は更に飛び出し、眼球の裏から誰かが拳で殴り付けたかの如く激しく膨張した。何故なら、方源の気息が驚異的な変化を遂げ始めたのを感じ取ったからである。
四转巅峰から五转初階へ……
五转初階から五转中階へ……
五转中階から五转高階へ……
更に五转高階から五转巅峰へと達した!
遂に此の時、方源は緩やかに斂息蛊の遮蔽を解き、もはや自らの真実の修為を圧抑することはなかった。
五转巅峰 —— 偽りなき実力!
狼王常山陰は、実は五转巅峰の奴道大師であったのか!
黒楼蘭は方源の背影を凝視し、呆然としきり。王帳近くの蛊師護衛たちも、次々(つぎつぎ)に震撼と驚愕の眼差しを向けてきた。
衆人の視線が注がれる中、方源は鷹揚蛊を駆動。寬大な鷹の翼が彼を徐徐に空中へと浮かび上がらせた。
半空にて、彼は天を仰ぎて長嘯すること──
五转攻倍蛊、狼嚎蛊!
狼の嚎叫は天を衝き、三路の獣群の嘶鳴を圧倒した。
ウォォン、ウォォン、ウォォン……
長く尾を引く狼嚎が消え去ると、続いて群狼の応和の声が湧き上がった。