表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蛊真人  作者: 魏臣栋
魔头乱世
503/551

第九十八節:東方余亮

趙家(ちょうけ)(よる)()けずに陣営(じんえい)撤収(てっしゅう)しただと?」王帳(おうちょう)(なか)黒楼蘭(こくろうらん)()にした情報(じょうほう)一瞥(いちべつ)するや、案几(あんき)(ほう)()げた。


(かれ)から()れば、趙家(ちょうけ)大規模(だいきぼ)氏族(しぞく)ではあるものの、一支(いっし)精鋭兵(せいえいへい)もおらず、まともな蛊師強者(こしきょうしゃ)一人(ひとり)として存在(そんざい)しない。趙家(ちょうけ)族長(ぞくちょう)(たし)かに五転初階(ごてんしょかい)ではあるが、三年前(さんねんまえ)東坡空(とうはくう)四転巅峰(してんてっぽう)修業(しゅぎょう)挑戦成功(ちょうせんせいこう)(ゆる)し、威信(いしん)(たか)くない。()れまで趙家(ちょうけ)執掌(しっしょう)してきても、(おお)きな成果(せいか)()げられていない。


(かり)趙家(ちょうけ)東方部族(とうほうぶぞく)帰属(きぞく)するなら、(かれ)(すこ)しは注目(ちゅうもく)しただろう。五転蛊師(ごてんこし)とあれば、()(じつ)(ともな)わなくとも、軽視(けいし)できる存在(そんざい)ではないからだ。


しかし(いま)趙家(ちょうけ)()()き、夜逃(よね)同然(どうぜん)醜態(しゅうたい)(さら)したことで、黒楼蘭(こくろうらん)心中(しんちゅう)には蔑視(べっし)()()きることはなかった。


北原(ほくげん)では、人々(ひとびと)は武勇(ぶゆう)(とうと)び、()(よう)(たたか)いもせずに(おび)()()腰抜(こしぬ)けの行為(こうい)(もっと)軽蔑(けいべつ)する。


盟主(めいしゅ)(さま)、お(いわ)(もう)()げます。我々(われわれ)が(いま)()()さぬ(うち)に、相手(あいて)大規模部族(だいきぼぶぞく)(おど)()がしたのですから。」


東方余亮(とうほうよりょう)逆上(ぎゃくじょう)したであろう。(やつ)必死(ひっし)(さそ)った趙家(ちょうけ)が、(ただ)ちに()()すとは、はははは。」


私見(しけん)だが、趙家(ちょうけ)大規模(だいきぼ)氏族(しぞく)とはいえ、所詮(しょせん)()程度(ていど)(つい)()(ほど)臆病(おくびょう)とは(わら)うべきだ……」


王帳(おうちょう)()(なら)蛊師(こし)たちは口々(くちぐち)に()(はな)ち、趙家(ちょうけ)(たい)する態度(たいど)(みな)同様(どうよう)冷淡(れいたん)であった。


(そば)端座(たんざ)する方源(ほうげん)は、案几(あんき)(うえ)()かれた情報文書(じょうほうぶんしょ)一瞥(いちべつ)した。


趙憐雲(ちょうれんうん)


()()(かれ)(つね)(こころ)()めているものだ。後世(こうせい)奇女子(きじょし)馬鴻運(ばこううん)(つま)一人(ひとり)智道蛊仙(ちどうこせん)として大成(たいせい)する人物(じんぶつ)(いま)は——まだ(おさな)少女(しょうじょ)()ぎない。


「どうやら、後世(こうせい)(つた)わる虎狼羊(ころくよう)(いさ)めは、(すで)(はじ)まっていたようだな……」


方源(ほうげん)(こころ)の中で冷笑(れいしょう)した。


前世(ぜんせ)五百年(ごひゃくねん)にわたり、趙憐雲(ちょうれんうん)智道蛊仙(ちどうこせん)となった(あと)()伝記(でんき)(あらわ)(もの)(あらわ)れた。


()(よう)文化的伝統(ぶんかてきでんとう)は、最早(もはや)人祖伝(じんそでん)》に(さかのぼ)る。蛊道(こどう)における第一(だいいち)経典(きょうてん)である()(しょ)に、(おお)くの蛊師(こし)生涯(しょうがい)をかけて研鑽(けんさん)する。多くの傑出(けっしゅつ)した蛊師(こし)蛊仙(こせん)たちは、人々(ひとびと)が()功績(こうせき)記録(きろく)称賛(しょうさん)する(ため)伝記(でんき)(つく)られる。


趙憐雲伝(ちょうれんうんでん)》にも、一節(いっせつ)(しる)されている。


趙憐雲(ちょうれんうん)幼少期(ようしょうき)より、並外(ひど)れた聡明(そうめい)さと知恵(ちえ)(しめ)していた。“黒暴君(こくぼうくん)黒楼蘭(こくろうらん)”が王庭(おうてい)(あるじ)()(あらそ)大戦(たいせん)(なか)趙家(ちょうけ)東方部族(とうほうぶぞく)黒家(こくけ)という二大勢力(にだいせいりょく)狭間(はざま)()たされていたのである。


趙家(ちょうけ)逡巡(しゅんじゅん)する(なか)趙憐雲(ちょうれんうん)(とら)(おおかみ)(ひつじ)(たと)えを(もっ)(ちち)(いさ)め、(つい)趙家(ちょうけ)族長(ぞくちょう)をして決断(けつだん)させ、万里(ばんり)道程(みちのり)()けて馬家(ばけ)(はし)らしめた。()結果(けっか)趙家(ちょうけ)(まっと)うされるのみならず、馬家(ばけ)から极高(きわだか)評価(ひょうか)熱烈(ねつれつ)()()れを()ることとなる。


五百年前(ごひゃくねんまえ)前世(ぜんせ)記憶(きおく)雑多(ざった)(みだ)れているが、方源(ほうげん)()れらを鮮明(せんめい)(おぼ)えている。


(なに)となれば、後年(こうねん)五域(ごいき)乱戦(らんせん)()いて、馬鴻運(ばこううん)聖霊児(せいれいじ)趙憐雲(ちょうれんうん)北原(ほくげん)蛊仙(こせん)となったばかりでなく、天庭(てんてい)侵略(しんりゃく)(あらが)中流(ちゅうりゅう)砥柱(しちゅう)として、象征的(しょうちょうてき)人物(じんぶつ)であったからだ。


五域(ごいき)において、(かく)(ごと)人物(じんぶつ)()れば、()伝記(でんき)(ひろ)(つた)(しょう)ぜられるのである。


「ふん、馬鴻運(ばこううん)趙憐雲(ちょうれんうん)(ごと)(もの)は、(おそ)かれ(はや)かれ()(かご)(なか)扼殺(やくさつ)してやる。だが(いま)(あわ)てる(とき)ではない……」方源(ほうげん)心中(しんちゅう)殺意(さつい)(おさ)え、表面(ひょうめん)平静(へいせい)(よそお)った。


馬鴻運(ばこううん)にせよ趙憐雲(ちょうれんうん)にせよ、()五域大戦(ごいきたいせん)寵児(ちょうじ)たちも、(げん)蛊仙(こせん)となるまでには(いま)(なが)(みち)のりが(のこ)っている。方源(ほうげん)には彼等(かれら)対処(たいしょ)する十分(じゅうぶん)時間(じかん)がある。


(ただ)馬鴻運(ばこううん)は、八十八角真陽楼(はちじゅうはっかくしんようろう)(たい)する(こま)として()かしておく必要(ひつよう)がある。一方(いっぽう)()趙憐雲(ちょうれんうん)に対しては、殺意(さつい)はあるものの、(げん)身分(みぶん)状況(じょうきょう)(さわ)りとなり、()()(がた)い。


(なに)しろ方源(ほうげん)(いま)常山陰(じょうさんいん)(えん)じている。堂々(どうどう)たる常山陰(じょうさんいん)が、如何(いか)にして数歳(すうさい)幼女(ようじょ)()(ほど)執着(しゅうちゃく)し、ましてや殺害(さつがい)まで(たくら)むことがあろうか?


「それに(いま)当面(とうめん)急務(きゅうむ)は、(なに)()っても東方部族(とうほうぶぞく)対処(たいしょ)することだ!」そのように(おも)(いた)り、方源(ほうげん)(こころ)(おさ)め、(ふたた)王帳(おうちょう)(ない)議論(ぎろん)意識(いしき)()けた。


趙家(ちょうけ)嘲笑(ちょうしょう)貶斥(へんせき)した(あと)一同(いちどう)此度(こたび)大戦(たいせん)相手(あいて)へと注意(ちゅうい)集中(しゅうちゅう)させた。


東方家(とうほうけ)黒家(こくけ)同様(どうよう)超級家族(ちょうきゅうかぞく)として(ふか)基盤(きばん)()ち、北原(ほくげん)草府(そうふ)蟠居(ばんきょ)する巨大勢力(きょだいせいりょく)である。


当代(とうだい)東方家(とうほうけ)族長(ぞくちょう)である東方余亮(とうほうよりょう)は、(わか)くして有為(ゆうい)()うべき人物(じんぶつ)だ。智道(ちどう)における修養(しゅよう)()かし、一族(いちぞく)事務(じむ)整然(せいぜん)処理(しょり)するのみならず、日増(ひま)しに発展(はってん)する気運(きうん)(はぐく)んでいる。


(たし)かに黒家(こくけ)軍勢(ぐんぜい)優位(ゆうい)()っている。しかし相手(あいて)謀略(ぼうりゃく)得意(とくい)とする智道蛊師(ちどうこし)であり、その実力(じつりょく)(けっ)して(あなど)れない!「()(たたか)いの最大(さいだい)脅威(きょうい)となれば、間違(まちが)いなく東方余亮(とうほうよりょう)をおいて(ほか)にはいない!」


()(とお)りだ。()若者(わかもの)(わか)くして博識(はくしき)で、琴棋書画(きんきしょが)から天文地理(てんもんちり)(いた)るまで(つう)じていないものはない。十一歳(じゅういっさい)両親(りょうしん)(うしな)い、生計(せいけい)()てるだけでなく、六歳(ろくさい)(いもうと)である東方晴雨(とうほうせいう)世話(せわ)(にな)った。両親(りょうしん)巨額(きょがく)遺産(いさん)(のこ)したが、()小僧(こぞう)人情(にんじょう)(つう)じており、(まも)()れないと(さと)り、()えてそれら家産(かさん)大半(たいはん)権力(けんりょく)ある家老(かろう)献上(けんじょう)し、自身(じしん)はごく一部(いちぶ)だけを(とど)めたのだ。」


私塾(しじゅく)時代(じだい)から(すで)(きわ)めて優秀(ゆうしゅう)成績(せいせき)(おさ)め、卒業後(そつぎょうご)には(ただ)ちに()家老(かろう)側近(そっきん)となった。その()も屡々(しばしば)功績(こうせき)()げ、家老(かろう)賞賛(しょうさん)推薦(すいせん)()て、(つい)には族中(ぞくちゅう)蛊仙老祖(こせんろうそ)指導(しどう)()け、現在(げんざい)地位(ちい)実力(じつりょく)(きず)()げたのである。」


一同(いちどう)東方余亮(とうほうよりょう)(くわ)しく、口々(くちぐち)に(かれ)来歴(らいれき)(かた)()った。


方源(ほうげん)注意深(ちゅういぶか)(みみ)(かたむ)けた。


()れら具体(ぐたい)的な事柄(ことがら)は、前世(ぜんせ)では経験(けいけん)しておらず、(いま)此処(ここ)臨場感(りんじょうかん)()って(じか)()くことで、東方余亮(とうほうよりょう)単純(たんじゅん)ではないこと、重視(じゅうし)する価値(かち)があることを(つよ)(かん)()った。


歴史(れきし)茫漠(ぼうばく)として重厚(じゅうこう)であり、大河(たいが)激流(げきりゅう)砂礫(されき)(あら)うように、幾多(いくた)英雄人物(えいゆうじんぶつ)淘汰(とうた)されてきたことか。」


人々(ひとびと)が(さわ)()てる(なか)()議論(ぎろん)(まと)である東方余亮(とうほうよりょう)自身(じしん)も、書斎(しょさい)にて此度(こたび)重大(じゅうだい)(たたか)いについて(さく)()っていた。


トントントン。


(みっ)つのかすかな(とびら)(たた)(おと)


(はい)って()なさい、(いもうと)よ。」東方余亮(とうほうよりょう)(かお)()げるまでもなく、(おとず)れた(もの)(だれ)であるか()かっていた。


(とびら)()けられ、(あわ)黄色(きいろ)衣装(いしょう)(まと)った少女(しょうじょ)(あらわ)れた。眉目(びもく)秀麗(しゅうれい)で、しとやかで(やさ)しく、(きわ)めて(うつく)しい少女(しょうじょ)である。


彼女(かのじょ)(はだ)凝脂(ぎょうし)のごとく、(ひとみ)秋水(しゅうすい)(ごと)く、(やさ)しい(こえ)には心遣(こころづか)いが(あふ)れていた。「兄上(あにうえ)中洲(ちゅうしゅう)から(うつ)()えた玉杏花(ぎょくきょうか)()きました。兄上(あにうえ)(いもうと)一緒(いっしょ)(にわ)(はな)鑑賞(かんしょう)してくれませんか」


東方余亮(とうほうよりょう)微笑(ほほえ)んだ。書斎(しょさい)(こも)りっきりで一日一晩(いちにちひとばん)()ぎ、(いもうと)心配(しんぱい)させていること、そしていつものように気分転換(きぶんてんかん)(うなが)口実(こうじつ)であることを(さっ)していた。


()こう、晴雨(せいう)。」


兄妹(きょうだい)書斎(しょさい)()て、()()って(にわ)()かった。


()(とき)(そら)煙雨(えんう)(こま)かく()り、(くも)(ぞら)(おも)()()めていた。


(とお)くを(なが)めれば、天際(てんさい)雨幕(うまく)()()い、墨緑(すみりょく)暗色(あんしょく)()していた。(ちか)づいて()れば、(へい)()こうには東方家(とうほうけ)無数(むすう)旌旗(せいき)がひしめき、(しろ)饅頭(まんじゅう)のような天幕(てんまく)隙間(すきま)なく()(なら)んでいる。


人々(ひとびと)が天幕(てんまく)(あいだ)()(めぐ)り、喧噪(けんそう)渦巻(うずま)く——間近(まぢか)(せま)大戦(たいせん)()けて準備(じゅんび)(すす)められていた。


しかし()小庭(こにわ)()るのは、東方兄妹(とうほうきょうだい)だけだった。


雨簾(うれん)()しに()こえる塀外(へいがい)喧噪(けんそう)は、(かえ)って(にわ)幽玄(ゆうげん)静寂(せいじゃく)際立(きわだ)たせている。


(なか)でも東方余亮(とうほうよりょう)()にした庭先(にわさき)一株(ひとかぶ)玉杏花(ぎょくきょうか)は、(あめ)()れて花弁(はなびら)一層(いっそう)繊細(せんさい)可憐(かれん)(かがや)き、(おん)(じゅん)光沢(こうたく)(はな)っていた。(あわ)黄色(きいろ)(いろど)りが、雨中(うちゅう)二人(ふたり)(なに)とも()えぬ(ぬく)もりを(かん)じさせた。


兄上(あにうえ)趙家(ちょうけ)(もの)たちは()ったと()きましたが……」(なが)沈黙(ちんもく)(あと)東方晴雨(とうほうせいう)(つつ)ましやかに(たず)ねた。


安心(あんしん)しなさい、(いもうと)よ。()程度(ていど)のことは(あに)予想(よそう)範囲内(はんいない)だ。」東方余亮(とうほうよりょう)(かお)をほころばせ、(かる)(いもうと)()(にぎ)った。


東方晴雨(とうほうせいう)(かす)かに(かお)()げると、(あめ)(とばり)()こうに、(しろ)()(あに)(ぎょく)(ごと)面差(おもざ)しで()っていた。その(ふか)()んだ双眸(そうぼう)には、戦略(せんりゃく)(めぐ)らす気品(きひん)(みなぎ)り、優雅(ゆうが)()()いた風格(ふうかく)(はな)っていた。


東方余亮(とうほうよりょう)(つづ)けて()った。「(わたし)趙家(ちょうけ)熱心(ねっしん)(まね)いたのは、(あつ)()(ちから)はすべて(あつ)めたいと考えたからだ。趙家(ちょうけ)離脱(りだつ)(おお)した影響(えいきょう)はない。(いま)()手中(しゅちゅう)実力(じつりょく)をもってすれば、依然(いぜん)として黒家(こくけ)大軍(たいぐん)()つことのできる(ちから)(ゆう)している。」


東方晴雨(とうほうせいう)心中(しんちゅう)不安(ふあん)大分(だいぶ)(きり)()れたようだった。「(なん)もかも兄上(あにうえ)計算(けいさん)から(のが)れられないのですね。(ただ)し、今回(こんかい)相手(あいて)並大抵(なみたいてい)ではありません。黒楼蘭(こくろうらん)だけでなく、北原(ほくげん)英雄(えいゆう)であった狼王(ろうおう)常山陰(じょうさんいん)までもが(かれ)(くみ)したと(いもうと)()きました。兄上(あにうえ)、どうか御用心(ごようじん)ください」


「ほっほっほ、(いもうと)よ、其方(そち)はまだ(あに)心配(しんぱい)しているのか?だがしかし……」東方余亮(とうほうよりょう)(おだ)やかに(いもうと)(なだ)めながら、その(ひとみ)(おく)(するど)(ひかり)(はし)った。「(むかし)我々(われわれ)が危険(きけん)(おか)して黒楼蘭(こくろうらん)知己(ちき)になった(とき)此奴(こいつ)其方(そち)邪念(じゃねん)(いだ)き、(あに)(いた)()()わせてやった。しかし(いま)()るに、(いま)だに(あき)めきれぬようだ。此度(こたび)一生忘(いっしょうわす)れられない教訓(きょうくん)(さず)ってやらねばなるまい。常山陰(じょうさんいん)(いた)っては、(すで)()()ってある。()程度(ていど)のことは(あらかじ)見越(みこ)んでいた(ゆえ)(いもうと)安心(あんしん)して静養(せいよう)するがよい。其方(そち)(おさな)(ころ)から(からだ)(よわ)いのだから、余計(よけい)心配(しんぱい)無用(むよう)だ。其方(そち)病床(びょうしょう)()けば、(かえ)って(あに)()()るというものだ」


東方晴雨(とうほうせいう)(かろ)(うなず)き、(こころ)()完全(かんぜん)()ろした。


(おさな)(ころ)からずっと、(あに)彼女(かのじょ)(ささ)え、()にかけ、思いやってくれていた。


彼女(かのじょ)はあたかも(やわ)らかな若芽(わかめ)のように、(あに)という大樹(たいじゅ)(ひさ)われて(そだ)ってきたのだ。


()れまで(なが)年月(としつき)兄妹(きょうだい)()()()って雨風(あめかぜ)()()えてきた。此度(こたび)(かなら)無事(ぶじ)()えられると()じている。


何故(なぜ)なら、(ちい)さい(とき)からずっと、兄上(あにうえ)()(よう)()()いていたからね。ただ……()(わたし)重病(じゅうびょう)でなく、蛊師(こし)として修行(しゅぎょう)できる素質(そしつ)があれば、どれほど()かっただろうか」東方晴雨(とうほうせいう)(こころ)(そこ)(ふか)(いき)をついた。


兄妹(きょうだい)()(よう)(しず)かに(なら)()ち、眼前(がんぜん)玉杏花(ぎょくきょうか)(なが)(つづ)けた。


(いもうと)よ、雨露(うろ)湿気(しっけ)(おお)く、()(つづ)けると(からだ)(さわ)る。(さき)部屋(へや)(もど)(やす)むがよい」しばらくして、東方余亮(とうほうよりょう)(くち)(ひら)いた。


「はい、兄上(あにうえ)もどうか()ぎたる(ろう)()りませぬよう」東方晴雨(とうほうせいう)素直(すなお)(うなず)いた。


(いもうと)後姿(うしろすがた)()がり(かど)()えるのを見届(みとど)けると、東方余亮(とうほうよりょう)顔色(かおいろ)(いつわ)りなく(くも)り、(まゆ)をひそめて憂色(ゆうしょく)(にじ)ませた。


此度(こたび)(たたか)いは、(かれ)先程(さきほど)(くち)にした(よう)生易(なまやさ)しいものでは(けっ)してなかった。


黒楼蘭(こくろうらん)一人(ひとり)()(づよ)いのに、(さら)常山陰(じょうさんいん)まで(くわ)わった。50万頭(まんとう)(おおかみ)大群(たいぐん)とは、流石(さすが)奴道(どどう)大家(たいか)()うべき存在(そんざい)だ。()(もの)一騎(いっき)戦局(せんきょく)一変(いっぺん)させ、本来(ほんらい)微々(びび)たる優位(ゆうい)しかなかった黒家(こくけ)を、一気(いっき)()()凌駕(りょうが)するまでに()()げてしまった。」


今度(こんど)大戦(たいせん)において、()(かた)()(さき)解決(かいけつ)すべきは、()の50万頭(まんとう)狼群(おおかみむれ)だ。()もなければ勝利(しょうり)(のぞ)みは風前(ふうぜん)(ともしび)同然(どうぜん)である。」


(おれ)()けられない!蛊仙老祖(こせんろうそ)(ようや)承諾(しょうだく)して(くだ)さった。()秘密任務(ひみつにんむ)完遂(かんすい)すれば、老祖自(ろうそみずか)(いもうと)病根(びょうこん)()ってくれると約束(やくそく)してくれた。(いもうと)(ため)に、(おれ)(かなら)王庭(おうてい)(あるじ)となり、八十八角真陽楼(はちじゅうはっかくしんようろう)(あし)()()れねばならない!」


()れまでに、()(みち)(はば)もうとする(もの)は、(だれ)であろうと()覚悟(かくご)せよ!(ゆえ)に、狼王常山陰(ろうおうじょうさんいん)貴様(きさま)()戦前(せんぜん)雨夜(うや)()れ!」


東方余亮(とうほうよりょう)(かお)()げ、(てん)(おお)暗雲(あんうん)凝視(ぎょうし)した。その端麗(たんれい)面影(おもかげ)には、冷徹(れいてつ)決意(けつい)(きざ)まれていた。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ