「此れで狼群の数は二十万頭に達した!だが……未だ不足があるな。」方源の目には、思索の光が揺らめいていた。「普通の野狼は急いで増やす必要はない。時期が来れば自ずと人が進んで届けてくるだろう。今は優先的に高戦力を拡充すべきだ。」
宝黄天では時折獣皇が販売されるが、毎回短時間の内に他の蛊仙に買い取られてしまう。
方源は、自分が連続して何頭もの狼皇を購入するのは非現実的だと悟った。そこで、彼は異獣に目を向けた。
成体の異獣一頭一頭の戦力は、万獣王に匹敵する。
一流の奴道蛊師は皆、異獣で編成された王牌部隊を有しているのだ。
例えば、南疆犬王が率いる獅子獒部隊、江暴牙麾下の鑽山鼠大軍、楊破纓の雷鷹群、馬尊の天馬群などが挙げられる。
狼類の異獣も多種多様に存在する。此刻、宝黄天で販売中のものだけでも四種に及ぶ。
第一種は血森狼である。
此の狼は体躯が巨大で、山丘の如き大き(おおき)さを有する。成人男性が其の足下に立つと、狐が象の脚元に立つ如きである。
血森狼の全身は血の如く赤い毛皮に覆われ、狼毛は枯草の如く無残に萎れている。背中には「白き森」が生え揃っている。
此等の「樹木」は実は血森狼の骨骼が、背部から派生し垂直に生長したものである。白き骨樹には、血紅の楓葉が繁り茂っている。一本一本の樹木が連なり合って形成される「血森」は、俗に「血の森」と称される。
血森狼は子を産むと、其の子を背中の血森に放つ。広大な空間は幼獣の遊戯場となり、血森に実る血果は幼獣の餌となる。
血森狼は恰も移動要塞の如く、速度は速くないが、圧倒的な破壊力を有する。此の特質は、数多の万獣王すら持ち得ないものである。
第二種は、魚翅狼である。
此れは水陸両棲の異獣で、体は象の如く巨きく、全身が滑らかな鰐皮の甲に覆われている。両脇には鋭い紺碧の魚鰭が生え、背中には鮫肌の如き魚翅が一列に並び、狼頭から狼尾まで連なっている。魚翅狼は防御力最強の異獣狼であると同時に、水中戦闘の能力も備えている。
第三種は、狂狼である。
狂狼は全身銀灰色で三ツ目を持ち、体躯はさほど大きくなく、普通の千獣王と同程度である。
しかし、其の体型故に軽視した者は、皆惨憺たる代償を払う羽目となった。
狂狼は一旦戦闘を開始すると極度に狂暴化し、動作は迅猛を極め、敵を殺すまで決して止めない。特に第三の目を開いた時、其の戦力は五倍も暴騰する!
仮に三ツ目が揃って開眼すれば、勝敗如何に拘わらず、必ず戦死する運命にある。
此れは自らの生命さえ顧みず、戦闘狂熱に陥る恐るべき狼種なのである。
第四種は、白眼狼である。
白眼狼の瞳は純白一色で、視力は極めて優れる。漆黒の闇夜においても、視界は寸分も妨げられることはない。
宝黄天において販売中だった血森狼一頭、魚翅狼三頭、狂狼二頭、そして白眼狼五頭が、全て(すべて)方源によって買い占められた。
其の頃、遠く南疆の地に位置する影宗福地では、硯石老人が細目に通天蛊を凝視していた。
方源が狼皇や異獣狼を買い漁る大規模な動きは、此の智道蛊仙の注目を引くに足るものだった。
「此の方源、突如として此も多きな狼群を購入するとは、何の企みか?」
幕裏に潜む、正体不明の七転智道蛊仙である硯石老人は、眉をひそめた。
彼は蛊虫を使い、推演を試みた。
しかし得られた結果は、方源が狼群を飼育し経営して利益を図ろうとしているというものだった。
此の結果に、彼は満足しなかった。
「狐仙福地の環境であれば、狐群を飼育するのが最適である。狼は狐に似てはいるが、結局は相違があるのだ。」
福地は福を有し、恩恵の地である。但し各福地には差異があり、恩恵も一様ではない。
例えば、狐仙福地は狐の飼育に最適である。此処で生息する狐群は成長が良く、繁殖も盛んになる。一方、琅琊福地は煉蛊に適し、毛民の生存に適っている。影宗福地は魂道蛊師の修行に有利である。
心底から湧き上がる直感が、硯石老人に方源の此の行動には深遠な意図が潜んでいると告げていた。
しかし智道も万能では無く、欠点がある。然も無ければ、蛊師世界ではとっくに智道が独占しており、現在の百花繚乱、諸道競演の気象は生じなかっただろう。
智道推演には証拠が必要である。多くの証拠、確実な証拠ほど、智道蛊師を正しい結果へと導くのである。
しかし、智道蛊仙である硯石老人と雖も、方源が再誕の身であるとは思いも寄らなかった。
硯石老人は推演によって、方源が定仙游蛊を使い狐仙福地へ向かったことを割り出した。だが、彼が北原へ赴くとは夢にも思わなかった。
仮に方源が宝黄天で神游蛊を販売していたなら、硯石老人も此の点に気付いたかもしれない。
しかし方源は慎重にも、神游蛊を直接琅琊地霊に転売していた。硯石老人は最も肝心な証拠を欠いていたため、誤った結果を推測する羽目となった。
彼が続けて数回推演を試みたが、得られる結果は皆同じものだった。
「まさか本命蛊を祭り出さねばならぬのか?」
硯石老人が斯く思うや、全身の毛穴が開き、各々(おのおの)の毛孔から一筋ずつ雲煙が漏れ出た。
白き雲煙は嫋々(じょうじょう)と昇り、其の頭頂で一片に凝結して、滾々(こんこん)と翻滾する煙雲を形作った。
曖昧模糊たる此の煙雲は、現れるや否や、濃密な仙蛊の気配を放ち始めた。
但し此の七転もの高段階の仙蛊が発散する気配は、漂渺として定まらず、恰かも夏夜の星空の如く神秘で跡もなく、又千歩先に漂う蓮華の香りの如く、有って無きかの如きものだった。
雲煙の一翻滾一翻滾には、千万の変化が潜んでおり、言い尽くせず道い明らかせぬ。外者が無理に参悟しようとすれば、得られるのは悉く似て非なる結果ばかりである。
此れこそが硯石老人の本命蛊、其の名を「天機」と称するものだ。
天機仙蛊!
其は天地の機密を漏らし出すことができ、仮令蛊仙に一片の証拠も無くとも、直に真相を指し示す。
硯石老人は、殺人鬼医が奴隷蛊を植えつけられたことを発見した後、天機蛊に依り、方源が将来のある日に南疆へ戻ることを推測した。故に、硯石老人は罠を仕掛け、方源が飛び込んで来るのを待ち構えていたのである。
此刻、硯石老人は天機蛊を使用すべきか否か逡巡している。
天機蛊は能力が強力であると雖も、弊害も有るのだ。
硯石老人が天機蛊を駆動する度に、必ずしも成功する訳ではない。十回使用すれば、少なくとも八回は失敗に終わる。一旦失敗すると、仙蛊の反噬を受ける羽目となる。
此の反噬が普通の損傷であればまだしも、然るに極めて深刻で、誰もが畏れを抱かざるを得ないものだ。
硯石老人の身体や魂魄には何の損傷も無いが、天機蛊の反噬は専ら其の寿元を狙う。
一旦反噬を受ければ、硯石老人は十年から七十年に及ぶ寿命を失うのである!
蛊師の修行で境界を上げ(あげ)ても、寿元に直接的な助けにはならない。蛊師が寿命を延ばす最良の選択肢は唯一、寿蛊を利用することだけなのである。
寿蛊を使用すれば、蛊師の寿命を直接延長でき、他の副作用は一切無い。
此れ以外では、寿命を延ばす為に様々(さまざま)な邪道を用いる方法があるが、それらは皆欠点や欠陥を有している。
「我が現在の身体の寿元は、後り八十年である。最悪の反噬で七十年削られたとしても、残り十年はある。其れは我が逆天の大計を完遂するに十分な時間だ!況た、此の様な些事では、通常の反噬も深刻ではなく、十三年か十四年程度の寿命損失に留まる。但し……」
「此の為に天機蛊を使う価値が果たしてあるのか?此度の逆天の計画は要所に差し掛かっている。敵も必ずや気付くだろう。将来、尚も天機蛊による推演測算が必要となるのだ。」
「然し、方源の手中にある定仙游蛊を手に入れられれば、逆天大計に大いに助けとなる。遠きを言わず、琅琊福地への攻撃一例を取っても、定仙游蛊が有れば、我れは攻めに転じても守りに就いても自由である。琅琊地霊が如何にして我れを止め得ようか?此度の様な惨敗を喫することも無かったはずだ。」
硯石老人は熟慮に熟慮を重ねた末、結局此の念を断ち切った。
天機蛊は強力ではあるが、同時に危険な罠でもある。其の使用成功率は低過ぎる上、失敗した際の結果が深刻過ぎるため、硯石老人は軽率に自らの寿元を浪費する訳にはいかない。
当時、彼は方源が定仙游蛊を利用して何処へ向かったかを推測する為、寿元七十年を浪費した。然るに得られた結果は、彼を暫らく呆然とさせるものだった。
何と中洲だというのか!更に狐仙福地とは!
何故彼は其処へ転送できたのか?如何なる機縁で狐仙福地の内部景観を得たのか?
何と、方源は福地に籠城して出て来ようとせず、硯石老人の定仙游蛊奪取計画は未だ始まらぬ内に頓挫し掛かったのである。
幸い彼は天機蛊を続けて使用し、更に八十年の寿命を費やし、最も成功の可能性が高い機会を推測した。
将来のある日、方源は南疆に戻り、義天山大戦に参加するというのである!
此の定仙游蛊の為に、硯石老人は丸々(まるまる)百五十年もの寿元を費やしたのであった。
「罷りた。既に結果を推測した以上、是は守株待兔と相成ろう。奴が狼群を飼育するなど、些事に過ぎぬ。智道蛊仙たる我が手ずから仕掛けた罠に、区々(くく)たる一介の凡人が逃れ得るとでも?ふん。」
硯石老人は冷ややかに数回嗤い、緩やかに双眼を開いた。
其の目は白眼狼と同様に、瞳は存在せず、眼白のみが広がっている。
彼は通天蛊を凝視し、口元の冷笑を一層濃厚にした:「貴様如き凡人が、我が百五十年もの寿命を費やさせおってな。将来、我が布石の下で死ぬことこそ、貴様の光栄と思え。無論、現の内から安泰と思うなよ!」
硯石老人が一連の操作を終えると、間もなく、狐仙福地に居る方源は違和感を覚え始めた。
「不妙だ!誰かが大量に馭狼蛊の調合素材を買い占めている!」
方源が此れら素材を購入しようとし(ようと)た矢先、硯石老人が一足先に手を打っていた。
彼が急いで取引に参加すると、間もなく妨害に遭った。複数の蛊仙が故意に値段を吊り上げ、方源により多くの代償を払わせようとしてきた。其の結果、購入できた素材の量は以前よりも少なくなってしまった。
方源は細目に双眼を睨みつけ、針の如き冷たい光を宿せた:「此れは明らかに我を狙った行動だ。ふん、琅琊地霊に此の様な手管は不可能だ。まして此れ程の影響力も有たぬ。とすれば、仙鶴門を除けば、あの正体不明の硯石老人以外に考えられぬ!」
「ふふっ」
突然、方源は再び笑い声を漏らした。
以前であれば、此の様な妨害に遭った場合、為す術も無く歯噛みするしかなかった。しかし今は違う。彼の手には大量の馭狼蛊秘方がある。此れら秘方は一転から五転まで網羅されている上、各段階毎に複数種の異なる製法が存在する。
蛊仙たちが遮断した素材は、一般向けの馭狼蛊方に過ぎない。其の他にも、独自の工夫を凝らした蛊方が数多存在し、中でも琅琊地霊が単独で開発した秘方の素材など、彼等に理解できるはずもない。